錯覚トレーニング
「オールイミューン……。それは、どんな能力なんですか?」
「私を中心として、種は試した事がないので分かりませんが……範囲内の全ての魔法の効果を打ち消します。範囲は、私から百歩ほど離れた辺りまでです」
百歩というと、およそ五十メートルだ。
「凄いっすね……。魔法を打ち消すなんて……」
「とは言っても、私は人一倍体力が無いので……連続で使えるのはせいぜい二回が限度なんです」
「それでも凄いじゃないですか。やっぱりミリさん、もっと自信持っていいと思いますよ」
「そ、そんな……ありがとうございます」
お世辞抜きで褒めているクルルに、
「……ふむ」
ストロは何かを思案していた。
「__それよりクルル君、君のその身体能力は、種によるものじゃないんだね?」
「そうだと思います。聞いた事ないし、そんな簡単に使えるんじゃなければ俺にも扱えるとは思えませんし」
「そうとも限らないけどね。__しかし、あの動きは人間離れしていた……。ミリの話を含めても、到底僕らには真似できない事だよ」
確かにクルルの運動神経は悪い方ではないが、そこまで自慢できるものでもない。過剰な驚きを見せるストロやミリに疑問符を浮かべるクルルだったが、
「__あの、ノグリスの人って、大体を魔法で解決しません?」
「それがどうかしたのかい?」
その言葉で、クルルは確信する。
「ミリさんの話を聞いてても思ったんですけど、何かと魔水晶を使って、力仕事はドワーフに任せる……。これじゃあ最低限の運動もできないですよ」
するとストロは、何かに気付いたように低く唸った。
「うむむなるほど……。その考えは無かったね……。これはニホンならではの考え方だろうね」
__いや、魔法が便利すぎるだけなんだよな……。
「利便性に頼りすぎると、我が身を滅ぼすという事か……」
「そんな大げさな……」
「いや、貴重な意見を聞けたよ。やはりクルル君は、僕らとは違う何かを持っているようだ」
「いやいや……何も無いですって」
褒めちぎるストロに、クルルは若干げんなりする。
「__彼なら、今を何とかしてくれるかもしれない」
「ん? 何か言いました?」
「ああいや。__もしクルル君が種に興味があるなら、少し模索してみようかと思ってね」
「模索?」
「クルル君は、体内へ魔力を取り込む方法を知らない。それで魔法が使えないんだよ。でも、種なら魔力は関係ない。クルル君に素質さえあれば、扱えるかもしれない」
「え、マジっすか?」
魔水晶のような道具に頼らず、自らでファンタジーな力が使えると言われれば、
「やってみます!」
少年の心に火がつかない訳がない。
「じゃあやってみようか」
そう笑顔で言ったストロは、雰囲気で分かるほどあからさまに魔力を練り始めた。
「……えーっと、何してるんです?」
「さっきも話した通り、種を扱うには本人の根幹を為す感情がトリガーだ。それを見つけるため、__とりあえず魔法をぶつけてみる」
「は……?」
「エアバレット!」
「危なっ⁉︎ ちょ……ストロさん⁉︎」
「その身体能力のサンプルも欲しいからね」
__それが本音じゃないだろうな⁉︎
逃げ回りながら、クルルは自分の軽率な返答を呪った。
一時間ほどで解放されたクルルは、
「お疲れ。まあ気長にやって行こうよ」
涼しい顔をしたストロにそう声をかけられた。
「これ……役に立つんですか?」
「まあまあ、そんな顔しないで。僕も始めての事だし、キッカケ探しをしているだけだからね」
「ならいいですけど……」
屋敷内に戻った二人は、
「あ、今日は終わりですか?」
家事のために途中で席を外していたミリと遭遇した。
「進展はありましたか?」
「いやもう全然ですよ」
クルルは改めて、目の前で微笑む華奢なミリがどれほどの力を秘めているかを認識した。
「あ、お風呂沸かしておきましたよ。お疲れでしょうし、どうぞ入って下さい」
ニッコリ笑顔のミリ。タオルと先ほど買った着替えを渡してくる。
「おおぅ……ありがとうございます」
有能すぎる仕事ぶりに、クルルは何も言えなくなってしまう。
「ミリ、何か急いでやるような事はあるかい?」
「急ぐ事は……特にないですね。夕食の下ごしらえも終わってますし」
するとストロは、再び何かを思案する。
「せっかくだ。ミリも一緒に入るといい」
__は?
「はい、分かりました」
「はあああっ⁉︎」
ストロの言葉は冗談でもなんでもないらしく、浴場へ向かうクルルの横を、ミリは並んで歩く。
当然一度は拒否したクルルだったのだが、
「やはり、獣人の私では対等にはなり得ませんよね……」
と涙目で俯かれてしまっては、クルルには折れる以外の選択肢は無い。
昨日もそうだったのだが、ミリには恥ずかしがるような様子は一切ない。
脱衣所に着いても、ミリは平然と服を脱ぐ。
「どうなってんだ……」
クルルをいないものとしているのかと思ったが、
「どうかしましたか? 何か、忘れ物でも……?」
見当違いな質問をしてくる辺り、どうやら認識はされているようだ。
全裸でまったく隠す事なくクルルを見つめるミリに、
「いや何でもないっす!」
クルルは三秒とかけずに服を脱ぐと、一瞬で腰にタオルを巻いた。
相変わらず広い浴場に入ると、ミリが洗い場を促す。
「私が洗ってあげますね」
「はいっ⁉︎ いや自分でできますって!」
当然拒否したクルルだが、
「クルル君は、もう少し客人らしくして下さい。何の為に私がいるのか、分からないじゃないですか」
怒られた。
「……何かすいません」
諦めたクルルは、ひっくり返した桶に腰を下ろした。
「では、洗いますね」
「お手柔らかに……」
状況理解が追いつかないクルルは、腰のタオルだけは死守しようと決める。
背後でタオルを泡立てる気配がし、
「んしょ……」
ミリはクルルの背中をこすり始める。えも言われぬ感覚に戦慄するクルルは、ただ無言で時が過ぎるのを待った。
「それじゃあ、流しますね」
ようやく終わったらしいミリが、桶に汲んだお湯で背中を洗い流す。
「お、終わったか……」
今すぐにも脱衣所へ逃げ帰りたいクルルは立ち上がろうとしたが、
「__クルル君」
ミリはその背中に手を置いた。そして、さらに額を押し付けた。
「ちょっ……⁉︎」
混乱を極めるクルルに、ミリは小さく囁く。
「……少し、話を聞いてくれませんか? 私の、種についてです」




