告白ウォッシング
ミリの体温を背中に感じながら、クルルは動きを止めた。
「ミリさんの種って……無効化ですよね?」
「はい。どうして私が、この能力を持つ事になったのか、です」
「…………」
それはクルルも気になっていた。
「結論から言ってしまえば、“恐怖”です」
「恐怖……?」
「クルル君も察していると思いますが、クルル君のいたニホンより、恐らくノグリスは身分の差がハッキリ分かれています。超えられない壁として」
クルルは昼間の住民や店員、今までのミリの反応を思い出して、どうしようもなく納得する。
「二十年ほど昔に、獣人と婚約した人間が人里を追われるという事件がありました」
__同じ獣人として、無関係では終われないんだろうな……。
「私も獣人の一種ですから、社会の立場は特別低いんです」
その言葉にえも言われぬ怒りが込み上げて来るが、クルルは何とか抑え込んだ。
ミリの言葉は続く。
「本来なら、こんな貴族の屋敷にいられるような存在じゃないんです。人目に付かない場所で、ひっそりと、誰にも見つからないように、生きていかないといけないんです」
そこまで聞いて、クルルは怒りと同時にある仮定が浮かび上がった。
「ここに辿り着く前は、そんな生活をしていました。誰にも近付かず、近寄らせず、ひたすらいなくなるように……と。そう無意識に願っていました。__その頃ですね。私が種を使えるようになったと気付いたのは」
「…………」
オールイミューン。直訳すれば、“全ての免疫”。
理不尽に世界から嫌われ、全てを消そうとする恐怖と、それができないミリ自身の優しさが合わさった能力。負の感情から生まれてしまった、能力。
「私は……」
ミリの手の震えが、クルルの背中を通して伝わってくる。
「私は……怖いです。ストロさんは私をかくまってくれてますけど、それがいつまで続くか分かりません……。もし世間に知られれば、貴族といえど無事では済みません。それに、この状況がストロさんの本意なのかも分かりませんし……」
それは無いと、クルルは思っていた。
「ストロさんは、おれから見ても謎の多い人ですけど、ミリさんを庇うのはあの人の意思だと思います。無理してかくまう意味も無いですし、そんな人には見えませんから。……他に、理由がある気もするんですけど」
それはここに招かれてから、ずっと感じていた違和感。それが判明しない事に、クルルはモヤモヤを抱いていた。
クルルが黙ると、ミリも黙る。
「…………」
「…………」
浴場を沈黙が支配すると、
「な、何だか暗い話をしてごめんなさい。洗いますね」
それに耐え切れなくなったのかミリはタオルを動かし始めた。
__……二回目なんだけどなぁ。
背中を洗うというのは単なる口実に過ぎない、とクルルも分かってはいたが、
「…………」
彼にも考える時間が必要だった。大人しくそのまま、背中の感触を感じていた。
「__さ、一通り終わりました」
ミリは再びクルルの背中の泡を洗い流すと、そう告げた。
「ありがとうございました」
振り向けないクルルは、前を向いたまま礼を言う。
「いえ、私も話を聞いてもらえて嬉しかったです。少しだけ、気が楽になりました」
「それならよかったっす」
__ノグリスの事情は、結構闇が深そうだな……。せめてミリさんだけでも、その悩みから解放してあげたいけど……。
そんな事を考えていたクルルは、
「じゃあ入りましょうか」
「ああはい。…………は?」
ミリの発言に反応が遅れた。
「入るって……はい?」
「お風呂ですよ。まだ入ってませんよね?」
キョトンとした顔で返された声に、クルルは先ほどと別の意味で言葉を失う。
「えっと……」
昨日の事故とは違うあまりにも自然な流れに、クルルの処理能力が停止してしまう。
結果、
「…………」
「ふぅ〜……」
ミリと並んで、湯船に浸かっていた。
__何でこうなったんだっけ。
ジワジワと状況を理解し出したクルルは、いくら何でもおかしい事に気付く。
「あの、ミリさん……?」
「はい」
「おれは……男ですよね?」
「え……違うんですか?」
「いや合ってます……」
それとなく示唆してみたが、素朴に返されたクルル。諦めて核心に触れる発言をしてみる。
「……ノグリスで、混浴は当たり前なんですか?」
「はい? __そ、そんな訳ないじゃないですか!」
怒られた。
「で、ですよね。すいません」
__じゃあこの状況は……?
「ああ。もしかして、私とクルル君が今一緒にいる事ですか?」
「そうですそうです」
何故これを伝えるのにこんなに苦労したのだろうかとクルルは思ったが、この際気にしない。
「……先ほども、昨日にも話した通りです」
ミリは目を伏せて、言葉を紡いだ。
「クルル君が私に興奮する事はないですよね」
「ぶっ……⁉︎」
いきなり純情を殺すようなセリフが飛び出したが、ミリの言葉は続く。
「私は獣人であり、クルル君とは身分が違いますから」
その口調に、寂しさや悲しさは感じられない。それが当然であるような、淡々とした口調。否、精神的に距離を置きたがる、言い訳のように聞こえた。
ミリのその態度に、クルルは再び怒りが込み上げてくる。
__どこまで、自分を低く見るんだ。
「ミリさん」
「はい」
クルルは振り向いたミリの、肩を掴む。
「へ? クルル君?」
そのまま、その戸惑う顔を凝視する。少しでも視線を下げると大惨事になってしまうので、結果的に必要以上の意思を込めてしまう。
「あ、あの……どうかしたんですか?」
ミリの呼び掛けにも、クルルは無言で凝視を続ける。
しばらく無音の時間が流れ、
「あのぅ……流石に恥ずかしいというか……」
その言葉を待っていたかのように、クルルは口を開いた。
「恥ずかしいんですね? 身分が違うのに、あれだけ自分を低く見たのに」
「! そ、それは……」
「この際だから、ハッキリ言わせてもらいます。ミリさんは可愛いです。魅力的です。だから獣人だなんて、自分を卑下しないで下さい。__おれはそんなの気にしません。だからせめて……おれの前では、本当のミリさんを見せてくれませんか?」
「…………」
今度はミリが、言葉の意味を理解できていないようだった。固まったまま、クルルの言葉を反芻していた。
「私が……可愛い?」
「はい」
「本当に……獣人は関係ないと?」
「はい」
しばらく惚けていたミリは、
「…………ありがとう、ございます」
少しだけ、表情を緩めた。
「こんな事、生まれて初めて言われました。凄く、嬉しいです……」
ホッとクルルは腕を弱める。
「すぐには、変えられないと思います。時間はかかるかもしれませんけど……我慢してくれますか?」
「当たり前ですよ」
クルルも、その返答は予想していた。ここまで説得できただけでも、前進だろう。
「__あの、クルル君」
「何ですか?」
ミリはおずおずと、手を頭に持っていく。
「耳を……触ってもらえませんか?」
「はい? 耳?」
「これは私達獣人と、クルル君達との明確な違いの一つです」
クルルは少し考える。
ミリの猫耳は、確かにクルルと同じとは言えない。普段はそれを隠し、ある意味で自分を偽っている。「……分かりました」
クルルはゆっくり手を伸ばすと、ミリの猫耳を撫でる。
「んっ……」
恐怖のような、喜びのような、どっちともつかない声を上げたミリを見て、クルルは大きな可能性を感じた。




