線路は壊された
「お会計、54万3千Gとなります」
「嘘だろ…………!?」
さすがに申し訳なくなる金額である。だが無事金も借りれたし俺としてはどうでもいい。あいつがいくら苦しもうと俺にその苦しみは伝わってこないからな。
「んじゃ、適当に観光して帰るわ」
「……そうしてくれ」
脱力感に打ちひしがれるイケメン君と別れ、数百メートルぐらい彼から離れたところでティアとイーリスに告げる。
「この金で潜入に使えそうな道具を買おう」
「その台詞聞いたら彼絶対泣きますよ」
イーリスが呆れながら栗色の瞳でジッと睨む。彼女、こんなことを言っているが内心では絶対イケメン君に同情もしていないのだ。恐ろしいことこの上ない。
「しかし潜入に使えそうな道具とはなんでしょうか……? ロープ? しかしそれはイーリスの音符を使えば問題ないですし」
「ティア、お前な……。この世のどこに歌いながら貴族様のお城に潜入する奴がいるんだ? ミュージアムじゃないんだぞ?」
「む……確かにそう言われてみればそうでしたか。人間の分際でなかなかやるではありませんか」
「機械の癖に耳元で囁かれたくらいで骨抜きになる機械がよく言うぜ」
そう言ってやると、彼女はまた甘美な囁きとやらを思い出してしまったらしく、街中にも関わらず変な声をあげ、ガクガクと体を震わせた。絹のような髪が乱れ、柔らか肌が朱色に染まる。あまりにも目に有害で、視線をひきつける。
「ティア。落ち着こう。な? とりあえず手分けして必要なそうな物を買おう! この街、公衆時計も多いし16時にアルトゥール駅前に集合で! んじゃバイバイ!!」
「あ、あいつ逃げましたよ!」
とにかく行うべきは侵入用アイテム調達。幸いにもここは世界の魔法具工場と言わしめる街。役に立ちそうなアイテムを売っている店は少なくない。
ここでいっちょ俺のゲーム脳が光るときだ。あいつらに「キャーカイト様素敵!」だとか「抱いて……!!」だとか言わせてやるぜ。あいつらそんなこというキャラじゃないけど。
――――18時になって、ようやくアルトゥール駅前に全員集合した。俺は初デートをする彼氏のごとく待ち合わせ時間の31分前には待機していたが、イーリスとティアは迷子になったらしく保護者代理が同伴して現れた。
保護者代理とは俺を蘇生してくれためちゃ可愛い金髪貧乳美少女プリーストと、馬鹿っぽそうな面構えだがスタイルの良いヘソ出しスパッツの犬耳レンジャーである。確か名前は……クレアとベネッティアだ。
「……ええと、ど、どうも。いや本当。俺のパーティがすみません……マジで」
俺はクレア達に謝罪をしながら、ちらりとポンコツと駄女神を視界に入れる。ポンコツのほうはもういっそ清々しいくらいに無表情で、邪神様のほうは威厳もへったくれもないことに泣きべそかいていた。
「ワタシは迷子になっていたのではなく、産気づいたミスリルゴーレムの介抱をしていただけです」
「私も…………グスッ、……産気づいた……ティアを…………えぐっ」
「産気づいたゴーレムとかいう想像不可能な嘘をつくのはやめろ。あとイーリスは分かったから泣き止め。あとでなんか……スイーツ買ってあげるから! 俺の金じゃねえけど。……いや、本当すまん。俺がまともに見える状況って相当悪い事だからな」
「これくらい平気でやんす! あ、ヴェーダとは違ってわっちらはリーゼロッテ様には自由の身になってほしい派でやんす! だからチクらないし、むしろ手伝うんで安心してほしいでやんす」
ベネッティアが尻尾をぶんぶんと振りながら嬉々としてそんなことを言う。……嘘を言っている様子はないし、だとしたら結果オーライか。
「これがリーゼロッテ様の住む城の地図です。私たちは優秀なのでたやすく盗み出したです。実行は深夜行なうです。1時になったら進入してくるです。私たちは気を引くです。ウキウキしてしくじるなです?」
「いやー! こういうことやるの冒険者っぽくていいでやんすね! 凄い楽しみに待ってるでやんす! ほらほら! 皆で手重ねるでやんすよ!」
この二人は二人でどこか大きな問題がありそうだが……まぁこれで準備は整ったはずだ。凄い無計画な気もするが仕方ない。計画実行は今宵の1時。リーゼロッテ様々をささっと攫って俺を投げ飛ばしたことを後悔させてやる。
「リーゼロッテ様を絶対誘拐するでやんすよおおお!! イェイ!」
……にしても、こんな駅前でそんな発言をして平気なのだろうか。にわかに疑問である。
――――開始時刻5分前になった。つまり0時55分ぐらい。とはいえ街はまだまだ賑やかで、人通りもそれなりにあればゴーレム通りもなかなかに多い。本当に大丈夫なのだろうか……?
ともかく、リーゼロッテ様々がお住まいになられるお城の、正面入り口までやってきた。城は高さ十数メートルほどの壁に囲われ、入り口も巨大な鉄格子が塞いでいた。
「ふふふ…………戦の未来が見える。この街もうじきとんでもないことになりますよ。それどころか王都でも……うへへへへ~」
こんなときでもイーリスはいつもの様子だ。頭をぶんぶんと振って栗色の柔らかそうな髪を乱し、その大きな瞳を爛々と輝かせる。無邪気にも見えるが、嬉々としている原因は邪神より邪神らしい。
「そんなどうでもいい未来が見えるならこの誘拐作戦がどうやったら無事成功するか教えてくれない?」
「戦場を作り出す方法と戦場のアバウトな規模しかわかりませんよ? ちなみにあと30秒で戦いの火蓋が切って落とされます。あの辺ですねー。見ててください。ベネッティアさんが仕掛けたみたいです」
そう言ってイーリスは街壁の頂、鉄道が通り過ぎていった線路を指差す。なんでだろう。嫌な予感がした。そして予感がしたときにはもう、それは現実となっていた。
夜のとばりが下りて黒一色となっている空とそびえ立つ壁の境目、イーリスの指差していた一点で突如として鮮やかな炎と黒煙が昇った。遅れて、爆音が響く。爆発!
そう、線路が爆発したのだ!
ここから結構な距離が離れているが、それでもビリビリと空気が震撼するなか、まもなくして爆発地点付近の建物の硝子が一斉に割れる音が聞こえた。
惨状を物語るように街中に悲鳴が上がり始める。確かに、確かにこれで注意は引けているが……。
「やりすぎだろ…………」
俺のつぶやきは立て続けに数十回ほど線路が爆発するため、誰も耳にしてくれはしなかった。




