京凰院響(キョウオウインヒビキ)
人間の雄はそういうことしか頭にないのは仕方ないことだと俺は思う。
「カイト! 馬鹿言ってないでください! 音がします! 下から追っ手が来ますよ!!」
イーリスがジェットコースターに乗りたがる子供のように楽しげな声で俺の腕を掴み引っ張ると、金属製の空飛ぶ球体が下からではなく隣の窓から現れる。その数軽く十以上。
「スカイネーターです。直線に進まず意識する程度に左右に移動してください。じゃないと撃たれます」
『侵入者発見! 侵入者発見! レーザー光線発射1秒前!! ――――発射!!』
敵はそんな物騒なことを言って一秒後には赤い光線が廊下を飛び交い始めた。俺達は必死の思いで三階の階段を上がり、尖塔向けて走り続けていく。
すぐ足元や頬を光線が通り過ぎるたびに心臓が高鳴った。怖い。怖すぎる! というか何発か当たっていた。ささくれ一つできたくらいでテスト中に集中が切れていたころが懐かしい。【虫の心身】がなければ今頃悶絶しているはずだ。
「ええと! 次の曲がり角を左だ!! そっから20メートルぐらい進めば尖塔の入り口だ!! 【マジックローション】!! やばい本当にもう頭痛い! 多分魔力とかもうスッカラカンだ! 撃ててあと二発!」
「そんな薬物中毒者みたいなこと言わないでくださいよ! あ、カイトの透明化が切れましたね! その程度のスタミナでしたか。それでは世の中の女性は満足しませんよ? 多分」
「マジ許さないからなお前。覚悟しとけよ。これ終わったらお前がひぃひぃなるまで衣服を剥いで麻痺させてやるからな!」
まぁそうなる前に生きてこの城を脱出できるかも分からんが。いや、今のところ想像以上に順調である。イケメン君と武力衝突することもなく、ついに長い廊下ゾーンも終了し尖塔の入り口にまで辿り着いた。
バフ込みでも重い鉄扉を押し開けた先には、直径15メートル程度の円状の部屋が広がっていた。特別な家具などが置かれているわけでもなく、最上階に向けて階段が壁に沿って螺旋状に伸びているだけの部屋だ。
しかしこの部屋にも厄介な奴が一人いた。黒髪に日本人みたいな顔つきをした男で、いかにも勇者みたいな防具に、絶対にチートのたぐいと思われる真紅に燃える槍を装備している。確か名前は……京凰院響とかいった奴だ。あと取り巻きのエルフと魔女っ娘。
「【ロックザドアー】……後ろの扉は閉めた。これでお前達に逃げ場はない。世界一の錬金術師を悪魔が利用していると予言者が言うものだから警備任務に就いてみれば……まさかお前達だったとは……。まぁいい、俺一人でお前等全員ま――――」
「ごちゃごちゃうるせえ!」
話すと面倒臭い奴だということは前回学習したので問答無用でナイフを股間に向けて投げ放つ。だが敵も前回の惨劇を塞がんとして槍で股間を防いでしまった。ナイフは槍の刃に触れると問答無用で溶けて地面に落ちる。やっぱあの槍、とんでもない能力があるようだ。
「残念だったな。もう二度と股間への攻撃は――――」
『あ、危ない! ヒビキ様! 後ろから攻撃が!!』
間髪入れずにイーリスが魔女っ娘の声を真似て注意を逸らす。敵は高レベル冒険ゆえに凄まじい瞬発力で背後を確認する。今だと思った。
「【マジックローション】!!」
「今の声はボクの声じゃありません! ヒビキ様! あの透明の少女の声です!」
下が駄目なら上を狙う。俺は敵に駆け寄りながら手から今日何度目かも分からないローションを放出した。
だがレベル差、装備の差が酷すぎる。敵は明らかに背後を警戒していたにも関わらず、槍の柄で反射的に俺の腕を弾いた。 ローションが見当違いの方向に飛んでいく。ボキッっと軽快な音が響いた。明らかに聞こえちゃいけない音である。
「痛えええええ! くそ、骨折れた! 死ぬ! 死ぬ!!」
俺はプラプラと力の入らない腕を見せ付けた。罪悪感を覚えさせる作戦に移行である。事実、腕は真っ赤に腫れて本当に折れていると思う。まぁ痛みはスキルのこともあってさほどないのだが。しかし敵もこれには予想外なほどに反応を示した。
「ええと……いや、ごめん。レベル差30以上あったの忘れてて……ええと、降参するならすぐにエリクサーを…………」
いいぞ。これで降参するフリをしてこいつを戦闘不能にしてやる。
「カイト。すぐに治します。【ヒールライズ】!」
透明化が持続しておりどんな表情をしているかは分からないが、金の十字架の杖が軽く揺れ動くと、緑の光が腕を包み込んだ。するとさきほどの腫れが嘘のように引いていき、腕が正常に戻る。なぜこんなときだけ職務を全うするのか。俺にはさっぱりわからない。
「おまっ! ティア! 相手に罪悪感を抱かせる作戦なのに治してどうするんだ! 責任取れ! って、あああああ! 完璧な作戦を口走っちゃった! でもありがとう!」
「やっぱ屑だお前!! なんで女の子が傷を治してくれたのにもっと誠意を込めて感謝の言葉を言わないんだ! 投げやりにもほどがあるだろ!」
こいつの怒りの沸点が俺にはいまいち分からない。
「ヒビキ様! ボクたちも加勢します!」
「いや、俺一人でいい。下手に女の子を前に出したくない! こいつはヤバイことをしてくる気がする!」
失礼な。やるとしても麻痺させて服を剥がすか、麻痺させないで服を剥がすかだ。ボディタッチとかは勇気がいるので極力抑える。
「ヒビキって言ったけ? お前そんなこと言ってるけどティアに変態変態って連呼してたの忘れたのか?」
「うるせえ! お前を成敗して俺がその子達を救い出してやる。食らえ! 全てを切り裂く刃の竜巻……【タービュレンス】!!」
ヒビキは自分に都合が悪いことを一蹴すると槍の刃をこちらに向けた。そしてスキル名が発せられた直後、槍から風の刃が生み出され、それは竜巻となって放たれる。
――――あ、回避できない。迫り来る暴風のミキサーが酷くゆっくりに見えた。何度か感じたことのあるこの感覚。まるで銃弾が脳天に吸い込まれていくような、そんな感覚。今から……俺は死ぬ。ああ、久しぶりにヨミちゃんに会えるのか……なんて思ったり。
だがさすがに――――今死ぬわけにはいかなかった。それは完全なチェックメイトになる。それはよろしくない。しかし打つ手なし。叫ぶしかできなかった。
「うおおおおおおおおおおお! 死ねるかああああああああ!! ちょっっちょ待ってください! 助けて! アアアアアアアアアアアアア!!」




