↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
93/165

クランマスターカヅチ


時間は、少し遡る。


 西郷が報道番組へ出演する、数時間前。


 昼の営業を終えた絢香の食堂に、客として残っているのは二人だけだった。


 一人は、カウンター席で茶を飲んでいる友丸。


 もう一人は、少し離れた席で遅い昼食を取っている、長い赤髪の女性だ。


 友丸が店へ来たときには、彼女はすでに料理を食べ始めていた。数年ぶりに顔を合わせた二人は軽く挨拶を交わし、今はそれぞれ食後の時間を過ごしている。


 友丸が湯呑みを置いたところで、厨房にいた絢香が声をかけてきた。


「東京異界深層の二次調査、友丸も来ない?」


「また急だな」


「今度は睡眠ガスへの対策装備を使って、前回は調べきれなかった新エリアの奥まで進むの」


「絢香も参加するのか?」


「うん。見たことのない魔物がいるかもしれないし」


「食べるつもりか?」


「食べられそうならね」


 否定する気はないらしい。


「政府の記録班もいるんだろ?」


「もちろん」


「なら、俺が撮る必要はないんじゃないか?」


「撮影要員として誘ってるわけじゃないよ。友丸は前回の経路を知ってるし、何か起きたときにも、いた方が安心だから」


 友丸も、東京異界深層で行われた最初の新エリア調査に参加している。


 調査隊がどこまで進んだのか。どこで足を止め、睡眠ガスが発生してから、どの経路を使って撤退したのか。そのすべてを実際に見ていた。


 もっとも、前回の経路を知っているからといって、安全が保証されるわけではない。


 ガスが噴き出す場所や時間に、規則性は見つかっていなかった。前回は何も起きなかった場所から、次は突然噴き出す可能性もある。


 しかも、友丸がロサンゼルスから帰国して、まだ数日しか経っていない。


 しばらくは危険度の低い区域で散歩をしながら、のんびりこはくと過ごすつもりでいた。


「少し休もうと思ってたんだけどな」


「一か月」


 絢香が人差し指を立てる。


「何が?」


「調査に来てくれたら、一か月、うちの店で無料にする」


「行く」


「まだ日程も聞いてないでしょ」


「あとで聞く」


「本当に食べ物には弱いな、お前は」


 カウンターの端から、豪快な笑い声が上がった。


 声の主は、長い赤髪を背中へ流した大柄な女性だ。その脇には、何人前を食べたのか分からないほど、同じ大きさの皿が積み重なっている。


 カヅチ。


 世界ランキング二十一位の冒険者であり、西郷も所属するクラン《炎》のマスターだ。


 国外の異界で活動することが多く、日本へ戻ってくることは少ない。友丸が最後に会ったのも、数年前の東京異界深層だった。


「カヅチさんにだけは言われたくありませんよ」


「私はこれを食うために、日本へ戻ってきたくらいだからな」


「東京異界の調査で帰ってきたんですよね?」


「それもある」


「今、ついでみたいに言いましたよね?」


「気のせいだ」


 カヅチが空になった大皿を差し出す。


 絢香は呆れた顔をしながらもそれを受け取り、慣れた手つきで追加の料理を盛りつけた。


 新しい大皿が置かれると、カヅチは早速一口食べ、満足そうに頷く。


「しかし、久しぶりに会ってみれば、ずいぶん面白いことをしていたな」


「何のことですか?」


「撮影者だ。やはり、あれはお前だったか」


 あまりにも迷いなく言われ、友丸は否定する機会を失った。


「いつから気づいていたんですか?」


「最初の氷竜の映像を見たときから、似ているとは思っていた。立ち方もそうだが、魔物との距離の取り方に見覚えがあったからな」


「さすがですね」


「深層で一度、お前の戦いを近くから見ている。分かる奴には分かる」


 配信に映ったわずかな動きから、カヅチは撮影者が友丸だと見抜いていた。それでも本人と直接話す機会がなかったため、これまで口にはしていなかったらしい。


「ほかの人には言わないでください」


「分かっている。お前が隠していることを、私が勝手に広めるつもりはない」


 カヅチはあっさり答えると、再び料理へ箸を伸ばした。


「ロサンゼルスの神殿で使った力についても聞かん。切り札をどこまで明かすかは、冒険者自身が決めることだ」


「助かります」


「ただし、今回の現場指揮は私だ。撤退を命じたときは、理由を聞く前に従ってもらう」


「分かりました」


「それならいい」


 必要な確認を終えると、カヅチは箸を置いた。


「今回使うガス対策装備には、異界で採れた素材が使われている」


「普通の防護服じゃないんですか?」


「あのガスは、呼吸を止めても防げなかった。口や鼻を塞ぐだけでは意味がないからな」


 対策装備は、異界産の繊維を何層にも重ね、その間へ特殊な鉱石を組み込んで作られているという。


 頭部から足先まで覆う構造だが、戦闘のさまたげにならないよう薄く仕上げられている。その上から、普段の防具や装備を身につけることも可能だった。


「以前、国外の異界でも似たようなエリアが見つかっている。そこでも地面の亀裂から突然ガスが噴き出し、調査隊が何人も倒れた」


「カヅチさんも、その調査に参加したんですか?」


「ああ。今回の装備は、そのとき使われたものを参考にしている」


 同じ種類のガスだと断定されたわけではない。


 それでも、呼吸器を覆うだけでは防げないことや、異能力を持つ高ランク冒険者にも作用することなど、共通点は多かった。


「完成した装備の試験には、私も参加した。前回採取したガスを使い、規定時間まで試験室に入ったが、眠気は出なかった」


「クランマスターが自分で試したんですか?」


「ほかの連中に着せる装備だ。まず私が安全を確かめるのは当然だろ」


 カヅチは、当然のように言い放った。


「ただし、それはあくまで試験環境での結果だ。深層で発生するガスが、毎回同じ濃度とは限らん」


「噴き出す場所も分からないんですよね?」


「ああ。場所も時間も不規則だ。装備があるから安全だと思うな。想定を超える濃度が検出された場合や、装備を着た者に少しでも眠気が出た場合は、その場で一時撤退する」


「分かりました」


 友丸が頷くと、カヅチは今度は装備の確認へ移った。


「お前は、昔私とあった時と同じ黒いスーツ型の遺物と黒いナイフを使うつもりか?」


「そのつもりです」


「ロサンゼルスで使っていた刀は持っていかないのか?」


「今回は使いません」


「それもお前の判断に任せる。ただし、ガス対策装備と遺物を重ねて使えるかどうかは、出発前に技術班の確認を受けろ」


「はい」


 ひと通りの話が終わったところで、友丸は以前から気になっていたことを思い出した。


「カヅチさん、今も世界ランキング二十一位なんですか?」


「ああ」


「前に会ったときも、二十一位でしたよね」


「よく覚えていたな」


「順位を上げないんですか?」


 カヅチの実力が、世界二十一位に収まるものではないことくらい、友丸にも分かる。


 本人が望めば、二十位以内へ入ることも難しくないはずだった。


「二十位以内に入ったら、普通の調査で外国から呼んでもらえなくなるだろ」


 カヅチは、さも当然のように答えた。


 世界ランキング二十位以内の冒険者は、通常の異界攻略や調査を目的として、他国へ派遣することができない。


 例外となるのは、モンスターパレードや異界内での大規模な異変など、一つの国家だけでは対処が難しい事態に限られる。


 世界でも指折りの戦力を、通常の未調査区域へ気軽に送り込むことは認められていなかった。


「二十一位なら、他国政府から正式な依頼を受けて、未調査区域へ入れる。私にとっては、この位置が一番都合がいい」


「自分で行けばいいんじゃないですか?」


「政府が管理してる異界に勝手に入れば、あとが面倒だろ。私は異界に潜りたいんであって、各国の役人と揉めたいわけじゃないからな」


「それで二十一位を維持してるんですか?」


「順位を上げるために冒険者をやっているわけじゃないからな」


 実にカヅチらしい理由だった。


 少しでも世界ランキングを上げようとする冒険者は大勢いる。その中で、より多くの異界へ入るために二十位以内へ上がらない者は、おそらく彼女くらいだろう。


 話がまとまると、カヅチは携帯端末を取り出した。


「参加枠は数人分確保してある。あとは政府側へ名前を通せば終わりだ」


「許可は出るんですか?」


「大丈夫だろ」


 連絡先は櫻子だった。


「今回も櫻子に任せておく。知らない担当者に細かく調べられるより、その方がいいだろう?」


「はい。ありがとうございます」


 櫻子なら、友丸の経歴も装備も把握している。政府側の審査については、櫻子がすべて整えてくれるだろう。

 ロサンゼルス異界の調査へ正式に参加させたのも彼女だ。今回も任せておけば問題ない。


「詳しい日程は、許可が下りてから送る。それまでにロサンゼルスの疲れを取っておけ」


「分かりました」


 友丸の参加は、その日の夕方までに政府から認められた。


 ただ一人。


 同じクラン《炎》に所属する西郷だけは、その決定をまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「噴き出す場所も分からないんですよね?」 これは誰のセリフなのでしょう? 登場人物と会話の流れと前提の経験有無が混ざってるような違和感があります。
凄く面白いです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。