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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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コメント爆破


翌朝。


 朝食と撤収を終えた調査隊は、湖岸に沿って北へ進んだ。


 配信も出発と同時に再開している。


 初日に撮影された青い湖や、砂の中から現れた巨大なカニに似た魔物の映像は、すでに世界中へ広まっていた。その影響もあり、配信を始めた時点で、視聴者数は昨日を大きく上回っている。


 二日目の調査も順調に進んだ。


 湖岸の地形や水深を記録し、一定の距離ごとに水と砂を採取していく。水中では何種類もの生物が発見されたが、調査隊へ襲いかかってくるものは少なかった。


 目立った戦闘が起きたのは、昼を過ぎた頃だ。


 崖の中腹にいくつもの穴が開いていた。


 調査隊が近づくと、その一つから硬質な羽音が聞こえてくる。直後、黒い影が次々と穴から飛び出した。


 人間ほどの大きさを持つ羽虫だった。


 一体、二体ではない。


 数十体の群れが空を覆い、鋭い顎を開きながら調査隊へ降下してくる。


 前衛の冒険者たちが武器を構える。


 その中から、一人だけ前へ出た。


「私がやるわ」


 テルスだった。


 迫る羽虫の群れへ向けて、右手を横に振る。


 それだけで、崖沿いの空気が大きく歪んだ。


 湖岸の砂を巻き上げながら、凄まじい突風が羽虫の群れを横から打ち抜く。


 空中にいた数十体がまとめて吹き飛び、次々と崖へ叩きつけられた。


 一体として調査隊へ近づけないまま、戦闘は終わった。


『は?』


『今ので全部?』


『数十体いたよな?』


『一振りしただけじゃん』


『風の範囲どうなってるんだ』


『崖までまとめて吹き飛ばしたぞ』


『これが世界十七位……』


『前衛が武器を抜く必要すらなかった』


 テルスは倒れた羽虫を一度見ただけで、何事もなかったように隊列へ戻った。


 その日の配信が終わる頃には、数十体の魔物を一撃で吹き飛ばす映像が各国で切り抜かれ、大きな話題になっていた。


     ◇


 三日目。


 湖岸を離れた調査隊は、背の低い木々と黒い岩が続く場所へ入った。


 そこで現れたのは、全身を黒い甲殻に覆われた四足獣だった。


 体は牛ほどもあり、顔に目はない。代わりに、額から伸びた二本の触角を絶えず動かしている。


 全部で八体。


 岩陰から現れた甲殻獣は左右へ散らばり、調査隊を取り囲もうと動き始めた。


 冒険者たちがすぐに隊列を組み替える。


 だが、今度も前衛が戦うことはなかった。


 ギルが一歩前へ出て、甲殻獣へ人差し指を向ける。


 青白い雷が指先から放たれた。


 雷は先頭の一体を貫き、そのまま隣の甲殻獣へ飛び移る。黒い甲殻の表面を走るたびに枝分かれし、新たな獲物へ襲いかかった。


 一体。


 二体。


 三体。


 青白い光が次々と群れを繋いでいく。


 わずか数秒後には、八体すべてが黒煙を上げながら地面へ倒れていた。


『待って、八体いたよな?』


『雷が勝手に次へ移ったぞ』


『連鎖したのか?』


『一発で全滅したんだけど』


『昨日はテルス、今日はギルか』


『双子揃っておかしい』


『世界十八位が単独でこれかよ』


『二人で戦ったらどうなるんだ』


 倒した甲殻獣を調べた結果、前日までに現れた魔物より明らかに強いことも分かった。


 ロサンゼルス異界は、発現してからまだ日が浅い。


 どこまでを浅層、中層、深層と呼ぶのか。その区分すら定まっていなかった。


 ただ、ほかの異界に生息する魔物を基準にするなら、この甲殻獣は中層の終わり頃に現れる強さだという。


 一体なら、Aランク冒険者でも問題なく倒せる。


 しかし、複数を同時に相手取るなら、それなりの人数が必要になる魔物だった。


 それでも、ギルの魔法は八体をまとめて瞬殺した。


 テルスとギルが世界ランキングに名を連ねている理由は、配信を見ていた者にも十分伝わっただろう。


 夕方になると調査を切り上げ、見晴らしのいい場所へ野営地を作った。


 配信は初日と同じく、野営の準備へ入る前に終了している。


 大きな問題は起きないまま、三日目の調査も終わった。


     ◇


 四日目。


 調査隊は、この日も朝から配信を続けながら未探索領域を進んでいた。


 周囲には背の低い木と黒い岩が増え、地面にも魔物が残した足跡が目立つようになっている。


 今日の途中で進行方向を反転し、帰還を始める予定だった。


 安全を確かめながら来た道を戻るとしても、前線拠点へ到着するまでには数日かかる。これ以上奥へ進めば、一週間という調査期間内に帰れなくなる可能性があった。


 昼前の休憩に入ったところで、友丸は流れていくコメントへ目を向けた。


『今日はどっちが戦うんだ?』


『テルスの風をもう一度見たい』


『ギルの雷も頼む』


『撮影者さんはいつ戦うんだ』


『ずっと撮って終わり?』


『桃色の刀を持ってきてるんだろ』


『こはくの能力も見せてくれ』


『二秒止めるやつ、生で見たい』


 同じようなコメントは、昨日から何度も流れていた。


 テルスとギルの戦闘を見たことで、今度は友丸とこはくが戦うところを見たくなったらしい。


「勝手なこと言ってるな」


「みゃ」


 友丸が呟くと、頭上のこはくもコメントを覗き込むように顔を下げた。


「撮影者さん」


 声をかけてきたのは、前衛を担当している大柄な男性だった。


「ん?」


「視聴者だけじゃない。俺たちも一度、あなたが戦うところを見てみたいと思っていた」


「俺は撮るために来たんだけどな」


「それは分かっている。無理にとは言わない」


 周囲にいた冒険者たちも、話を聞きながら友丸へ目を向けていた。


「こはくの力も、配信で見たことがある」


 別の冒険者が、友丸の頭上を見る。


「前足を上げて鳴くと、魔物が二秒ほど止まるんだったな?」


「ああ」


「映像で見ても妙な力だった。実際に見れば、何か分かるかもしれない」


「配信でも散々考察されてたぞ」


 麻痺、精神干渉、重力操作。


 様々な説が出ていたが、結局のところ何一つ分かっていない。


『現地組も見たいらしい』


『これは断れない流れ』


『頼む、撮影者さん』


『こはくの「みゃ~~」が聞きたい』


『前足を上げるところも映してくれ』


『桃色の刀!』


 友丸はコメントから目を離し、調査責任者を見た。


「相手による」


 調査責任者は、すぐには許可を出さなかった。


「この先にいる魔物は、これまでより強い可能性がある。昨日までに確認したものと同じ種類の魔物が現れた場合に限り、周囲に支援できる人員を残したうえで認める」


「それでいい」


「危険だと判断した場合はこちらも動く。そのときは指示に従ってもらう」


「ああ」


 今回の調査隊に、戦えない者はいない。


 友丸を除く全員がAランク以上で、さらに世界十七位のテルスと十八位のギルもいる。


 友丸一人へ任せたとしても、万が一への備えは十分だった。


「だってさ」


「みゃ」


 こはくは分かっているのかいないのか、友丸の頭上で尻尾を揺らしている。


 休憩を終えた調査隊は、再び奥へ向かって進み始めた。


 その機会は、ほどなく訪れた。


 黒い岩の間から、前日にも現れた甲殻獣が次々と姿を見せる。


 二本の触角を大きく振りながら、横一列に広がっていく。


 全部で十五体。


 昨日の倍近い数だった。


 一体ずつならAランク冒険者でも対処できるが、十五体ともなれば、一人で相手をするには明らかに危険だった。


「撮影者さん」


 記録班を率いる女性が、友丸へ手を差し出した。


「カメラは私が持ちます」


「頼む」


 友丸は配信用のカメラを彼女へ渡した。


 そのまま戦闘へ入ろうとして、視聴者への説明を思い出す。


「先に言っておく。俺がいつもどおりカメラを持ったまま戦っても、何が起きてるのか分からないからな。今回は、この人に撮ってもらう」


『自覚はあったのか』


『ついに撮影者さんが撮られる側へ』


『第三者視点で見られるの助かる』


『政府の記録係ならちゃんと追えるだろ』


『十五体いるけど、本当に一人でやるの?』


『さすがに多くないか?』


 記録班の女性はコメントには反応せず、甲殻獣の群れと友丸が同時に収まる位置まで下がった。


 アメリカへの入国時、友丸が持ち込んだ武具については、その能力も含めて一通り確認されている。


 調査記録の責任者である彼女にも、装備に関する情報は共有済みだった。


 腰の刀がどのような武具なのかも知っている。


 それでも、友丸自身がどのように戦うのかまでは聞かされていない。


 女性はカメラを両手で構え、慎重に友丸へ焦点を合わせた。


 友丸は白いコートの前を閉じる。


「こはく」


「みゃ」


「一回頼む」


 こはくが友丸の頭上で、前足を一本持ち上げた。


 その姿を、記録班の女性がカメラの中央に捉える。


『上げた!』


『前足上げたぞ!』


『くる!』


『こはくかわいい』


『みゃ~~待機』


『十五体全部に効くのか?』


『一体だけ止まる可能性もあるだろ』


『映像で見た能力を生で見るのか』


 甲殻獣の群れが、一斉に地面を蹴った。


 一体だけでも、正面から受ければ人間など簡単に弾き飛ばされる。


 十五体分の足音が重なり、地面が小刻みに揺れた。


 黒い群れが、凄まじい勢いで友丸へ迫る。


「みゃ~~」


 こはくの声が周囲へ響いた。


 その瞬間、十五体の甲殻獣が一斉に動きを止めた。


 走っていた姿勢のまま、持ち上げた脚すら下ろさない。


 触角も、開いた口も、すべてが完全に静止している。


 甲殻獣が巻き上げた砂だけが、止まった巨体の横を通り過ぎていった。


『は?』


『止まった!』


『全部!?』


『十五体全部止まったぞ!』


『映像が固まったのかと思った


『魔物だけ止まってるんだ!』


『何の前触れもなかったぞ』


『鳴いただけだよな?』


『これが二秒停止!?』


『範囲どうなってるんだよ!』


『かわいい声でやっていい能力じゃない』


『二秒だぞ、急げ!』


 友丸が刀を抜いた。


 鞘から現れた刀身が、淡い桃色の光を放つ。


 直後、友丸が地面を蹴った。


 白いコートが大きく翻る。


 次にはもう、友丸の姿は元いた場所から消えていた。


『消えた!?』


『どこ行った!?』


『速っ――』


 桃色の光が、黒い甲殻の間を走った。


 一条。


 二条。


 数える間もなく、新たな光が次々と宙へ刻まれていく。


 記録班の女性が即座にカメラを振った。


 だが、追えない。


 画面に映っているのは、黒い魔物の間を駆け抜ける白い影と、複雑に交差する桃色の軌跡だけだった。


『待って待って待って』


『本人が見えない!』


『カメラ追いついてないぞ!』


『政府の記録係でも無理なのか!?』


『桃色の光しか見えない』


『今何体斬った!?』


『数えられるわけないだろ!』


 二秒が過ぎる。


 甲殻獣たちが再び動き出した。


 しかし、一歩も前へ進むことはできなかった。


 一体目の甲殻に、斜めの線が走る。


 次いで二体目、三体目。


 十五体すべての甲殻がずれ、重い音を立てて地面へ崩れ落ちた。


 最後の一体が倒れた先。


 群れの向こう側に、友丸が立っていた。


 桃色に光る刀をひと振りし、そのまま鞘へ納める。


 澄んだ音が鳴ると同時に、宙へ残っていた桃色の軌跡が消えた。


「終わりだ」


「みゃ」


 直後、配信のコメントが爆発した。


『はああああ!?』


『全部倒れた!』


『十五体いたよな!?』


『二秒で全滅!?』


『一体につき〇・一秒くらいしかないぞ!』


『移動時間も含めてだぞ!』


『何回刀を振ったんだよ!』


『一回も見えなかった!』


『カメラを渡した理由、これかよ!』


『分かったわ。自分で持ってたら何も映らない』


『人に渡しても本人が映ってないんだけど!?』


『記録係の人、ちゃんと追ってたよな?』


『白い影と桃色の残像しか見えない』


『こはくが十五体止めた時点でおかしい』


『その二秒で全部斬る撮影者さんはもっとおかしい』


『それを十五体まとめて……?』


『白いコートと桃色の刀、格好よすぎる』


『かわいい「みゃ~~」からの全滅』


『こはくとの連携が完成されすぎてる』


『あと一回止められるんだよな?』


『ZAN!』


『SAMURAI』


 友丸が振り返ると、記録班の女性はまだカメラを構えたまま固まっていた。


「終わったぞ」


「……はい」


 返事がわずかに遅れた。


 女性は息を整えてからカメラを下ろし、友丸へ差し出す。


「申し訳ありません。途中から、姿を追い切れませんでした」


「十分映ってただろ」


 友丸は気にした様子もなくカメラを受け取った。


「これで満足したか?」


『するわけないだろ!』


『もう一回!』


『今のをスローで見せてくれ!』


『残像じゃなくて本人を映して!』


『記録係でも無理だっただろ!』


『もっと遠くからなら撮れるか?』


『何台か用意しないと無理だ』


『定点カメラを百台置け』


『こはくも、もう一回!』


「一回見れば十分だろ」


 配信が騒然となる一方、周囲の冒険者たちは声を失っていた。


 倒れた十五体の甲殻獣。


 すでに刀を納めている友丸。


 得意そうに胸を張るこはく。


 三つを何度も見比べている。


「……映像で見たときより、ずっと妙だな」


 最初に友丸へ頼んだ大柄な男性が、ようやく口を開いた。


 その視線は、友丸ではなくこはくへ向けられている。


「本当に何の前触れもなく止まった。抵抗した様子もない」


「十五体すべて、ほぼ同時だった」


 ギルが淡々と続ける。


 その声とは裏腹に、視線は倒れた甲殻獣から離れていなかった。


「時間は?」


 テルスが尋ねる。


「二秒。これまでの映像とほとんど同じだ」


「やっぱり二秒なんだ」


 テルスが今度は友丸を見る。


「こはくが十五体まとめて止めたのもおかしいけど、その二秒で全部斬った方も大概じゃない?」


「こはくが止めてくれたから楽だっただけだ」


「止まっていても、普通は二秒で十五体も斬れないからね?」


「そうか?」


「そうだよ」


 テルスが即座に言い切る。


 周囲のAランク冒険者たちも、揃って頷いた。


「みゃあ」


 褒められたと分かったのか、こはくが友丸の頭上で得意そうに胸を張る。


 友丸がカメラを向けると、画面いっぱいに琥珀色の小さな姿が映った。


『こはくはかわいい』


『能力は全然かわいくない』


『でもかわいい』


『十五体止めた本人が一番満足そう』


『結局、何の能力なんだよ』


『戦闘を見ても謎が増えただけだった』


 配信のコメントは、その後もしばらく止まらなかった。

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