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侵入

「これで目線は問題なさそうですね。近くの警備ゴーレムも現場に急行したみたいなので」


 確かに陽動としては充分過ぎた。近くにいた人も俺達がちょっと屋敷に不法侵入したところで気付かなそうなくらい慌てている。


「よし、んじゃ入るか。壁を乗り越える方法に関してだが、街でアシッドポーションとかいうのを買った。これで壁を溶かそうぜ」


 俺はなんだか怪しい裏路地の老舗で買った緑色の液体が入ったフラスコを見せ付ける。あの店は雰囲気からして知る人ぞ知るって感じの貫禄もあったし、お値段もそれなりにしたからきっといい効果を見せるに違いない。


 イーリスは凄い凄いと素直に万雷の拍手を音符から発していたが、一方でティアはまじまじと俺の手にあるそれを観察し、首をかしげながら尋ねた。


「…………見たところその瓶は魔工硝子ではなく普通のもの。煉瓦の壁を溶かせる性能があるとするならば、ガラス瓶に入れられないのでは? なぜそのポーションはまともに収納されているのですか?」


「……え? でも金属ぐらいなら溶かせるって言ってたぞ。ちょっと待って。確か説明書が」


 俺は店で貰ったメモを取り出し読み上げる。


「えー注意。このポーションを子供の手に届くところに置かないでください。太陽光の当たる場所で保管しないでください。このポーションは人体に無害ですが目に入った場合は念のため水洗いをし、異常があればヒールしてください」


 うんうん。ここまでは普通だな。


「アシッドポーションは金属、絹、魔法素材だろうとエッチな感じで溶かすポーションです。床や壁に飛び散っても無害なので安全安心! ぜひともこのポーションでマンネリ化した夫婦仲を…………畜生! 図ったなあの店主!!」


 とりあえず蓋を外して試しにティアに頭からバシャリと掛けてみると、なるほど確かに衣服が腐食するように溶けていって、しかしちゃんと衣服としての機能を果たす程度には残った。


 腹部の辺りは遠慮なくとけヘソや白い柔肌が見えるようになるも、肝心な部分はちゃんと隠れる不思議機能付き。


「……カイト。なぜワタシを実験台にするのです。可憐な少女に行なう仕打ちとしてはあんまりではありませんか。人としてどうかしています」


 ティアは溶けてしまった部分を必死で手で隠しながら、冷徹な眼差しで罵倒する。ああ、素晴らしい。


「いや、ロリコンじゃないし俺。ティアがそういうボディなのが悪いんだろ。それよりももしかして……同じ店で買った透明ポーションのほうにも問題があるかもしれん」


 ――――注意。このポーションを(前略)。インビシブルポーションの効果はあなたのスタミナに依存します。効果を延長する場合はスタミナが増幅されそうな薬品やスッポン料理などを(中略)。もう一度飲むことで透明化を解除できます。このポーションを使用することで透明になれます。マンネリ化した夫婦仲を解消す(後略)


「うん。大丈夫だ。本来の目的は違うが問題ない」


 そういえばポーション以外にも何でこんな物あるんだと疑問を抱かせるものがあったが……そういう店だったらしい。お土産を買うためにまた寄ろうかな。


「二人共馬鹿なことしてないで早く行きましょー! なんでせっかく戦いが始まろうとしてるのにぼさっとしてるんです? 早くそれ飲めばいいじゃん。屋敷の中に入ればもっとスリリングでエキサイティングな生命の危機が待ってますよ!」


 イーリスがさも当たり前のように物騒なことを言って一瓶の透明化ポーションを一気飲みする。するとあら不思議、少女の華奢な体は周囲の風景と同化して、衣服と荷物だけが空中に浮遊しているような状況が生まれた。


「ありゃま。服はやっぱ残っちゃうんですね」


「……脱ごうかイーリス」


「はい!? 説明書に効果時間はスタミナに依存するってあったじゃないですか! 具体的な時間が分からないんですよ!? 却下! 却下です絶対!!」


「分かったよしょうがないな……。イーリスは本当我儘だな。まぁこのポーションでも顔は隠せるしいいか」


「そうですね。仕方ないので妥協してあげましょうか。まったくイーリスは子供なんですから」


 俺とティアは結託してイーリスをからかいつつ、ポーションを服用した。自分の手足が透明になるという感覚は実に奇妙である。


「もう何もいいませんから。ただ覚えといてください。いや、覚えとけ。スカート脱がせたりしたら前は瀕死の重傷でしたけど次はリスキルします」


「はいはい。んじゃ、侵入しますか。まったく余計な時間食っちまったな。イーリス、音符頼む」


「私は便利な女ですよーだ」


 イーリスが不機嫌ながらも生成してくれた音符の階段を使い、城門を超える。庭にはハーブやバラが咲いて美しい庭園を成しているが、そんな光景とは不釣合いな機械仕掛けの番犬が数匹徘徊していた。


「マシンドッグ! 気をつけてください。透明になっても服がアレですからもうバレましたよ!」


『警告。警告。ここは私有地だワン。切り刻むワン』


 イーリスが注意を呼びかけるのと犬が妙な語尾のついた警告を行なうと同時、彼らは腹部から丸ノコのようなものを展開するとこちらに一斉に駆け出してきた。


「下がれ! ここは俺に任せろ! 【マジックローション】!!」


 束縛鰻を倒して習得したローションでなんか色々ヌメヌメになるスキル。使うなら今だと思った。俺は突き出した手からそれなりの量のローションを犬に向けて放つ。すると面白いことに犬共は地面に水溜りのように溜まったローションに足を滑らせてスリップしていく。


「ハハハー! バカめッ!! 多脚の機械なんて浪漫重視で性能なんて糞ほどねえことを思い知れ!」


 初めてまともな戦闘を行なったんじゃないだろうか。確かにスリリングで悪くない。さて、とどめをさしてやろうか。きっと達成感を得られるに違いない。


『致命的なエラーだワン。ユグドラシルネットワークに通報処置を行いましたワン。侵入者は三名ワン。対処願いワン。侵入者は抵抗をやめて大人しくワン』


 マシンドッグとやらが緊張感のない発言をすると、頭から真っ赤に輝くサイレンを光らせ、耳鳴りがしそうなくらいけたたましい音を鳴らし始める。


 うん、トドメなんて刺してる場合じゃないな。とにかく先を急がなくては。


「カイト。正面玄関は案の定鍵が閉まっております。どういたしましょうか?」


 ティアが建物の正面玄関をがちゃがちゃと引っ張ったり押したりしているものの、微動だにしない。鍵が掛かっているようだった。


「想定してたけどやっぱもっと計画練るべきだったんじゃないかな!? とりあえず窓とか探せ!」


 そう言ってみるものの、城なんて元々は貴族の最終防衛地点。一階には窓一つ見当たらない。だが二階より上には窓らしきものが等間隔に存在していた。そしてイーリスもそのことに気付いたようで、何も言わずとも音符の階段を生成していく。


「よし! ナイスだイーリス! 登れ登れ!!」


 俺達は逃げるようにしてぶにょぶにょの四分音符を踏み締め二階へと侵入する。そこは百メートルは軽くありそうなほど長い廊下だった。赤い絨毯が引かれ、壁には定期的に光る水晶の照明とドラゴネットの人物が描かれた肖像画が飾られている。


「地図を見ると現在地は……2階、南西の廊下だな。お姫様がいらっしゃる部屋に行くには調理場を経由して北東の三階階段を上がるのが一番楽だな」


「カイト! そんなこと言ってる場合じゃありませんよ! 敵が来ています! 二方向から挟撃されますよ!」


 イーリスがガッツポーズをしながら狂喜の笑みを浮かべる。その発言に虚偽はなく、既に視認できる距離に武装した兵士と屋内用の小さめのアイアンゴーレムが駆け寄ってきていた。


「イーリス! ティア! バフ頼む! てか機械と人間には反応しないんだなティアって!! いや本当良かったと思うよ!」


「バカなこと言ってないで前衛職なら頑張ってください。ワタシ達は後衛ですから」


 そんなやり取りをしつつ、ティアが攻撃力増加以外のバフを寄越す。イーリスもほぼ同時に歌を開始した。


「だから私いつまでも歌ってんだ♪ 歌ってんだ♪ 永遠に、怖い、嫌い、熱い、十字架でたらたら怨念満ちているゥ♪」


 イーリスの歌が燃え盛るような音符となって体の周りを漂うと、より一層力が漲ってきた。体が羽のように軽い。


「侵入者め! お縄に……うわぁ!! 服が浮いてる!?」


『侵入者発見。侵入者発見』


 兵士がショートソードを構えるも中途半端な透明化に驚くなか、挟み撃ちの形で現れた計二体のゴーレムが赤いモノアイを煌めかせる。


「動くな! 人質がどうなってもいいのか!?」


 俺は咄嗟に何もない場所に剣を突きつけた。そしてチラチラとアイコンタクトを送ると、察しのよいイーリスがそこに声を作り出した。彼女自身は歌うのを継続しているため腹話術の発展系みたいなことになっていた。


『お願いです! 動かないでください……。私は武器を隠し持てないようにと透明化ポーションを飲まされて、透明になっていますが……リーゼロッテ・フォン=アルトゥール・エルリックです』


 その声はリーゼそのものだ。警備兵達がどよめく。


「に、偽者だ! おそらく職業スキルを使っているに違いない!!」


 勘のいい兵士がそう声を荒らげる。そこでティアが追撃とばかりに声を発した。


「本物だった場合、あなたの所為で死亡しますがどうするつもりでしょうか。責任の所在は取れるのでしょうか」


「ぐぬぬ…………!」


 兵士達は怒りと困惑が混ざったような、表情をしてギロリとこちらを睨みつける。まだ押しが足りないと判断したのかイーリスがトドメとばかりに声を作った。


『死にたくないよ…………。お願い……道を開けて』


 涙を堪える少女のような悲痛な声。兵士達は慌てて廊下の端に寄る。


「よし、行くぞ。おらちゃっちゃと歩け研究馬鹿。また貧相な胸を触ってやろうか!? グヘヘ」


 俺は俺なりに迫真の演技を行いながら兵士達が開けた道を進んでいく。が、うち一人が思い出したかのように声を上げた。


「あ、待て! あの服装の奴らよく見たら駅前でリーゼロッテ様を攫うとか叫んでた奴だ! 1時に実行するって言ってたぞ! あいつらリーゼロッテ様をまだ攫っていないぞ!」


 やっぱり駅前であんな話するんじゃなかった。

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