撮影者さん英語を喋れる
「ようこそ、ロサンゼルスへ」
男が英語で告げ、友丸へ片手を差し出した。
「あなたが来るのを、ずっと待っていた」
「爺さんが言ってた、友達の孫か」
「ああ。俺はギルだ」
「妹のテルスよ。初めまして、撮影者さん」
兄のギルは、世界ランキング十八位。
妹のテルスは、その一つ上となる十七位。
二人とも、アメリカを代表するSランク冒険者だ。
友丸も英語で挨拶を返す。
黒田家の施設では、幼い頃から英語に限らず、様々な国の言葉を学ばされていた。そのため、こうして会話を交わす程度なら何も問題はない。
「みゃ」
頭上から聞こえた声に、テルスの視線が持ち上がる。
「その子が、こはくね」
「ああ」
「触ってもいい?」
「本人が嫌がらなければな」
テルスがそっと手を伸ばす。
こはくは逃げることなく、近づいてきた指先の匂いを嗅いだ。そのまま素直に頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細める。
「映像で見るより小さいのね」
「みゃあ」
「初対面でも平気なのか」
ギルが意外そうに言った。
「人に触られるのは慣れてるからな」
黒田家を訪れたときも、屋敷中の者から散々撫で回されていた。それでも嫌がる様子を見せなかったあたり、人に構われること自体は嫌いではないらしい。
気をよくしたこはくが、テルスの手へ額を押しつける。
「かわいい……」
「テルス、そろそろ行くぞ。みんなを待たせている」
「分かってるわ」
名残惜しそうに手を離し、テルスが広場の奥へ顔を向ける。
「ほかの参加者を紹介するわ。ついてきて」
二人に案内された先には、今回の調査へ参加する者たちが集まっていた。
武器や防具を身につけた攻略担当の冒険者だけではない。政府の調査担当者に、通信や測量を受け持つ技術班、正式な映像を残す記録班も同行している。
総勢は三十名ほど。
もっとも、未知の異界へ入る以上、技術職だからといって戦えない者はいない。調査担当者も記録班も冒険者資格を持ち、友丸を除く全員がAランク以上だった
これまで何度も同じ調査へ参加している者が多く、互いに顔と名前を知っている。その中に外部から加わるのは、友丸一人だけだ。
「みんな、少しいいか」
ギルの声に、装備を確認していた者たちが手を止めた。
集まった視線の中には、驚きを浮かべている者もいる。友丸の同行を知っていたのは、政府の一部と調査隊の中心となる者だけらしい。
「日本から来てもらった撮影者さんだ。今日から一週間、俺たちと一緒に新エリアへ入る」
「政府の記録班とは別に、許可された範囲で撮影と配信を担当してもらうわ」
テルスが付け加えると、周囲がわずかにざわついた。
友丸は一歩前へ出る。
「撮影者です。一週間、調査に同行させてもらいます。宜しくお願いします」
英語で簡潔に挨拶すると、参加者たちから次々と返事が上がった。
「よろしく、撮影者さん」
「あなたの配信は何度も見ているよ」
「本当に猫のマスクをかぶっているんだな」
その中から、四十代ほどの大柄な男性が進み前へ出た。
「前衛を任されている。あなたと一緒に新エリアへ入れるのを楽しみにしていた」
差し出された手を、友丸も握り返す。
「俺は撮るだけですよ」
「それで構わない。家族があなたの配信を見ているんだ。俺が活躍したら、きちんと映してくれ」
「活躍すればですね」
「随分と厳しい撮影者さんは」
男性が笑いながら下がると、今度は弓を背負った女性が前へ。
「私は後衛を担当するわ。カメラを向けるときは、できれば先に教えて」
「戦闘中は無理だな」
「それもそうね。なら、なるべく格好よく撮って」
「それも活躍次第だな」
「彼と同じ答えなの?」
笑いが広がった。
その後も、参加者たちが順番に友丸のもとへやって来る。
名前と担当を聞き、短く言葉を交わしていく。
友丸の配信を知っている者は多かった。過去の映像について話しかけてくる者もいれば、海外で定着している呼び名で声をかけてくる者もいる。
やがて、友丸ではなく、その頭上へ視線を向ける者が増え始めた。
「その子が、配信に出ていた異界生物か?」
「本当に浮いているのね」
「触っても大丈夫?」
「一人ずつにしてくれ。調査前に疲れさせたくない」
「みゃ」
こはくは差し出された指先の匂いを確かめ、気に入った相手にはそのまま頭を撫でさせている。
初めは遠巻きに見ていた者たちも、少しずつ集まり始めた。
「人気者ね」
テルスが楽しそうに眺めている。
「黒田家でも同じだったぞ」
「仕方ないわ。こんなにかわいいんだもの」
「みゃあ」
一通り挨拶を終えたところで、政府の記録班を率いる女性が友丸の前へ来た。
「配信へ細かく口を出すつもりはありません。ただし、位置情報や通信機器など、映せないものについてはその場で伝えます」
「言われたものは映さないよ。それでいいか?」
「はい。よろしくお願いします」
女性とも握手を交わす。
記録班が残すのは、調査のための正式な映像。
友丸はその邪魔にならない範囲で、自由にカメラを回すことになる。
「挨拶は終わったか?」
少し離れた場所から、調査責任者が声をかけてきた。
「問題ない」
「では、出発前の最終確認を行う。全員、集まってくれ」
広場に置かれた大きなテーブルを、三十名ほどの参加者が囲む。
中央に広げられているのは、ロサンゼルス異界の地図だ。
地図に描かれているのは、先行調査が行われた入口周辺だけだった。その先は、まだ一度も調査されていない。
「調査期間は一週間。異界内で野営しながら、未探索領域を可能な限り奥まで進む」
調査責任者が、地図の空白部分へ指を置く。
「明確な到達地点は設けない。帰還に必要な日数を残したうえで、その時点で進めるところまで進む予定だ」
今回の主な目的は、新エリアに生息する魔物の種類や数、強さ、行動範囲の把握。
それと並行して、後続の調査隊が利用できる最短ルートを作る。
植物や鉱石などの詳しい調査は、今後派遣される専門班が行う。今回は安全に進むために必要な情報の収集が優先される。
「危険度が想定を超えた場合、その時点で調査を中止する。撤退の決定には必ず従ってもらう」
異論を挟む者はいなかった。
説明が終わると、寝具、野営道具が参加者たちへ分配されていく。
友丸も渡された荷物を背負い、腰の刀とカメラ機材の位置を確かめた。
「準備はいい?」
隣へ来たテルスが尋ねる。
「ああ。いつでも行ける」
「みゃ」
こはくも猫マスクの上で鳴いた。
「それじゃあ、出発しよう」
ギルの言葉を合図に、三十名ほどの調査隊が動き始める。
施設の奥では、ロサンゼルス異界へ通じる巨大なゲートが、淡い光をたたえて一行を待っていた。




