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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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9/81

もふもふVS迷惑系配信者


昼を少し回った頃、枕元に放り出していた携帯が鳴った。


坂田友丸は布団の中でしばらく無視していたが、二度目の通知音でようやく腕を伸ばした。


冒険者向けの依頼通知だった。


《東京異界・短期依頼》


《推奨ランク:D.C》


昨日はカードの更新へ行き、そのまま三浦に新人研修を押しつけられた。夜は約束通り酒を奢らせ、今日は何もしないと決めている。


友丸は通知を消そうとして、その下に表示されていた数字で指を止めた。


《報酬 三万円》


「……三万か」


予定が少し揺らいだ。


詳細を開く。


依頼主は異界生物の生態調査を行っている民間企業だった。


東京異界の浅層で観測していた小型魔物の一体が行方不明になり、首につけた発信器からの信号も途絶えたらしい。


対象の生存確認。


発信器の回収。


捕獲の必要なし。


添付された写真には、灰色の毛に覆われたウサギによく似た魔物が映っていた。長い耳に大きな後ろ脚。そこまではウサギそのものだが、尻からは細長い尾が伸びている。


危険度は最低区分。


最後の信号も入口から七キロほど。


「一、二時間で三万……」


友丸は天井を見た。


何もしない一日と三万円。


十秒ほど悩み、受諾ボタンを押す。


一時間後には、いつものくたびれたズボンにシャツ、古いジャケット姿で東京異界へ入っていた。


今日は一人だ。


携帯へ送られてきた発信器の最終受信地点だけ確認し、そのまま森へ向かう。


昨日の新人研修とは違い、誰かに歩調を合わせる必要もない。足場の悪い場所を自然に避け、獣道を使い、迷うことなく森を抜けていく。


途中で襲ってきた魔物も、小太刀を一度抜いただけで片づけた。


素材は拾わない。


安い。


今日の目的は三万円である。


二十分ほどで最終受信地点へ到着した。


当然、そこに対象はいなかった。


だが、探すのに時間はかからない。


倒れた草。


柔らかな土に残った小さな足跡。


枝に引っかかった灰色の毛。


少し先では別の魔物の足跡と重なり、そこから小さな足跡の間隔が大きく広がっていた。


「追われたのか」


友丸は端末の予測経路とは違う方向へ進んだ。


十分ほど追ったところで、人の声が聞こえてきた。


「お、いたいた! こいつだよ!」


妙に大きな声だった。


友丸が木々の間から覗く。


若い男が一人いた。


探索用の軽装に短剣。片手には撮影用端末を持ち、胸元にも小型カメラを装着している。


その先にいたのは、写真と同じ灰色の小型魔物。


首元には発信器も残っていた。


「見つけた」


今日の仕事はほぼ終わった。


ただ、男は生配信中らしい。


「何これ? 見たことある奴いる? めちゃくちゃ可愛くね?」


男がカメラを近づける。


小型魔物は警戒して後ろへ下がった。


「逃げんなって。ちゃんと映れよ」


男が近づく。


小型魔物も離れる。


最初はそれだけだった。


友丸も木陰から眺めていた。


撮影が終われば、発信器を回収すればいい。


ところが男は、逃げる小型魔物を追い始めた。


「ほらほら! どこまで逃げんだよ!」


端末の画面には次々とコメントが流れている。


やがて視聴者の一人が、小型魔物の首元に気づいた。


《首になんか付いてない?》


《発信器じゃね》


《研究個体じゃないの?》


男が足を止める。


「発信器?」


小型魔物の首元を見て、むしろ嬉しそうに笑った。


「じゃあ捕まえてみるか。研究用の魔物討伐してみた、ってタイトルよくね?」


《やめとけ》


《勝手に触るな》


《普通にまずいだろ》


「異界に放してるんだから、捕まる方が悪いだろ」


男は気にする様子もない。


再び追い始める。


小型魔物は見た目以上に素早く、手が届きそうになるたび、大きな後ろ脚で地面を蹴って逃げる。


男の笑顔が徐々に消えていった。


「チッ。ちょこまか逃げんなよ」


足元の小石を拾い、小型魔物へ投げた。


石は外れ、木の幹へ当たる。


友丸の表情から、僅かに気の抜けた雰囲気が消えた。


《おい》


《石投げるなよ》


《それ虐待だろ》


《もうやめろ》


男はコメントを見て鼻で笑った。


「これ魔物だから。ペットじゃねえからな?」


また石を拾う。


投げる。


今度は小型魔物のすぐ横を通った。


驚いた小型魔物が茂みへ逃げ込む。


男は楽しそうに追った。


「ほら、逃げろ逃げろ! こういう方が配信も面白いだろ!」


《面白くねえよ》


《通報した》


《最低》


「アンチは黙ってろって。嫌なら見るなよ」


それでも視聴者が減るどころか、コメントは増えていた。


男にとっては、それすら都合がいいらしい。


再生数さえ伸びればいい。


やがて小型魔物は太い木の根元へ追い詰められた。


男が逃げ道を塞ぐ。


「やっと捕まえた」


手を伸ばす。


小型魔物が歯を剥き、威嚇した。


「は?」


男の顔が歪む。


「散々手間かけさせやがって」


腰から短剣を抜いた。


《おい、それはダメだろ》


《やめろ!》


《誰か止めろ》


「ちょっと大人しくさせるだけだって」


刃を見せながら近づく。


小型魔物がさらに身体を縮める。


「ほら、逃げてみろよ」


男は笑いながら、短剣の先で小型魔物をつつこうとした。


その瞬間。


パシンッ!


乾いた音が森に響いた。


男の右腕が大きく弾かれる。


「――っ!?」


短剣が宙を舞い、地面へ突き刺さった。


一拍遅れて、男が右腕を押さえて膝をつく。


「ぐっ……ああああっ!」


何が起きたのか理解できない。


配信のコメントも一気に加速した。


《何!?》


《今なんか飛んできたぞ》


《石?》


《誰かいる》


男は痛みに顔を歪めながら周囲を見回した。


「誰だ!」


返事はない。


「出てこいよ! ふざけんな!」


少し離れた木陰で、友丸がもう一つ小石を拾う。


さっきより小さい。


男はなおも怒鳴っていた。


「隠れてねえで出てこい! ぶっ殺すぞ!」


「……反省してないな」


友丸が指を弾いた。


パチン。


小石が男の腰元を通り抜けた。


男が固まる。


「……は?」


ズボンを締めていた紐が、真ん中から切れている。


ずるり。


腰からズボンが落ちた。


足首まで一気に下がる。


男はパンツ一枚で立ち尽くした。


「…………」


コメント欄が爆発した。


《wwwww》


《ズボンww》


《紐だけ!?》


《狙ったのかよ》


《石投げてる奴うますぎだろ》


「ふざけんな!」


男は左手でズボンを引き上げようとした。


右腕は痛みでまともに動かない。


片手で何とか腰まで戻そうと悪戦苦闘する。


その背後で。


先ほどまで追い回されていた小型魔物が、ゆっくり顔を上げた。


長い耳がぴくりと動く。


男を見る。


その腰を見る。


一歩。


二歩。


「くそっ……誰だよ! 出てこいって言ってんだろ!」


男は気づかない。


小型魔物が後ろ脚へ力を込めた。


跳ぶ。


がぶり。


「はあ!?」


小型魔物がパンツへ噛みついた。


「おい! 何してんだ!」


男が慌てて左手で押さえる。


小型魔物は離さない。


「離せ! クソ魔物!」


引っ張る。


小型魔物も引っ張る。


《wwwww》


《ウサギの逆襲》


《いけ!》


《負けるなウサギ!》


「お前ら俺の配信見に来てんだろ! 俺を応援しろよ!」


男が叫んだ瞬間、小型魔物が大きな後ろ脚で地面を蹴った。


ブチッ。


男の身体がぐらつく。


小型魔物が着地した。


その口には、男のパンツがしっかり咥えられている。


「…………」


男の顔から表情が消えた。


《取ったwww》


《完全勝利》


《パンツ返してやれよw》


《いや返さなくていい》


男は慌てて両手で隠そうとして――右腕の痛みに顔を歪めた。


結局、左手だけで前を隠す。


「て、てめえ……!」


恥ずかしさより怒りが勝ったらしい。


男はパンツを咥えた小型魔物を睨みつけた。


「返せ!」


小型魔物は動かない。


「返せって言ってんだろ!」


男が足首まで落ちていたズボンを蹴り飛ばし、そのまま小型魔物へ駆け寄る。


「このクソ魔物!」


左手で前を隠しながら、蹴りを放った。


小型魔物がひょいと横へ跳ぶ。


空振り。


「待て!」


もう一度。


小型魔物は避ける。


男は完全に頭へ血が上っていた。


「殺すぞ!」


三度目。


男が大きく脚を振り上げる。


その瞬間、小型魔物も地面を蹴った。


男の懐へ飛び込む。


丸い身体がくるりと回り、大きな後ろ脚が伸びた。


肉球のついた足が――綺麗に股間へ入った。


「――――っ!?」


男の身体が硬直した。


口が開く。


声は出ない。


一秒。


二秒。


男の顔から血の気が引いていく。


両膝が内側へ寄った。


「ぉ……おぉ……」


そのまま膝から崩れ落ちた。


《入った》


《クリティカルwww》


《これは痛い》


《今日一番綺麗な一撃》


《自業自得すぎる》


小型魔物は数歩離れたところへ着地した。


パンツを咥えたまま、首を傾げる。


男は地面へうずくまり、しばらく動けなかった。


やがて震えながら立ち上がる。


右腕は痛い。


ズボンは脱げた。


パンツは奪われた。


股間も痛い。


しかも、その一部始終が今も世界へ配信され続けている。


男の心が折れた。


「もう嫌だああああああああ!」


左手で前を隠し、裸のまま走り出した。


ズボンも短剣もカメラも置き去り。


木の根につまずきそうになりながら、それでも振り返らず森の向こうへ消えていく。


《逃げたw》


《服着てけよw》


《カメラ忘れてるぞ》


《伝説の配信になったな》


《ウサギ強すぎ》


地面へ落ちたカメラだけが、誰もいなくなった森を映し続けていた。


しばらくして。


友丸が木陰から姿を現す。


小型魔物も逃げてはいなかった。


男のパンツを咥えたまま、こちらを警戒している。


友丸は小型魔物を見る。


小型魔物も友丸を見る。


「……やるな、お前」


長い耳がぴくりと動いた。


「でも、それはいらないだろ」


視線をパンツへ向ける。


小型魔物は一歩下がった。


「いや、取らないよ」


さらに一歩下がる。


「欲しいの、それじゃないから」


友丸が首元の発信器を指差した。


小型魔物は当然理解しない。


そして次の瞬間、パンツを咥えたまま森へ走り出した。


「あ」


友丸は高速移動で後ろにまわり小動物を確保する。

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クソザマァーw
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