西郷再び
ロサンゼルス異界の調査隊が帰還してから、数日後。
夜の報道番組では、六日間にわたって行われた新エリア調査が特集されていた。
スタジオの大型モニターに映っているのは、風に揺れる白銀の草原、半透明の葉を茂らせた巨木。その先に広がる青い湖。湖底に沈んでいた石造りの神殿が映し出されてる。
「今回、ロサンゼルス異界の新エリア調査へ参加したのは三十名。戦闘を担当する冒険者だけでなく、政府の調査官や測量班、記録班を含め、全員がAランク以上で構成されていました」
進行役の女性アナウンサーが、モニター脇に表示された調査隊の編成を紹介する。
「その中で、とりわけ注目を集めたのが、日本から参加した撮影者さんです。今夜は現役Sランク冒険者の西郷さんに、公開された映像を分析していただきます」
「よろしくお願いします」
西郷はカメラへ向かって軽く頭を下げた。
「実は番組でも、撮影者さんに出演をお願いしようとしたのですが……」
女性アナウンサーが、少し困ったように笑った。
「連絡先が分かりませんでした」
「でしょうね。」
「日本政府へ問い合わせても、個人情報なので答えられないと」
「当然でしょうね」
短いやり取りを挟み、モニターの映像が切り替わる。
調査初日に発見された青い湖や、崖の巣から飛び出した人間ほどもある羽虫。夜になると青白い光を放つ草花など、新エリアで確認された生物が順番に紹介されていった。
どれもロサンゼルス異界の既知領域では見つかっていないものばかりだ。
「続いて、調査四日目の映像です」
画面に現れたのは、背の低い木と黒い岩が点在する一帯だった。
調査隊が周囲を警戒しながら進んでいると、岩陰から黒い甲殻に覆われた四足獣が次々と姿を現す。
冒険者たちが武器を構える中、頭上にこはくを乗せた撮影者が腰の刀へ手を伸ばす。
直後、十五体の動きが一斉に止まった。
次の瞬間には、撮影者の姿も映像から消えている。
透明になったわけではない。
カメラが追い切れない速度で、黒い岩の間を駆け抜けているのだ。
二秒後。
撮影者が元の位置へ戻り、淡い桃色に光る刀を鞘へ収める。
それと同時に、十五体の甲殻獣が次々と地面へ崩れ落ちた。
そこで映像が停止する。
甲殻獣の位置と、撮影者が通ったと推測される経路が画面上へ表示された。
「何度見ても、ほとんど何も分かりませんね」
女性アナウンサーの率直な感想に、西郷も頷く。
「通常の映像では追えないでしょう。スローにしても、断片的にしか姿が映っていません」
「やはり、速さが一番の見どころですか?」
「目立つのはそこですが、本当に見るべきなのは別の部分です」
西郷が指したのは、甲殻獣ではなかった。
黒い岩の間で武器を構えている、ほかの調査隊員たちだ。
「周囲には大勢の味方がいます。岩も多く、走れる場所は限られている。その中を二秒で駆け抜け、誰にも接触せず、十五体だけを斬って戻っているんです」
画面上に表示された予想移動経路は、何度も向きを変えていた。
まっすぐ走っただけではない。甲殻獣と岩の隙間を縫い、調査隊員を避けながら十五体すべてへ接近している。
「速く動ける能力があれば、同じことができるわけではない?」
「無理でしょう。速度に身体と判断が追いつかなければ、一体目を斬る前に岩へ激突します」
「配信の中で、あの刀には使用者の動きを加速させる力があると説明されています。ですが、刀が勝手に敵を斬ってくれるわけではありません。どの順番で倒し、どこを通り、どの方向へ刃を振るか。それを撮影者さん自身が二秒の中で制御しています」
「刀がすごいから勝てた、という単純な話ではないんですね」
「優れた武器であることは間違いありません。ただし、扱える者が持って初めて強い武器になる。映像を見る限り、撮影者さんはあの速度で戦うことに慣れています」
「西郷さんなら、同じことができますか?」
「俺とは能力も戦い方も違います。できると答えても、ここでは証明できません」
西郷は逃げるような回答はせず、画面へ目を向けたまま続けた。
「ただ、簡単に真似できる戦い方ではない。それだけは断言できます」
モニターの映像が再び切り替わる。
次に映し出されたのは、調査六日目の朝に高台から撮影された湖だった。
穏やかな湖面の下に、巨大な四角い影が見える。
調査隊が水中カメラを沈めると、砂に埋もれた石柱や屋根が見つかった。湖岸の斜面を調べ、土砂に埋まっていた石扉を発見するまでの様子が、短く編集されて流れていく。
「ここからが、今回の調査における最大の発見です」
モニターに湖底神殿内部の見取り図が表示された。
「神殿へ入った十七名は、途中で二班に分かれました。十三名が左側の通路へ進み、撮影者さんを含む四名が右側を調べています」
右側へ向かったのは、ギル、テルス、撮影者、女性記録係の四人。
やがて一行は、小さな広間へたどり着く。
その中央には、四本の腕に一本ずつ短剣を持った三体の人型魔物が立っていた。
ギルの雷撃とテルスの風刃が放たれる。
しかし二つの魔法は、人型魔物が構えた短剣へ触れた直後、正反対の方向へ跳ね返った。
四人が左右へ散り、戻ってきた魔法をかわす。
「魔法を防いだのではないんですね?」
「反射しています。映像を見る限り、威力もほとんど落ちていません」
先ほどまでわずかに笑っていた西郷の表情が、一気に険しくなった。
「魔法を無効化するだけなら、攻撃方法を変えればいい。ですが、これは撃った魔法がそのまま返ってきます。そこで大規模な魔法を使えば、味方を巻き込みかねません」
映像の中では、三人の冒険者が物理攻撃へ切り替えていた。
撮影者が刀を振るい、ギルとテルスも武器を手に接近する。
三体の人型魔物は、四本の腕を巧みに操って攻撃を受け流していた。さらに、斬り落とされた腕さえ短時間で再生してしまう。
四人が広間へ入ったあと、背後にあったはずの扉も消えていた。
逃げ道のない狭い室内で、魔法を反射し、傷を再生する三体を倒さなければならない。
「このあと、撮影者さんからの要請で配信と政府の記録が停止されました」
モニターが暗転する。
次に映ったのは、神殿の外へ戻ってきた調査隊だった。
内部へ入った十七名は全員無事。負傷者も報告されていない。
三体の人型魔物は倒され、その場には灰色の短剣が一本ずつ残されていた。
「アメリカ政府の発表によれば、三体へとどめを刺したのは撮影者さんです。本人が公表していない能力を使用したとされています」
女性アナウンサーが西郷へ顔を向けた。
「どのような能力だったと考えられますか?」
「分かりません」
西郷は迷わず答えた。
「記録がない以上、判断材料が足りません。それに、本人が意図して隠している能力を、外から勝手に決めつけるべきではないでしょう」
「同じ広間にいたギルさんとテルスさんも、詳細を明かしていません」
「冒険者が切り札を隠すのは珍しいことではありません。俺にも公表していない技はあります」
あくまでも公開された映像から読み取れる事実だけを、一人の冒険者として語っている。
「以前この番組へ出演された際、西郷さんは、氷竜との戦闘映像だけで撮影者さんを世界上位と評価するのは早いとおっしゃっていました。今回の調査を見て、印象は変わりましたか?」
「判断材料は増えました」
その質問には、すぐに答えた。
「氷竜との戦闘だけでは、撮影者さんが何をできるのか分かりませんでした。今回も、すべてが分かったとは思っていません」
モニターには、神殿を出た友丸が映っている。
頭上では、こはくが何事もなかったように前足を舐めていた。
「ただ、アメリカ中から集められたAランク以上の調査隊で、あれだけ余裕を持って動ける。世界ランカー二人と一緒に戦い、最後は本人が三体とも仕留めた。少なくとも、装備に頼っているだけの冒険者ではありません」
「撮影者さん本人が強い?」
「相当な経験を積んでいることは間違いないでしょう」
「同じ異界へ入ってみたいと思いますか?」
「ええ。一度、近くで戦いを見てみたいですね」
西郷は素直に頷いた。
◇
ロサンゼルス異界の特集が終わると、話題は日本国内へ移った。
「海外だけでなく、日本でも新エリアの調査が進められています」
大型モニターに表示されたのは、東京異界深層の映像だった。
《ヴァルカ》を中心とした大規模調査によって発見されたものの、地面の亀裂から噴き出すガスに阻まれ、奥へ進めなかった場所である。
ガスには強い睡眠作用があり、呼吸を止めても防げないことが判明していた。
「日本政府は対策装備の準備を進めており、近日中にも二次調査を実施する方針です。西郷さんも参加されるそうですね」
「ええ。うちのクランからも、俺を含めて何人か参加します」
「ロサンゼルス異界の人型魔物のように、未知の魔物と遭遇する可能性もあります」
「その危険を確かめるための調査です。ガスへの対策は進んでいますが、その先に何がいるのかは誰にも分かりません。慎重に進むことになるでしょう」
西郷は先ほどと変わらない真剣な表情で答えた。
ところが、女性アナウンサーが手元の資料へ視線を落とした途端、その表情がわずかに揺れた。
「参加者には、人気冒険者の絢香さんも名を連ねています」
西郷の口元が緩む。
「そうなんですよ」
未知の危険を語っていた数秒前までとは、明らかに声の調子が違っていた。
「絢香さんは、西郷さんと同じクランではありませんよね?」
「うちのクランマスターが、絢香さんの料理の大ファンなんです。東京異界の一区にある店へ、よく食べに行っています」
「今回の調査についても、そこで話したのですか?」
「この前、店へ行ったときに、新エリアの二次調査が話題になったそうです」
クランマスターが調査予定を話したところ、絢香が興味を示した。
まだ誰も奥へ進んでいないのなら、見たことのない魔物がいるかもしれない。できれば、食べられそうな魔物を見てみたい。
その話を聞いたクランマスターが同行を持ちかけ、絢香もその場で了承したらしい。
「つまり絢香さんは、新しい料理に使えそうな魔物を探すために参加すると」
「参加する目的は、さほど重要ではありません」
「かなり重要だと思いますが」
「俺と絢香さんが一緒に東京異界の新エリアへ入る。大事なのはそこです」
西郷は妙に自信のある顔で、はっきりと言い切った。
「これはもう、デートでしょう」
「政府が実施する二次調査です」
女性アナウンサーが即座に否定した。
「同じ場所へ出かけます」
「ほかにも大勢参加します」
「まだ誰も見たことのない景色を、一緒に見ます」
「地形と危険性を調べるためです」
「食事も同じ場所で取るでしょう」
「異界内で携行食を食べるだけですよね?」
「場所が変われば、普段の食事も特別になります」
「睡眠ガスが噴き出す未調査区域ですよ?」
「多少の刺激はあった方がいいでしょう」
「刺激が強すぎます」
女性アナウンサーの指摘にも、西郷はまったく怯まない。
女性アナウンサーは手元の資料を見直し、逃げ道を塞ぐように次の質問を重ねた。
「絢香さんが参加を決めた理由は、食べられそうな新種の魔物を見るためですよね?」
「調査へ参加すれば、俺にも会えます」
「西郷さんに会うためではありません」
「結果として会えることに変わりはありません」
「誘ったのはクランマスターです」
「同じクランですから、俺が誘ったようなものです」
「かなり無理がありますよ」
「クランは一つの家族です!」
「クランマスターの功績まで、西郷さんのものになるんですか?」
「今は細かい話をしている場合ではありません!」
「西郷さんがデートだと言い始めたので、事実関係を確認しているんです」
スタジオから笑いが漏れた。
西郷はそれにも構わず、正面のカメラへ向き直る。
「絢香さん、当日は俺の近くにいてください。未知の魔物が何体現れても、必ず守ります!」
「番組を使って勝手に配置を決めないでください」
「昼食も一緒に食べましょう!」
「調査責任者の指示に従ってください」
「俺が魔物を倒します! 料理に使えそうなら、すべて差し上げます!」
「素材で気を引こうとしないでください」
番組終了まで、すでに一分を切っていた。
司会者も何度か進行を戻そうとしているが、西郷は止まらない。
「新エリアから二人で無事に帰ってきたら、今度こそ俺の配信へ――」
「西郷さん、残り時間がありません」
「ここからが最も大切なところです!」
「ロサンゼルス異界の特集番組です!」
最後まで西郷の声を残したまま、画面は提供企業の案内へ切り替わった。
◇
放送を終えた西郷が控室へ戻る。
携帯端末を確認すると、クランマスターから何件ものメッセージが届いていた。
『番組を見た』
『東京異界の二次調査をデートと呼ぶな』
『政府の担当者からも連絡が来た』
西郷は三件すべてを無視した。
調査が始まれば、結果で示せばいい。
未知の魔物から絢香を守り、同じ場所で食事をして、帰還したあとに次の約束を取りつける。
何も問題はない。
完璧な計画だった。
そのとき、新しいメッセージが届いた。
『参加者が一人増える』
続けて送られてきた情報を見て、西郷の指が止まった。
『撮影者さん?』
『絢香が連れてくる。最初の調査で新エリアへ入っているから、案内役にもなる。日本政府の許可も出た』
つい先ほど、西郷自身が同じ異界へ入ってみたいと語った相手だ。
ロサンゼルス異界の映像を見て、相当な経験を持つ冒険者だとも認めた。
一緒に調査できること自体に異論はない。
絢香が参加しなければ、だが。
『絢香さんが、本人を誘ったんですか?』
『そうだ』
『どうしてですか?』
『知らん。本人に聞け。それに、未知の魔物が出た場合は戦力にもなる』
『俺がいます』
『知っている』
『俺だけでは信用できないということですか?』
『知らん。本人に聞け』
西郷は携帯端末を握ったまま、しばらく動けなかった。
頭の中で描いていた新エリア調査へ、猫のマスクをつけた男が当然のように加わってくる。
絢香の隣を歩き、食事中もカメラを向け、未知の魔物が現れれば、自分より先に倒してしまうかもしれない。
それでは、デートどころではない。
『それではデートにならないでしょう!』
送信すると、間を置かずに返事が届いた。
『最初から調査だ』
西郷は画面を見つめたまま、何も言い返せなかった。
ロサンゼルス異界の調査隊が帰還してから、2日後。から
ロサンゼルス異界の調査隊が帰還してから、数日後。に変更しました。




