いざ、湖の遺跡へ
「撮影者さん」
倒れた甲殻獣を調べていた大柄な男が、友丸を呼び止めた。
「その刀について聞いてもいいか?」
「何が知りたい?」
「さっきの速さだ。こはくが魔物の動きを止めたのは、長くても二秒。その間に十五体すべてを斬ったのは、その刀の能力か?」
「ああ。鞘から抜いている間、持ち主の動きを速くする」
友丸が腰の刀へ手を添える。
淡い桃色の刀身は、自ら光を放っている。先ほど配信に映った無数の残像も、高速で振るわれた刀身の光が軌跡となって残ったものだ。
「どれくらい速くなる?」
「使う奴による。俺も限界までは出してない」
『あれで全速力じゃないのか!?』
『二秒で十五体だぞ?』
『撮影者さん、まだ余裕あったよな』
『その刀があれば誰でも同じことできる?』
同じ疑問を抱いたらしく、大柄な男も続けて尋ねた。
「誰にでも使えるのか?」
「使うだけならな。ただ、急に身体だけが速くなるから扱いにくい。慣れていない奴が使えば、自分の動きを制御できない」
「具体的には?」
「止まりきれずに岩へ突っ込む」
「……なるほど。便利なだけの武器ではないわけか」
『欲しいと思ったけど怖すぎる』
『刀より使ってる本人がおかしい』
『桃色の残像は能力の光だったのか』
『理由が分かっても真似できない』
『その白いコートにも何か能力ある?』
友丸はコメントを読み、身にまとっている白いコートへ目を落とした。
「こっちは防具だ。炎や雷みたいな攻撃を防いでくれる」
「物理攻撃は?」
「普通に通る。前を閉じていないと効果も落ちる」
『いつも前を開けてるよな?』
『防具の意味ある?』
『さっきの戦闘では閉じてたぞ』
『意外とちゃんと使ってる』
「意外とは余計だ」
友丸が言い返すと、周囲の冒険者たちから笑い声が上がった。
◇
四日目の午後、調査隊は予定どおり帰路へ入った。
往路ですでに地形を調べ、安全な経路も記録してある。採取や測量に時間を取られることもないため、帰りの足は速かった。
五日目も大きな問題は起きず、夕方には最初に調査した湖の近くまで戻る。
そして六日目の朝。
配信を再開した友丸は、調査隊とともに湖を見下ろす高台へ上がった。
『この湖、初日に見たところ?』
『巨大なカニみたいな魔物が出た場所だ』
『もう入口の近くまで戻ってきたのか』
「ああ。この湖を回り込めば、異界の出口まではそう遠くない」
往路とは反対側にある高台から、友丸は湖を見下ろした。
風のない湖面は鏡のように静まり返っている。岸に近い場所では、透き通った水の下に広がる白い砂まで見えた。
青い湖と白銀の草原。
初日にも見た景色だが、角度が変わるだけで印象は大きく違う。
「待ってください」
不意に、双眼鏡を覗いていた測量班の男が声を上げた。
「あそこに何かあります」
男が指したのは、湖の中央付近だった。
友丸はカメラを向け、示された場所を拡大する。
深い青色の水。その下に、ぼんやりと四角い影が見えた。さらに横には、細長い影が等間隔に並んでいる。
「岩ではありません。直線が多すぎる」
「自然にできたものには見えないな」
近くにいた調査員たちも双眼鏡を構え、次々と湖の中央へ目を向ける。
『建物じゃないか?』
『横に並んでるの、柱だろ』
『まさか湖の中に遺跡がある?』
『初日は何も見えなかったぞ』
『高台からじゃないと見つからないのか』
往路では低い湖岸から水面を見ていたうえ、昼の日差しが強く反射していた。反対側の高台から、波のない朝の湖を見下ろしたことで、初めて湖底の影に気づいたらしい。
調査隊はその場で予定を変更し、湖岸へ下りた。
水中カメラを用意し、湖の中央へ向かって沈めていく。
ほどなくして、携帯端末の画面に石造りの建物が映った。
白い砂に半ば埋もれながらも、太い石柱が何本も並んでいる。その奥には屋根と壁が残り、正面からは幅の広い石段が湖岸へ向かって延びていた。
『本当に建物だ!』
『神殿じゃないか!?』
『こんなの世界で初めてだろ』
『湖底遺跡を生配信で発見した瞬間じゃん』
『頼む、このまま配信を続けてくれ!』
友丸の配信だけではない。
政府の記録係も、湖底から送られてくる映像を一秒も逃すまいと記録していた。
湖岸へ続く石段は、途中から厚い砂に埋もれている。
測量班が位置と方角を割り出し、その延長線上にある斜面を調べると、水際から少し離れた場所で加工された石が見つかった。
砂を掘り除いていく。
やがて現れたのは、斜面へ埋め込まれた石造りの扉だった。
「湖底の建物へ続いているのか?」
「位置は合っています。ただ、この先がそのまま建物につながっているとは限りません」
周囲の砂を取り除き、魔法や道具を使って仕掛けがないか調べる。
異常がないことを確認してから、戦闘班の数人が扉へ手をかけた。
「押すぞ。三、二、一――」
石の擦れる重い音が響いた。
数人がかりで押された扉が、ゆっくりと内側へ開いていく。
その先にあったのは、地下へ続く乾いた石段だった。
『入れる!』
『水が入ってないぞ』
『この階段、湖の底まで続いてるのか?』
『絶対に何かあるだろ』
『配信を切らないでくれ!』
調査責任者は時刻を確認し、その場にいる者たちを集めた。
「この規模の遺跡を、入口だけ確認して帰るわけにはいかない。ただし、帰還の予定も変更しない」
反対する者はいなかった。
「内部を調べるのは三時間だけだ。時間になれば、何も見つかっていなくても撤収する。全員で入る必要はない」
神殿へ入るのは、戦闘班から選ばれたAランク冒険者十三名。
さらにギル、テルス、友丸とこはく。政府の記録係も一名だけ同行する。
調査班と測量班、残る戦闘班は湖岸に残り、入口と退路の確保に当たることになった。
「配信は?」
友丸が尋ねると、調査責任者は少し考えてから答えた。
「続けて構わない。ただし、こちらが止めるよう指示した場合は、すぐに切ってもらう」
「ああ」
『配信続行!』
『湖底神殿へ生配信で入るのか』
『世界中で見てるぞ、これ』
『今日の配信、とんでもないことになってる』
友丸は白いコートの前を閉じ、腰に差した刀の位置を確かめた。
「行くぞ、こはく」
「みゃ」
頭上から小さな返事が聞こえる。
友丸はカメラを回したまま、一行とともに地下へ続く石段を下り始めた。
◇
石段は想像していたよりも長かった。
後方を振り返れば、開いた扉の向こうに朝の光が見える。
しかし、数分も下ると外の光は完全に届かなくなった。Aランク冒険者たちが持ち込んだ照明だけが、石造りの階段と壁を白く照らしている。
水が染み込んだ痕跡はない。
湖の水面よりも低い場所まで下りているはずなのに、壁も階段も乾いたままだった。
やがて長い石段が終わり、先頭を進んでいた冒険者が足を止めた。
「……なんだ、ここは」
その声に、後ろを歩いていた者たちも次々と足を止める。
階段の先には、広大な空間が広がっていた。
暗闇ではない。
どこから差しているのか分からない薄明かりが、空間全体を満たしている。
それでも天井は見えなかった。
正面の壁も遠すぎて分からず、奥には何本もの巨大な石柱と、建物らしき影が並んでいる。
湖底に沈んでいた神殿とは、まるで大きさが合わない。
「外から確認した建物より、明らかに広いですね」
同行した記録係が、カメラを回しながら呟く。
「内部だけ別の空間につながっている可能性があります」
「異界の中に、さらに異界があるってこと?」
テルスの問いに、記録係は首を横へ振った。
「まだ何とも言えません。空間を拡張する仕組みがあるのかもしれませんし、入口が別の場所へつながっている可能性もあります」
『広すぎる』
『湖の下に収まる大きさじゃないぞ』
『奥が全然見えない』
『異空間につながってるのか?』
『湖底神殿どころか地下都市じゃないか』
湖岸との通信はつながっている。
階段も消えておらず、来た道を戻れば外の扉まで出られることも確認できた。
一行は目印を残しながら、慎重に神殿の奥へ進んでいく。
しばらくすると、石畳の道が左右へ分かれていた。
どちらも同じような石柱が続き、先は薄暗くて見通せない。
「ここから二手に分かれる」
Aランク冒険者たちを率いる男が告げた。
「俺たち十三人は左へ進む。ギル、テルス、撮影者さんは、記録係を連れて右を調べてくれ」
人数だけを見れば、右側は四人しかいない。
だが、ギルとテルスは世界ランキングにも名を連ねるSランク冒険者だ。友丸も、ここまでの戦闘ですでに実力を見せている。
記録係一人を守りながら調査するには、十分すぎる戦力だった。
「通信が乱れるか、帰路に異常が出た場合は、すぐに入口へ戻れ。二十分後には、何も見つからなくてもここで合流する」
「分かった」
双方が分岐点へ目印を残す。
「それじゃあ、あとで」
テルスが左へ進むAランク冒険者たちへ手を上げた。
十三人が左側へ。
友丸、ギル、テルス、政府の記録係が右側へ入る。
友丸の配信は、そのまま右の通路を映していた。
右側には、等間隔に並ぶ石柱以外、目立つものはなかった。
壁には文字も絵も刻まれていない。
床には砂も埃もなく、まっすぐな石造りの通路だけが続いている。
「何もないね」
「何もないことが、逆に不自然だ」
テルスの言葉に、ギルが周囲を警戒しながら答える。
人が使っていた痕跡も、魔物が通った形跡もない。
それでも四人は目印を残しながら先へ進んだ。
十分ほど歩いたところで、先頭にいたギルが足を止める。
「行き止まりだ」
通路は、継ぎ目のない平らな石壁で塞がれていた。
テルスが近づき、壁へ手を当てる。軽く叩いてみるが、空洞を思わせる音は返ってこない。
「扉には見えないね」
「戻るか」
友丸がカメラを石壁へ向けた、そのときだった。
何もなかった壁の中央に、細い線が走った。
「待て」
ギルの声に、全員が壁から距離を取る。
一本だった線が、ゆっくりと四方へ伸びていく。
平らだった石壁の一部が、一枚の扉へ変わっていく。
『今、扉が出てきた?』
『さっきまでただの壁だったよな!?』
『配信を巻き戻したけど何もなかったぞ』
『誰かが近づいたから反応した?』
『四人のうち誰だ?』
『こはくに反応したんじゃないか?』
「みゃ?」
名前を呼ばれたこはくが、友丸の頭上で首を傾げた。
「お前、何かしたか?」
「みゃあ」
「してないらしい」
「それで分かるの?」
「何となくな」
友丸たちは扉へ触れず、左へ進んだAランク冒険者たちと、湖岸に残る調査責任者へ連絡した。
通信に異常はない。
分岐点までの道も変わっておらず、入口にも異常は確認されていなかった。
『扉の先は短時間だけ確認しろ。奥へ通路が続いていても、それ以上は進むな』
調査責任者から許可が下りる。
友丸は記録係を背後へ下がらせ、いつでも刀を抜ける位置へ移動した。
テルスも壁際へ寄り、ギルが扉の正面に立つ。
「開けるぞ」
「いつでもいいよ」
「ああ」
ギルが石扉へ手をかけ、慎重に力を込める。
重そうな見た目に反し、扉はほとんど抵抗もなく内側へ開いた。
その先にあったのは、小さな広間だった。
薄暗い室内の中央に、三つの大きな影が立っている。
人間に近い姿をしていた。
だが、背丈は二メートルを超え、太い腕が肩と脇腹から二本ずつ伸びている。
腕は四本。
四つの手には、それぞれ短い剣が握られていた。
灰色の顔に目はない。
あるのは、横へ大きく裂けた口だけだった。
『四本腕……』
『人型の魔物だ!』
『一体だけじゃないぞ』
『三体いる!』
三体の人型魔物が、まったく同じタイミングで友丸たちへ顔を向けた。
次の瞬間。
十二本の腕が、一斉に持ち上がった。




