いざアメリカへ
一週間後。
友丸は政府が用意した車に乗り、こはくとともに羽田空港へ向かっていた。
刀や白いコートをはじめとする装備は、前日のうちに担当者へ預けてある。手元にあるのは、猫マスクとカメラ機材を収めたバッグだけだ。
「もうすぐ着くぞ」
「みゃ」
隣の座席では、こはくが窓の外を流れていく景色を眺めている。
到着したのは、普段多くの旅行客が行き交う国際線の出発ロビーではなかった。
車は別の入口へ回り、人通りの少ない建物の前で停車する。
「こちらです」
待っていた職員に案内され、中へ入る。
ビジネスジェットの利用者向けに設けられた専用の入口らしい。通常の出国と同じようにパスポートの確認や保安検査はあるが、ほかの利用者の姿はほとんど見当たらなかった。
こはくについても、アメリカ側と情報が共有されている。
書類とバッグから顔を出したこはくを見比べた職員は、一瞬だけ反応に困っていたものの、手続きそのものは問題なく終わった。
「みゃ」
「お前が鳴くから余計に困惑しただろう」
すべての確認を終え、職員のあとについて外へ出る。
その先に停まっていた機体を見て、友丸は足を止めた。
白い機体に、いくつも並んだ窓。
友丸が想像していたより、遥かに大きな飛行場だった
「……これに乗るのか?」
「はい。黒田様が手配されました」
「爺さん、何も言ってなかったぞ」
「友丸様を驚かせたいと仰っておりました」
「子供かよ」
今頃、屋敷で満足そうに笑っている姿が目に浮かぶ。
ここまで準備されてしまった以上、文句を言っても仕方がない。
友丸はタラップを上り、こはくとともに機内へ入った。
内部には、十人以上が余裕を持って座れそうな空間が広がっていた。
ゆったりとした座席に、大きなテーブル。奥には扉で仕切られた部屋まである。
それだけの広さがありながら、今回の乗客は友丸とこはくだけだった。
「無駄に広いな」
「みゃあ」
「お前は嬉しそうだな」
バッグから出たこはくが、座席の間を飛んでいく。
窓へ近づいて外を眺めたかと思えば、今度は天井近くまで浮かび上がった。
「飛行機の中で飛ぶなって言っただろ」
友丸が手を伸ばすと、こはくは捕まる前に身をかわした。
離陸を待たずして機内を追い回すことになり、友丸は早くも深くため息をついた。
◇
長い飛行を終え、プライベートジェットはロサンゼルス近郊のヴァン・ナイズ空港へ着陸した。
機体が指定された駐機場で止まっても、すぐに外へ出ることはできない。
係員から許可が出るまで機内で待ち、その後、専用の施設へ案内された。
ここでも友丸は猫マスクをかぶっていない。
撮影者の正体はアメリカ側でも一部の人間にしか知らされていないが、入国審査まで顔を隠すわけにはいかなかった。
パスポートの確認を終え、続いて持ち込んだ装備について確認を受ける。
刀や防具、撮影機材は、アメリカ政府が行う調査で使用するものとして事前に申請されていた。
問題になったのは、やはりこはくだった。
「こちらが、書類にある異界生物ですか?」
職員が手元の書類から顔を上げる。
その視線の先では、こはくが友丸の肩の横に浮かんでいた。
「そうらしい」
「そうらしい?」
「みゃ」
紹介されたと分かったのか、こはくが小さく鳴いた。
職員が再び書類へ目を落とす。
何かを確認しようにも、その書類に記されているのは、異界で発見された正体不明の生物ということくらいだ。
近くにいたアメリカ政府の担当者が間へ入り、事前に許可を得ていることを改めて説明する。
多少時間はかかったものの、それ以上引き止められることはなかった。
入国審査と税関検査を終え、再び駐機場へ出る。
外では、黒塗りの大型車が待っていた。
空港内へ入る許可を得ているらしく、先導車に続いて機体の近くまで乗り入れている。
友丸の装備がトランクへ積み込まれ、こはくとともに後部座席へ乗った。
「このままロサンゼルス異界へ向かいます」
向かい側に座った政府担当者が、日本語で告げた。
「ホテルには寄らないのか?」
「調査へ参加する政府関係者と冒険者は、すでに現地へ集まっています。皆様、あなたをお待ちです」
「ずいぶん気が早いな」
「新エリアの発見以降、現地は慌ただしい状態が続いておりますので」
ホテルへ向かったところで、特にすることもない。
それなら、先に異界を見に行くとしても、友丸にとっても何も問題はなかった。
車が空港を離れたところで、友丸はバッグから猫マスクを取り出した。
「これから着けるのですか?」
「向こうには大勢いるんだろ?」
「政府関係者や支援要員を含めれば、かなりの人数が集まっています」
「なら、着く前にかぶっておいた方がいい」
白いコートへ着替え、猫マスクを頭からかぶる。
位置を直すと、待っていたこはくがふわりと浮かび上がり、猫マスクの上へ降り立った。
「みゃ」
「そこが定位置になったな」
政府担当者は、完成した撮影者の姿を興味深そうに眺めていた。
「その姿で施設へ入れば、騒ぎになるかもしれません」
「少しくらいならいいだろ」
窓へ目を向ければ、初めて見るロサンゼルスの街並みが流れている。
もっとも、観光をする予定はない。
車は市街地を抜け、そのままロサンゼルス異界を囲む政府管理区域へ入っていった。
幾つもの検問を通過し、巨大な施設の奥へ進む。
窓の外を行き交うのは、政府関係者や研究者、装備を運ぶ支援要員たちだ。さらに、武器や防具を身につけた冒険者の姿も多い。
今回の調査へ参加する者たちだろう。
やがて車は、施設の中心部に近い広場で停車した。
扉が開き、友丸が外へ降りる。
白いコートに猫マスク。
その頭上には、琥珀色の小さなこはくが乗っている。
近くにいた者たちの視線が、一斉に集まった。
「おい、あれ……」
「日本の撮影者じゃないか?」
「ZANが、どうしてここに?」
「今回の調査に参加すんだったな」
遠巻きに見ていた冒険者たちの間へ、戸惑いと驚きが広がっていく。
友丸が同行することを知っていたのは、アメリカ政府の一部と、調査隊の中心となる者だけらしい。
声をかけてくる者はいないものの、周囲はにわかに騒がしくなった。
「だから言ったでしょう」
車から降りてきた政府担当者が、隣で小さく息を吐く。
「少しくらいなら問題ないだろ」
「これから、もっと広がると思いますが」
「その時はま、仕方ない」
友丸は気にすることなく、トランクから降ろされた刀と撮影機材を受け取った。
淡い桃色の刀身を納めた刀を腰へ差し、カメラの状態を確かめる。
そのとき、周囲の冒険者たちが左右へ分かれた。
人の間から、若い男女が歩いてくる。
二人の髪や瞳は同じ色をしていた。
顔立ちもよく似ており、並んで歩く姿を見れば、血の繋がりを疑う者はいないだろう。
男女の双子だった。
二人が近づくにつれて、周囲の声が小さくなっていく。
どちらも世界ランキングに名を連ねるSランク冒険者だ。
友丸も顔と名前くらいは知っている。
男の方は友好的な笑みを浮かべ、迷うことなく友丸の前まで来た。
女の方は、友丸より先に、その頭上にいるこはくへ視線を向けている。
「ようこそ、ロサンゼルスへ」
男が流暢な日本語で言い、友丸へ片手を差し出した。
「あなたが来るのを、ずっと待ってた」
続いた女の声にも、隠しきれない期待がにじんでいる。
友丸は差し出された手を握りながら、二人の顔を順に見た。
「爺さんが言ってた、友達の孫か」
「ああ」
「私たちが、あなたを呼んでもらったの」
燿から聞いていた二人。
友丸と一緒に未知のエリアへ入りたいと言い出した、世界ランカーの双子だった。




