ロサンゼルス異界
ゲートを抜けた先には、ロサンゼルス異界を調査するための前線拠点が設けられていた。
通信機器や物資を積んだコンテナが並び、その間を政府職員や支援要員が慌ただしく行き交っている。
そこで装備と人数の最終確認を終えると、三十名からなる調査隊は新エリアへ向けて出発した。
隊列の前後と左右を戦闘班が固め、その内側に政府の調査担当者や測量班、記録班が入る。友丸は後方寄りを歩きながら、カメラを回していた。
ロサンゼルス異界の既知領域には、乾燥した赤褐色の荒野が広がっている。
大地から突き出した巨大な岩柱の間を、深い峡谷が縫うように走っていた。大小いくつもの岩塊が浮かび、乾いた風が絶えず吹いている。
新たなエリアが発見されたのは、少し前。
向こう側に広がる新エリアは、先行隊が入口周辺を確認しただけで、本格的な調査はまだ行われていない。
前線拠点が見えなくなったところで、記録班を率いる女性が友丸へ合図を送ってきた。
ここまで来れば、公開できない設備や資料が映り込む心配はないらしい。
友丸はカメラを操作し、配信を開始した。
「聞こえてるか?」
事前に配信予約はしていない。
それでも開始を知らせる通知が届くと、視聴者の数は瞬く間に増えていった。
『急に始まった』
『配信予約なんてなかったよな?』
『撮影者さん待ってた』
『こはくもいる?』
「いるぞ」
「みゃ」
友丸の頭上から返事が聞こえ、コメントの流れが一気に速くなった。
『いた!』
『声だけでもかわいい』
『今日は頭の上か』
『ところで、ここはどこ?』
『Are you in America?』
カメラに映っているのは、赤褐色の荒野と空に浮かぶ岩塊だけだ。
ロサンゼルス異界の映像は過去にも少しだけ公開されているが、この景色だけで場所を言い当てられる者は少ないらしい。コメント欄には、様々な国の異界を予想する書き込みが流れていく。
友丸がカメラを進行方向へ向けた。
画面に映り込んだのは、隊列を組んで荒野を進む冒険者たちだ。その中には、アメリカだけでなく、海外でも顔を知られている者が何人もいる。
最初に気づかれたのは、やはり双子だった。
『ちょっと待て。前にいるの、テルスとギルじゃないか?』
『本物だ』
『ほかにも有名な冒険者がいるぞ』
『アメリカの上位勢が集まりすぎだろ』
『政府の調査隊?』
『ロサンゼルス異界にいるのか?』
『SAMURAI is in Los Angeles!』
『なんで撮影者さんがアメリカにいるんだよw』
景色ではなく、同行している冒険者たちから場所を突き止めたらしい。
「よく分かったな。ここはロサンゼルス異界だ」
友丸が認めると、コメント欄の流れがさらに速くなった。
『やっぱり!』
『外国人が入っていいのか?』
『アメリカ政府はよく許可したな』
『もしかして、新エリアの調査?』
「ああ。」
調査期間は一週間。
異界内で野営しながら、まだほとんど調べられていない領域を進む予定になっている。
詳しい場所や行動計画は公開できない。そのことも伝えてから、友丸は再びカメラを荒野へ向けた。
しばらく進んだところで、前方にいた冒険者が片手を上げる。
「魔物だ! 正面から十二体!」
峡谷の斜面を駆け下りてきたのは、羽のないダチョウに似た魔物だった。
人間よりも背が高く、太い二本脚で荒野を走っている。灰色がかった皮膚に毛はなく、細長い頭の先には、尖った伸くちばし。
この一帯で何度も確認されている浅層の魔物だ。
Aランク冒険者なら、一人でも十分に対処できる。
「第三班、頼む」
「了解」
隊列から、長槍を持った女性が一人だけ前へ出た。
ほかの戦闘班は動かない。前後左右の守りを崩さず、周囲の警戒を続けている。
先頭の一体が地面を蹴り、長い嘴を突き出した。
女性は横へずれ、すれ違いざまに槍を振り抜く。魔物の脚を払って転倒させると、その首へ穂先を突き立てた。
後続の二体が左右から迫る。
槍を引き抜いた女性は、右から来た一体のくちばしを柄で弾き、そのまま喉を貫いた。背後へ回ろうとしたもう一体には、振り向きざまの一撃を叩き込む。
残る魔物も次々と襲いかかったが、女性を捉えることはできなかった。
一体ずつ確実に数を減らされ、最後の一体が背を向ける。
女性の手から放たれた槍が、その胴体を正確に貫いた。
戦闘が始まってから、一分も経っていない。
女性は槍を回収すると、何事もなかったように隊列へ戻ってきた。
『一人だけで倒した』
『十二体いたよな?』
『Aランクなら、あのくらいは普通だぞ』
『分かってても速いよ』
『ほかの冒険者達も慣れてる感じする』
「今回の参加者は、全員Aランク以上だ」
『全員!?』
『三十人近くいるよな?』
その後も、浅層の魔物は何度か現れた。
だが、そのたびに別の冒険者が一人だけ前へ出て、短時間で処理していく。
友丸は戦闘だけでなく、冒険者が前へ出るまでの動きや、戦闘中も隊列を崩さず進んでいく調査班の様子まで撮影していた。
今回の調査へ参加している者の多くは、これまでにも同じ任務を経験している。新エリアへ入る前にも、合同での訓練を重ねてきたのだろう。
「二人は戦わないのか?」
友丸は、近くを歩いていたテルスとギルへ尋ねた。
「この程度なら、私たちが出る必要はないわ」
テルスが答える。
「俺たちは何か起きたときのために居る。この先では、何が出るか分からないからな」
ギルは進行方向から目を離していなかった。
世界十七位と十八位の二人を、既知領域にいる魔物の相手で消耗させる理由はない。
友丸は配信へ向け、日本語で簡単に説明した。
「二人は、非常時に備えて温存らしい」
『世界ランカー二人が予備戦力かよ』
『贅沢すぎる』
『この調査隊、普通に強いな』
『撮影者さんも予備戦力?』
「俺は撮るために来たんだよ」
『そう言いながら絶対戦う』
『海外でも撮影者さんは撮影者さんだった』
友丸はコメントを聞き流し、再びカメラを前へ向けた。
調査隊は何度か短い休憩を挟みながら、赤褐色の荒野をさらに進んでいった。
◇
新エリアの入口へ到着したのは、それから二時間ほど経った頃だった。
左右から迫る巨大な岩壁の間に、人が数人並んで通れるほどの裂け目が開いている。
安全な経路を示す標識は、その手前で途切れていた。
「この先よ」
テルスが裂け目を指した。
先行隊が確認したのは、ここから坂を下りた先にある湖岸まで。さらに先は、まだ誰も調べていない。
調査責任者から許可を得た友丸は、隊列を大きく離れない範囲で位置を変え、岩壁の隙間へカメラを向けた。
裂け目を抜けたところで、友丸は足を止める。
目の前の地面が緩やかに下り、その先に大きな湖が広がっていた。
岸に近い場所では、水底の白い砂まで見える。そこから沖へ向かうにつれて水の色が濃くなり、湖の中央は深い青色に変わっていた。
裂け目の向こうから、湿り気を含んだ冷たい風が吹いてくる。
友丸は何も言わず、湖の端から端までゆっくりとカメラを動かした。
後ろに続いていた者たちも、しばらく足を止める。
『綺麗な湖だな』
『さっきまで荒野だったよな?』
『水が青すぎる』
『ここが新しく見つかったエリア?』
『この映像、今まで公開されてなかったよな』
「新エリアの映像が一般に公開されるのは、これが初めてらしい」
友丸が答えると、コメントの流れがさらに速くなった。
「綺麗でしょう?」
隣へ来たテルスが、湖を見ながら尋ねる。
「ああ亅
調査責任者が全員の到着を確認し、前方へ手を上げた。
「ここからが新エリアだ。先行隊が確認したのは湖岸まで。その先では、何が起きてもおかしくない。戦闘班は警戒を続けろ」
前方を固める冒険者たちが、ゆっくりと坂を下り始める。
そのあとに調査班と記録班が続いた。
友丸もカメラを回したまま、まだ誰も詳しく調べていない土地へ足を踏み入れた。




