イケメンの微笑み
翌日になった。ちょっと小金持ちになれて浮かれた俺達は昨日同様に宿に泊まり、朝を迎える。ティアは色々おかしなことを言っていたが、残念なことに俺の部屋に夜這いするとかはなかった。……まぁ、いざそんなことされたら困るけど。
それと宿屋の人がリーゼを見るなり驚愕した顔で下手糞な敬語を使うようになったのも気になるところだ。やっぱドラゴネットってなんかそういう覇気みたいのがあるのだろうか。
「それで? 一体どんな手段なんだ?」
ギルドで朝食を取りつつ、俺は次なるティア暴走対策案をたずねる。ちなみにだが最近のマイ朝食ブームはパンケーキとアイスティーだ。
リーゼは小さな口で、もそもそとバナナを食べながら、今回使うブツを取り出す。それは赤い宝石のようなナニカであった。
「ほへはほんはいふはふ…………これが今回使う道具っす。名前は……うーん。【凄いことできるやーつ】」
そのネーミングセンスはネタなのかマジなのか。俺にはいまひとつ判断しがたい。俺が反応に困っていると、ソーセージを咥えていたイーリスがフォークをこちらに向けた。
「んん。ぐひゃのへいへ…………けほっ。【グシャの赤石】とかでいいんじゃないですか? ……なんでカイトは私とリーゼをガン見してるんです?」
「い、いや! なんとなく。それよりもティア、こういうわけなんで今日も暴走対策試すけどいいか?」
俺はティアのほうに視線をやる。彼女は片手にまだ手錠をつけたままで、ヨーグルトにイチゴジャムを少しだけ掛けたものを食べていた。だがテーブルに手錠がガツガツとぶつかり、食べづらいのか若干零している。
「……口元についてるぞ」
「なぜ照れるのです。なぜワタシ達三人を交互に眺めるのですか。とにかク、その対策とやらは甘んじて受け入れましょう。ワタシとて、好きで暴走しているわけでは…………多分、おそらくないのです」
ポンコツ機械は視線を泳がせて、カタカタとゼンマイを鳴らす。だがティアが好きで暴走してようがしてまいがどうでもいい。俺はこいつに【凄いことできる赤石】を行使すると決めているんだ。
なにかあったときにために即座に反撃できるよう、皆には内緒で毒攻撃を可能とする【インヴェノム】と、鰻君が分泌していた粘液を発する、放つことができるようになる【マジックローション】を取得した。準備万全である。
「この石の効果を発動するには最低2人以上被験者……この石を使う人が必要っす。同意してくれるっすか? 同意しないと発動できないので頼むっす」
「俺は別にオーケーだ」
「ワタシも構いません」
「楽しそうなんで私もしたいでーす!」
俺とティア、リーゼの他に、イーリスも呑気そうに人体実験に加わる。まぁ被害者は多いほうがいいか。リーゼも同様の結論に至ったのかニヤリと薄ら笑いを浮かべ、燃えるような赤髪をなびかせながら唱えた。
「ルーワ! カ・レーイ!」
そんなよくわからない呪文が詠唱されると、リーゼの手元にあった赤石が太陽のごとく輝き出し、周囲が閃光に包まれる。瞬間、俺の意識は途切れた。
そして、目を覚ます。朦朧とする視界は段々と鮮明になり、テーブルに突っ伏した状態から起き上がる。なぜだろう。肩こりが治った気がした。
気絶してどれくらいだろうかと思い、周囲を見渡す。窓から入り込むのは朝日で、クエストボードを前に熟考していたイケメン君もいることからさほど時間は経っていないだろうと推測できる。
だがそれ以上に大きな事実に気付いた。俺が目の前にいるのだ。普通の顔面に日本人の髪をした冴えない男。
「……あれ? 俺どうなってるの?」
そんな独り言をぼやいてみると、声が少女のものになっていた。ああ、そういうことか! そこで俺は完全に事態を把握し、席を立ち上がる。そして今俺の意識があるこの体をまじまじと見詰めた。
すらりとした体に、サラシを巻いた胸。ズボンではなくスカートを履いているのか、なんだかスースーした。肩甲骨辺りに力を入れると背中に生えている赤い翼も動かすことができた。
「い、入れ替わってるぅぅぅぅう!? ……いや、もう時期じゃないか。じゃなくて! 俺がリーゼになったのか!」
推測が確信に至ったとき、他の皆もうめき声を上げながら目を覚ました。
「うわ、胸が重いっす! 凄い……こんなになってるんすねぇ。ぐへへ……柔らか! それに比べてなんであたしは……」
片手で雪のように白い髪を弄びながら、もう片方の手でティアは自らのそのたわわな双丘を揉みくだした。いや、ティアの体に乗り移ったリーゼか。
「致命的なエラー。なんです? この満ち溢れるようなパワーは。まるで神にでもなった気分です。これは……素晴らしい! 素晴らしいです! ふふ……この力なら各地で戦争を起こせそうな気がします」
まずい。ティアが邪神の力に乗っ取られかけている。イーリスの体に憑依してしまったティアは、ジョジョ立ちみたいなポーズを取りながら周囲に音符をばら撒き始める。なるほど、職業スキルは体が覚えているらしい。
最後の一人、俺の体に入ったイーリスはさほど驚くこともなく、ただ冷静にズボンの中を覗き、
「……ふっ。これがカイトのエクスカリバーですか。前々前世からきっとこの程度だったのでしょうね」
鼻で笑った。――――初めて会ったときはあざとくて、純粋に可愛いロリポンコツかと思ってたのに。初めて会ったときは俺が全裸で近づいたら生娘……まではいかないが、それでもマシな反応をしてくれたのに。なんとも悲しいことである。
「イーリス! お前人のナニ見て笑ってんじゃね…………。なぁリーゼ、ティア、イーリス。……女の子って普段スカート履いてるけど恥ずかしくないのか? いや、なんていうかこれ凄い。なにこれ!? 下半身が! いや上半身もだけど凄い恥ずかしい! 意識が、意識がそっちに行っちゃう! 変な性癖に目覚めそう! 凄いむずむずする!」
新感覚だ。これは一度知ってしまうと下手したらそのまま堕ちるところまで堕ちかねない。下心がやばい。試しに服の裾をつまんでひらひらさせると、ティアの姿をしたリーゼが顔を真っ赤にして半分パニック状態で俺の手を掴み止めた。
「や、やめるっす! それ以上はいけない! ダメっす! おおお、乙女の体を弄ぶなっす!」
「いやだって! これ凄い! 下心が! ほら、見ろよ。翼や尻尾だって…………」
尻尾を見せ付けるように動かして、俺は一つの疑問に直面し、沈黙した。
リーゼは肌脱ぎしたロングコートとスカートで下半身が二重構造になっている。だがまぁ所詮はスカートだ。脚が擦れ合うような、新感覚は起こり得るだろう。だが今感じた感覚はそういったものじゃあない! もっとスースーするような、この感覚は。
「リーゼ、お前の体とティアの体では俺のほうが筋力値は上だ。嘘をついたら確認する。正直に答えろ」
俺は衣服のベルトを両手で掴み、ティアの格好をしたリーゼを脅した。彼女は必死で俺の腕を引き剥がそうとするが、悲しいかな今の俺は筋力値が高い。
力技が無理だと分かると、ティアは泣く前の子供みたいな声を上げた。
「いやだ! いや! 絶対嫌っす! 言わないで! 仕方ないじゃないっすか! 尻尾が大きくて無理なんすもん!」
「……やっぱノーパンなんだな。いや、別に俺はノーパンでもお前のことを嫌いになったりしないし、それにパーティメンバーの女の子がノーパンって考えるとそれすっごい事だと思うし、むしろウェルカム!」
「そ、それ以上喋るなあああああああああああああアアアアアアアアアア!!」
リーゼが、リーゼの体の俺を殴らんとして、手に持っていた金の十字架の杖を振り下ろした。
ステータス的に避けることは容易だったはずだが、俺は咄嗟に目を閉じて回避を放棄してしまった。だが激しい金属音が響くと、彼女の攻撃は目前にして止まった。
「ふん……今のワタシは神の力を得たと言ってもよいでしょう。気分がいいので守りました」
「なにがあったか分からないけど、リーゼロッテ・フォ…………アルトゥールに暴力を振るうのはさすがにまずいでしょ」
攻撃を止めてくれたのはドヤ顔を浮かべるイーリス(ティア)と、一瞬前までクエストボードにいたはずのイケメン君だった。ティアは小指で、イケメン君は杖を止めていた。イーリスはともかく、まさかここでイケメン君が入ってくるのは予定外である。
「ちょ! 邪魔するなって言ったじゃないすか!」
リーゼは怒りの矛先をイケメン君に変え、彼の肩を掴むと激しく揺らした。だがイケメン君は慌てる様子もなく、我儘な子供を叱るような口調で言い返した。
「ですが昨日、地下渓谷から流れてきたのも、今回の件も粗相が過ぎます。確かにお気持ちはわかりますが――――」
「ええい! うるさいっす! ノーパンノーパン言われて怒っちゃダメなんすか!!」
イケメン君は押し黙った。リーゼの言い分が至極正論だからだろう。代わりとばかりに彼は俺のほうをジッと睨み、本当にぼそりと、小さな声で呟いた。
「…………何かあったら首がなくなると思ったほうがいい。リーゼロッテを頼みますよ」
「え!? つまりそれはどういう意味なんだ……ですか!?」
なんだか嫌な予感がして、とりあえず敬語を取り繕う。だがイケメン君はイケメンスマイルを浮かべるだけで答えてはくれなかった。




