厄介な敵
次の瞬間、三体の魔物が四本の腕を一斉に持ち上げた。
「待ってください。後ろが……」
記録係の女性が、広間の入口を振り返る。
友丸たちもそちらへ目を向いた。
先ほどまで開いていた扉が消えている。
閉じたのではない。取っ手も継ぎ目も見当たらず、周囲と変わらない石壁があるだけだった。
扉が消える音は、誰も聞いていない。
『後ろの扉、なくなってない?』
『さっきまであったよな?』
『罠だろ、これ』
『こいつら、四人が入ってくるのを待ってた?』
「そうかもしれないな」
広間にいるのは、友丸とテルス、ギル。それに、アメリカ政府の記録係を加えた四人だけだ。
友丸は手にしていた配信用カメラを記録係へ渡した。彼女は自身の記録用カメラを肩に固定し、受け取ったカメラを両手で構える。
そのまま通信機を操作し、別行動中の攻撃隊へ連絡を入れた。
「こちら右班。広間の入口が消失しました。内部で三体の人型魔物と遭遇しています」
『通信は問題ない。すぐにそちらへ向かう。それまで無理に――』
返事が終わるより早く、三体の魔物が動いた。
二メートルを超える巨体が、横一列に広がって床を蹴る。
左の一体がテルスへ。
中央が友丸へ。
右の一体がギルへ向かった。
「下がって!」
テルスが記録係へ叫び、左手を突き出す。
広間の空気が唸りを上げ、一点へ集まった。圧縮された風が三日月形の刃となり、左端の魔物へ飛んでいく。
魔物は足を止めない。
四本の腕を胸の前へ集め、二本の短剣を交差させた。
風の刃が短剣へぶつかる。
鋭い金属音が響いた直後、風の刃が向きを変えた。
「テルス!」
ギルの声に反応し、テルスが身を沈める。
跳ね返された風の刃が頭上を通り抜け、左手の壁を深く切り裂いた。
『跳ね返した!?』
『今の、テルスの風だよな?』
『同じ威力で戻ってきたぞ!』
「なら、こっちはどうだ!」
右側では、ギルが腕を振り抜いていた。
青白い雷が一直線に走り、迫っていた魔物へ直撃する。
それでも、魔物は倒れなかった。
四本の短剣を重ね、雷を正面から受け止めている。刀身の間で青白い光が膨れ上がり、来た道を逆向きに走った。
「これも返すのか!」
ギルが右へ跳ぶ。
雷がその脇を通り過ぎ、背後の石壁へ直撃した。
轟音が響き、広間全体が大きく揺れる。記録係は壁際まで下がりながらも、二つのカメラを魔物たちへ向け続けていた。
『ギルの雷まで返した!』
『四本の短剣が魔法を反射してるのか?』
『記録係もよく撮り続けられるな』
『魔法使い二人とは相性最悪だろ』
友丸は中央から迫る魔物を見据え、刀を抜いた。
鞘から現れた淡い桃色の刀身が、薄暗い広間を照らす。
「一人一体でいいか?」
「ええ」
「それしかなさそうだ」
テルスとギルも魔法の使用をやめ、それぞれ腰の剣を抜いた。
三人は横一列に並んだまま前へ出る。
テルスが左。
友丸が中央。
ギルが右。
記録係だけを、消えた入口の前に残す形になった。
中央の魔物が、四本の短剣を続けて振るう。
最初の二本は上から。
三本目は友丸の脇腹を狙い、最後の一本がわずかに遅れて首へ迫ってきた。
友丸は刀を斜めに振り上げ、上から来た二本をまとめて弾いた。脇腹への一撃は半歩下がってかわし、首を狙った刃の下へ身を沈める。
魔物の右を抜けざま、胴を横薙ぎにした。
桃色の刀身が灰色の肉へ深く食い込む。
手応えはあった。
だが、血は流れない。
傷口が細かく震え、左右から引き寄せられるように塞がっていく。
「再生するのか」
友丸が続けて肩口を斬り抜ける。
右上の腕が短剣ごと床へ落ち、黒い砂へ変わった。
それでも魔物は止まらない。
残る三本の腕で友丸へ斬りかかりながら、切断面から新たな腕を生やしていく。骨が伸び、灰色の肉がまとわりつき、数秒もしないうちに元の形へ戻った。
『腕が生えた!』
『斬った意味ないじゃん』
『撮影者さんの刀でも再生されるのか』
『魔法反射に再生能力って、強すぎない?』
再生した手が、床へ落ちていた短剣を拾う。
再び四本となった腕が、友丸へ襲いかかった。
二本が刀を挟み込む。
残る二本は左右へ広がり、友丸の逃げ道を塞いだ。
友丸が刀を引けば、魔物も前へ出る。
四本の腕は互いの動きを邪魔しない。二本で正面を防ぎながら、残りの二本が友丸の死角へ刃を送り込んでくる。
テルスとギルも、それぞれ一体を相手にしていた。
二人とも剣だけで魔物の攻撃を受け流し、何度も反撃を当てている。
だが、浅い傷は一呼吸ほどで消え、深く斬っても次の攻撃へ移る間に塞がってしまう。
左側で、テルスが魔物の腕を一本斬り落とした。
それもすぐに再生する。
「これは厄介ね」
テルスが迫る短剣を剣で弾き、魔物の胸を蹴って距離を取った。
「全力の魔法なら倒せるか?」
友丸が正面の二本を受け止めながら尋ねる。
「反射ごと押し切れると思う」
右側からギルが答えた。
「でも、この部屋では無理だ。戻ってきた魔法が彼女へ向かったら、防ぎきれない」
「広間ごと崩す可能性もあるわ」
入口は消えている。
天井や壁を壊せば、自分たちまで生き埋めになりかねない。
「私も援護に入りますか?」
後方から記録係の声が飛んだ。
彼女も腰に剣を下げている。
「そこにいてくれ!」
ギルが短剣を受け流しながら答える。
「三対三だから、まだ動けている。四人目が入れば、かえって戦いにくい!」
「了解しました」
記録係が再びカメラを構える。
友丸は四本の短剣を立て続けに弾き、空いた胸元へ蹴りを叩き込んだ。
中央の魔物が後ろへよろめく。
その動きに合わせるように、テルスとギルも左右の魔物を蹴り飛ばした。
三体が広間の奥まで下がる。
友丸たちとの間に、数メートルの距離が開いた。
「仕方ないか」
友丸は記録係へ視線を向けた。
「悪い。配信を切ってくれ」
「今ですか?」
「ああ」
記録係が配信用端末へ指を伸ばす。
『え?』
『ちょっと待って!』
『ここで切るのかよ!』
『何をするつもり?』
『撮影者さん!?』
画面を埋め尽くすコメントを最後に、配信が終了した。
「政府の記録も止めてくれ」
続く友丸の言葉に、記録係が顔を上げる。
「何をするつもりですか?」
「このままでも倒せる。ただ、誰かが怪我をする可能性がある」
「記録に残せない方法を使うと?」
「顔を映されたくないだけだ」
三体の魔物が体勢を立て直す。
友丸に斬り落とされた腕も、テルスが切断した腕も、すでに元へ戻っていた。
記録係は迷ったものの、すぐに肩のカメラへ手を伸ばした。
「配信、政府記録ともに停止しました」
「助かる」
友丸は三人の顔を順番に見た。
「これから見ることは、外で話さないでくれ」
「私には守秘義務があります。あなたの許可なく、素顔や能力を公表することはありません」
「俺も約束する」
ギルが答え、テルスも頷いた。
「誰にも話さないわ」
「なら、こはくを頼む」
「みゃ?」
友丸は頭の上にいたこはくを抱き上げ、テルスへ渡した。
「少しだけ、そっちにいてくれ」
「みゃ」
こはくは素直にテルスの腕へ収まる。
テルスは剣を鞘へ戻し、こはくを抱いたまま記録係の前まで下がった。
「この子と彼女は私が守るわ」
「頼む」
友丸は猫マスクを外した。
長い前髪が落ち、目元を覆う。
バッグから飲みかけのペットボトルを取り出すと、残った水を頭からかぶった。
「何をしているんだ?」
「髪が邪魔なんだよ」
友丸が濡れた前髪を片手で掻き上げる。
普段は髪に隠されている、澄んだ瑠璃色の瞳が露わになった。
ギルが息を呑む。
テルスも目を見開いていた。
「ギルも下がってくれ」
「一人で三体を?」
「その方が巻き込まずに済む」
ギルは何か言いかけたが、友丸の目を見て口を閉じた。
剣を構えたまま後退し、テルスたちの前へ立つ。
広間の手前に三人。
中央に友丸。
奥には三体の魔物。
互いの位置が一直線に並んだ。
先に動いたのは魔物たちだった。
三体が横へ広がり、友丸を囲もうとする。
友丸も床を蹴った。
桃色の刀身が光を引き、左へ向かった魔物との距離を一気に詰める。
四本の短剣が友丸へ振り下ろされた。
友丸は一撃目を刀で弾き、二撃目の下を潜る。続く二本が左右から迫るより早く、魔物の背後へ抜けた。
振り返った魔物へは斬りかからない。
友丸は足を止め、瑠璃色の瞳を向けた。
魔物の胸元で、景色がずれた。
何かが飛んだわけではない。
刀も動いていない。
それなのに、魔物の胴体が縦に大きく欠けた。
斬られた傷口はなかった。
消えた部分が床へ落ちることも、黒い砂へ変わることもない。
そこにあった肉体だけが、空間から薄く削ぎ取られている。
「何だ、今の……」
ギルの声が広間へ落ちた。
魔物の左右に残った肉体が震え、失われた中央部分を埋めようと膨らみ始める。
友丸がもう一度、その魔物を見た。
今度は残っていた右半身が消えた。
再生では追いつかない。
続けて左半身まで欠け、最初の一体が跡形もなく消失した。
残る二体が、友丸の左右から迫る。
右の魔物が先に四本の短剣を突き出した。
友丸は少しだけ体をずらす。
一本目が胸元を通過し、二本目が肩の脇を抜けた。続く二本へ刀を当て、軌道を外側へ逸らす。
直後、左から来た魔物が腕を振り下ろす。
友丸は右の魔物を盾にして、左からの斬撃を防いだ。
八本の腕が一瞬だけ絡まり、二体の動きが止まる。
友丸が顔を上げた。
瑠璃色の瞳が、手前の一体を捉える。
魔物の頭部が横半分だけ消えた。
遅れて、胸から腹にかけて大きく欠ける。
短剣を握っていた二本の腕も、肩口から先が音もなく失われた。
魔物は残った二本の腕を振り回す。
だが、友丸へ届く前に片方が消え、続いてもう片方も消えた。
胴体が端から欠けていく。
まるで目に見えない刃で、魔物の存在する場所そのものを削っているようだった。
「空間を……削っているのか?」
ギルはつぶやく。
二体目が完全に消える。
最後の魔物は足を止めた。
仲間が消えた場所と友丸を交互に見たあと、四本の短剣を構えたまま後退する。
初めて見せた、明確な警戒だった。
友丸は刀を下げたまま、ゆっくりと近づいていく。
魔物が短剣を振り上げる。
その腕が、肘から先だけ消えた。
残る三本の腕を突き出そうとした瞬間、右肩から胸までが大きく欠ける。
魔物の体が傾いた。
再生しようとした肉が盛り上がるが、形を作る前に消えていく。
一歩も動かない友丸の前で、巨体が少しずつ失われていった。
頭部が消える。
四本の腕が消える。
最後まで残っていた下半身も、広間の景色がわずかに揺れた直後、跡形もなく消失した。
静寂が戻った。
床に残ったのは、最初の戦いで斬り落とした腕から生じた黒い砂だけだ。
友丸は三体がいた場所をしばらく見つめ、桃色の刀身を鞘へ納めた。
異変が始まってから、わずか数十数秒。
三体の人型魔物は、再生する肉体ごと広間から消えていた。
テルスもギルも、言葉を失っている。
記録係も、電源の落ちたカメラを抱えたまま動かなかった。
友丸が何をしたのか。
説明できる者は、誰もいなかった。




