三枚おろしにして食べよう
水面から突き出た背ビレが、大きく傾いた。
直後、川が弾けた。
大量の水を押しのけて現れたのは、細長い魚に似た魔物だった。頭部から背中までを黒い甲殻が覆い、口は人一人をそのまま呑み込めるほど大きい。
水上へ持ち上がった部分だけで、十メートルを超えている。
魔物が口を開く。
「来るぞ!」
圧縮された水が、太い砲弾となって放たれた。
カヅチたちの手前で岸に突き刺さり、岩盤が大きくえぐれる。砕けた岩が、激しい水飛沫とともに調査隊へ降り注いだ。
西郷が片手を前へ出す。
半透明の壁が地面から立ち上がり、調査隊の左右と頭上を一息に覆った。
水の砲弾が結界へ激突する。
鈍い音が広い空間へ響き、巻き上げられた無数の石が続けてぶつかった。それでも結界は揺らがない。水も砕けた岩も、透明な壁に沿って左右へ流れ落ちていく。
測定器の数値も、それ以上は上がっていなかった。西郷の結界は、水や岩だけでなく、外から流れ込むガスまで遮断している。
《水の大砲だろ、あれ》
《岩まで一緒に飛んできたぞ》
《西郷の結界、びくともしてない》
魔物が首を振り、再び口元へ水を集め始めた。
西郷は結界を維持したまま、後方を振り返る。
「ここは通しません。調査班はそのまま下がってください」
調査員たちが捕獲した魔物を運び、川岸から距離を取る。
友丸は水面の巨体を見上げてから、隣に立つカヅチへ声をかけた。
「カヅチさん、俺が殺ってもいいですか?」
「水の中で仕留められるのか?」
「多分」
「そこは言い切れよ」
カヅチは呆れたように言ったが、止めはしなかった。
「任せる。できるなら、調査に使える形で残せ」
「分かりました」
友丸は頭の上からこはくを抱き上げ、絢香へ預けた。
「少し持っててくれよ」
「みゃ」
こはくが絢香の腕へ収まったのを確かめ、友丸は黒いナイフを握り直す。
西郷が視線だけを向けると、前方の結界に人一人が通れる隙間が開いた。
友丸はそこから走り出し、迷わず川へ飛び込んだ。
黒い姿が水中へ消えるのと同時に、結界が閉じる。
魔物の放った二発目の水砲が、正面から透明な壁を叩いた。
川岸が激しく揺れ、拳ほどの石が何十個も飛んでくる。西郷は足を動かさず、そのすべてを結界が受け止めた。
水中では、二つの影が交差していた。
巨大な尾が振られるたびに川面が盛り上がり、高い波が岸へ押し寄せる。結界がそれを左右へ分け、調査隊のいる場所だけを守っていた。
その中央で、魔物の巨体が大きく捻れる。
一度。
続けて、もう一度。
青白い光の中へ黒い影が浮かび、すぐに深みへ沈んだ。
それきり、川の流れが静かになった。
《撮影者さん、どこ?》
《水中で何が起きた》
《巨大な方が動かなくなったぞ》
数秒後、岸に近い水面から友丸が顔を出した。
片手には黒いナイフ。もう片方の手では、三つに分かれた尾の付け根をまとめてつかんでいる。
友丸がそのまま岸へ上がると、後ろから三つに分かれた巨体が引き上げられてきた。
左右に分けられた身と、頭から尾まで繋がった背骨。十メートルを超えていた魔物は、水中できれいに三枚へおろされていた。
切り口に乱れはなく、内臓も傷つけずに分けられている。
《三枚おろし!?》
《水中で何してたんだよ》
《討伐じゃなくて解体まで終わってる》
《調査に使える形ではある》
友丸は三つの塊を岸へ並べると、絢香へ顔を向けた。
「これ、食べられるか?」
「今、倒したばかりよね?」
「新鮮ではある」
「そういう問題だけじゃないんだけど」
絢香はこはくを友丸の頭へ戻し、並べられた身の前へしゃがんだ。
切り口と内臓を順に確かめ、えらの奥に残された袋状の器官を覗き込む。友丸の刃は、その器官を傷つけることなく切り分けていた。
「睡眠ガスを作っていたのは、これみたいね。肉には回っていないと思う」
「なら、食える?」
「普通なら、持ち帰って詳しく調べてからよ。でも、ここにいるのは魔素耐性の高い人ばかりでしょう。少しくらい魔素や弱い毒が残っていても問題ないだろうし、調べなくても多分食べられるわ」
絢香がそう言うと、周囲から誰ともなく視線が逸らされた。
「多分、か」
「絶対とは言わないわよ。未知の魔物なんだから」
政府の調査責任者は少し考え、魔物の頭部と内臓、それに左右の身から研究用の試料を採取させた。
「試食する場合は少量にしてください。異常があれば、すぐに申告を」
「分かってるわ」
絢香は自分の荷物から折り畳み式の金網を取り出した。
《持ってきてたのか》
《最初から食べる気だっただろ》
肉を食べやすい大きさに切り分け、表面の水気を拭う。味つけは少量の塩だけだった。
「カヅチさん。弱火でお願い」
「私の炎を使うのか?」
「焦がさないでね」
「誰に言っている」
カヅチが指を向けると、金網の下に赤い炎が灯った。
厚い切り身へ、じっくりと熱が入っていく。表面が白く変わり、焼き魚に似た香ばしい匂いが結界の中へ広がった。
「食べてみる人は?」
絢香が尋ねると、友丸とカヅチが迷わず手を上げた。
少し遅れて、西郷も手を上げる。
「絢香さんが大丈夫だと言うなら、俺も食べます」
最後に北田がカメラを固定台へ置いて無言で加わり、試食する四人が決まった。
ほかの参加者は、焼けた肉の匂いに気を引かれながらも、今回は遠慮した。
《食べる側の顔ぶれが強い》
《西郷は絢香さんの料理を断れないだろ》
《北田さんまで迷いがない》
《未知の魔物だぞ》
技術班が携帯式の浄化器を作動させる。西郷の結界内から睡眠ガスが完全に無い事を再確認し、四人は口元の防護だけを開けた。
絢香から渡された切り身へ、ほぼ同時にかぶりつく。
焼けた表面は香ばしく、中の身は驚くほど柔らかい。噛むと淡白な味のあとから、脂の甘みが広がった。
「うまいな」
最初に声を上げたのはカヅチだった。
「普通に食える」
友丸が二口目へ進み、西郷と北田も無言で頷く。
四人に異常がないことを確かめた絢香は、残っていた切り身を金網へ並べた。
「もう少し焼くけど、ほかに食べる人は?」
香ばしい匂いが、再び周囲へ広がる。
それでも、新たに手を上げる者はいなかった。
結局、二皿目に手を伸ばしたのも、最初の四人だけだった。
【二話削除のお知らせ】
先ほど投稿した二話について、現在各地で発生している水害を強く連想させる内容が含まれていたため、公開を続けるのは適切ではないと判断し、削除いたしました。
現実の災害を意図して執筆したものではありませんが、投稿時期を考慮しての判断となります。
お読みいただいた皆様には、突然の削除となってしまい申し訳ありません。
改めて新たな文章作成中です。




