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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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おっさん未知に心踊る



「それで、爺さん。今度こそ話してくれるんだろうな」


「ああ。実は――」


 燿が口を開きかけた、そのときだった。


 襖の向こうで、何かが倒れる音がした。


 続いて聞こえてきたのは、声を潜めて言い争う子供たちの声だ。


「押すなよ」


「そっちが前に出たんでしょ」


「本当にこはくがいるの?」


「友丸兄ちゃんも来てるって聞いた」


 和室にいた全員の視線が、閉じた襖へ集まった。


 香菜が静かに立ち上がる。


 足音一つ立てずに襖へ近づき、そのまま迷いなく開け放った。


 廊下で身を寄せ合っていた子供たちが、一斉に固まる。


 下は五歳ほどから、上は中学生くらいまで。十人近い子供たちが、揃って気まずそうな顔をしていた。


「そこで何をしているのですか」


「えっと……」


「友丸兄ちゃんが来たって聞いたから」


「こはくも一緒だって……」


 香菜に見つめられ、子供たちの声が次第に小さくなっていく。


 その様子を眺めていたはなが、楽しそうに笑った。


「いいじゃないか。せっかく来たんだ、中へお入り」


「奥様」


「少しくらい構わないよ。勉強の時間には、まだ早いだろう?」


 はなに許され、子供たちの顔が一斉に明るくなる。


 それでも騒いで駆け込んでくることはなく、一人ずつ頭を下げてから、行儀よく和室へ入ってきた。


「久しぶり、友丸兄ちゃん」


「お久しぶりです」


「本当にこはくもいる?」


「俺より先に、こはくの確認かよ」


「だって、友丸兄ちゃんとは前にも会ったから」


「そうかよ」


 すでに子供たちの視線は、はなの膝へ釘付けになっていた。


 突然大勢に囲まれたことに驚いたのか、こはくは琥珀色の目を丸くしている。


 この広い敷地で暮らしているのは、黒田家の者や使用人だけではない。


 母屋から少し離れた場所には、一軒の家が建っている。


 異界で親を失い、身寄りも行く当てもなくなった子供たちを引き取り、育てるための家だ。


 始まりは、燿とはなが異界で亡くなった仲間の子供を引き取ったことだった。


 一人が二人になり、やがて同じ境遇の子供たちが各地から集まるようになった。それから何十年もの間に、この敷地で育ち、巣立っていった者は数え切れない。


 友丸も、その一人だ。


 北田も、櫻子も、絢香も、同じ家で育った。


 もちろん、四人だけではない。同じ時期にも大勢の子供が暮らし、兄弟姉妹のように育って、それぞれの道へ進んでいった。


 今ここにいる子供たちにとって、友丸たちは憧れの先輩でもある。


 政府で働く櫻子。


 Aランク冒険者として知られ、料理配信でも世界的な人気を誇る絢香。


 政府要人の護衛まで任される北田。


 そして、世界中を騒がせている撮影者――友丸。


 撮影者の正体は世間に伏せられているが、この屋敷で暮らす者たちは知っていた。


 ここには一般公開されていない異界の情報や、存在そのものが秘匿された遺物まで持ち込まれることがある。


 ここで見聞きしたことを、外では決して話さない。


 それは友丸たちも、幼い頃に最初に教えられた決まりだった。


「触ってもいい?」


 一番幼い女の子が、はなの膝にいるこはくを見ながら尋ねる。


「こはくが嫌がらなければな」


 友丸が答えると、女の子は姿勢を正し、こはくへ向き直った。


「こはくちゃん。触ってもいいですか?」


「みゃ」


 返事をするように鳴き、こはくがはなの膝からふわりと浮かび上がる。


 子供たちの間から、小さな歓声が上がった。


 こはくは集まった子供たちの頭上を一度だけ旋回すると、最初に声をかけた女の子の両手へ収まった。


「ふわふわ……!」


「次、僕な!」


「私も触りたい!」


「一人ずつだ。こはくを囲むなよ」


 友丸が注意すると、子供たちは素直に一列へ並んだ。


 その最後尾へ、燿が何食わぬ顔で移動しようとする。


「燿」


 はなの声が飛んだ。


「なんだ?」


「あんたは、さっき触っただろう」


「もう一度くらいいいだろう」


「子供たちに交じって並ぶんじゃないよ」


「割り込んではいない。俺はきちんと順番を守っているぞ」


「そういう問題じゃない」


 はなが燿の着物の袖を掴み、元の座布団へ引き戻す。


 子供たちから笑い声が上がった。


 かつて世界三位まで上り詰めた冒険者の威厳など、この屋敷には欠片も残っていない。


 しばらくして、こはくを抱いていた女の子が友丸へ顔を向けた。


「友丸兄ちゃん」


「なんだ?」


「わたし、大きくなったら友丸兄ちゃんと結婚する」


「大きくなってから、もう一度考えろ」


 友丸が軽く受け流すと、はなが声を上げて笑った。


「懐かしいねえ」


「何が?」


「あんたも、そのくらいの頃は同じだっただろう?」


 嫌な予感がした。


「友丸はね、小さい頃、女の子を見つけるたびに結婚しようって言ってたんだよ。櫻子にも、絢香にも。それから――」


「私も言われました」


 香菜が淡々と続けた。


「香菜さんにも?」


「はい」


 子供たちが驚いたように、香菜と友丸を見比べる。


 当の友丸には、まったく記憶がなかった。


「俺、そんなこと言ったか?」


「お忘れですか」


「何歳の頃だよ」


「ませたガキでしたから」


 香菜は表情一つ変えずに言い切った。


 再び、子供たちの笑い声が和室に広がる。


 友丸は反論を諦め、黙って湯呑へ手を伸ばした。


「はい。そろそろ戻りなさい」


 全員がひととおりこはくを撫で終えたところで、香菜が軽く手を叩いた。


 子供たちは名残惜しそうにしながらも、素直に立ち上がる。


「友丸兄ちゃん、今度、異界で撮った話を聞かせてね」


「北田より強くなったらな」


「頑張る!」


「北田には言うなよ」


 自分が勝手に目標にされたと知れば、北田から苦情が来るかもしれない。


 子供たちはこはくへ何度も手を振り、香菜に連れられて部屋を出ていった。


 襖が閉じられ、和室に元の静けさが戻る。


「相変わらず人気だねえ」


「こはくがな」


「半分は、あんただよ」


「半分もあるなら十分だな」


 友丸は残っていた茶を飲み干した。


 散々待たされた燿が、今度こそ真面目な顔で座り直す。


「では、本題だ」


「ああ。今度こそ頼む」


 燿は一度だけ咳払いをした。


「友丸、お前――アメリカへ行ってこい」


「断る」


「まだ何も説明していないぞ」


「聞く前から面倒なのが分かる」


「ロサンゼルス異界で、新しいエリアが発見された」


 湯呑を置こうとしていた友丸の手が止まった。


「……いつ?」


「十日ほど前だ。入口周辺の確認はすでに終わっている。近いうちに、本格的な調査隊が入ることになった」


「どんな場所だ?」


「分からん」


「生息している魔物は?」


「それをこれから調べるんだろうが」


「内部の映像は?」


「ほとんど公開されていない」


 気づけば、友丸はわずかに身を乗り出していた。


 燿がそれを見て、面白そうに口元を緩める。


「随分と食いつくじゃないか」


「話を聞いてるだけだ。それで、どうして俺が行くことになる?」


「俺たちの古い友人が、アメリカにいてな」


「友人?」


「昔、一緒に異界へ潜っていた男だよ」


 答えたのは、はなだった。


 その口ぶりからして、燿だけではなく、はなにとっても親しい相手らしい。


「今はもう冒険者を引退しているが、アメリカ政府にはそれなりに顔が利く。今回の調査隊には、そいつの孫が二人参加することになっている」


 燿が二人の名を口にする。


 友丸にも聞き覚えがあった。


 どちらも世界ランキングに名を連ねるSランク冒険者だ。アメリカ国内だけでなく、海外でも広く知られている。


 異界で残してきた実績も多い。


 その二人が揃って参加するとなれば、新エリアの発見と合わせて、世界中から注目を集めるだろう。


「爺さんたちの友達の孫だったのか」


「ああ。二人が小さい頃から知っている」


「それで?」


「その二人が、お前と一緒に新エリアへ入りたいと言い出した」


「なんでだよ」


「撮影者の映像を気に入っているらしい。北海道異界と、今回の東京異界の配信も見たそうだ」


「俺、本業はカメラマンじゃないぞ」


 友丸は呆れ混じりに言った。


「最初にカメラを持ったのだって、絢香の配信を手伝っただけだ。いつの間にか撮影者なんて呼ばれるようになったけど、誰かを撮る仕事をしているわけじゃない」


「それは向こうも承知している」


「本当に分かってるのか?」


「ああ。二人とも、お前に自分たちを撮ってもらいたいわけではないらしい」


「正確には、撮影者と一緒に未知のエリアへ潜ってみたい、だそうだ」


 友丸は眉を寄せた。


 随分と変わった理由だった。


「アメリカ政府も、記録用の撮影隊を入れるんだろ?」


「もちろんだ」


 新エリアの初期調査となれば、映像記録は欠かせない。


 政府が用意した撮影隊も、調査隊に同行する予定になっているらしい。危険な異界での活動を専門とし、必要なら自分たちで戦闘にも対応できる者たちだという。


「なら、なおさら俺はいらないだろ」


「政府にとってはな」


 燿があっさりと認めた。


「孫二人に頼まれた友人が、アメリカ政府へ圧力をかけた。調査隊へお前を同行させろ、とな」


「政府に圧力って……」


「昔から、やると決めたら容赦のない男だったからな」


「孫に頼まれたくらいで一国の政府を動かそうとするなんて、とんだ孫馬鹿だねえ」


 はなが呆れたように言う。


「お前がそれを言うの?」


「なんだい?」


「いや、何でもない」


 燿は賢明にも、それ以上は口にしなかった。


「アメリカ側は最初、当然断った。新エリアの調査に、素性も分からん外国人を加えるわけにはいかんからな」


「当然だろうな」


「だが、お前のこれまでの行動を確認して、最終的には受け入れた。日本政府からも身元を保証することになっている」


「櫻子か?」


「そうだ」


「本人には話したのか?」


「これからだ」


「何も進んでないじゃないか」


「あの子なら、もう動いているよ」


 はなの言葉に、燿が顔を向ける。


「いつ連絡した?」


「あんたが友丸を呼ぶと決めた日だよ。あんたに任せていたら、出発前日に思い出しかねないからね」


「俺はそこまで忘れっぽくない」


「ついさっき、友丸を呼んだ用件を忘れていただろう」


 燿が黙り込む。


 友丸は二人のやり取りを聞き流しながら、話を整理した。


 アメリカ政府から撮影を依頼されたわけではない。


 政府の正式な撮影隊は別にいる。


 そもそも友丸は、職業としてカメラを回しているわけでもなかった。絢香の配信を手伝ったことをきっかけに、成り行きで異界の映像を撮り続けているだけだ。


 今回の話は、燿たちの古い友人が、孫二人の頼みを叶えるために無理やり作った同行枠だった。


「先に言っておくけど、俺はその二人を中心に撮るつもりはないぞ」


「構わん。最初から撮影を依頼する話ではない」


「調査隊から撮るものを指定されても従わない」


「それも先方へ伝えてある。お前は好きなものを撮ればいい」


「ずいぶん都合のいい条件だな」


「こちらが無理を言って同行させる以上、その程度は認めるそうだ」


 燿はそう答えてから、はなの膝にいるこはくへ目を向けた。


「こはくも一緒に行けるよう、手続きを進めている」


「海外へ連れていけるのか?」


「普通の動物ではなく、異界で発見された魔物だからな。簡単ではないが、アメリカ側も受け入れる方向で動いている。最終的な手続きは、櫻子がどうにかするだろう」


「また櫻子に丸投げかよ」


「適材適所だ」


「便利な言葉を覚えたな」


 友丸は、はなの膝へ戻っているこはくを見る。


「ロサンゼルスだってさ」


「みゃ」


「飛行機の中で、大人しくしていられるか?」


「心配するところは、そこなのか?」


「電車でもバッグから出たがるんだぞ。飛行機の中で浮かび始めたら面倒だろ」


「そこはお前がどうにかしろ」


「適材適所じゃないのか?」


「こはくの世話はお前の仕事だ」


 燿が呆れたように息を吐く。


 友丸は腕を組み、改めて考えた。


 アメリカまで行くのは面倒だ。


 飛行機にも長時間乗らなければならず、現地では政府の調査隊と行動を共にすることになる。


 しかも話の発端は、孫二人に頼まれた老人の暴走である。


 断る理由なら、いくらでもあった。


 それでも――海外で新たに発見された異界の領域へ、外国人が初期調査の段階から入れる機会など、そうあるものではない。


 どんな地形が広がっているのか。


 どんな魔物が生息しているのか。


 その先には、何が待っているのか。


 まだ、誰も答えを知らない。


 友丸は自分でも気づかないうちに、口元を緩めていた。


「何を笑っている?」


「笑ってない」


「いや、笑っていたぞ」


「気のせいだ」


 面倒事は嫌いだ。


 政府にあれこれ聞かれるのも、自由に動けないのも好きではない。


 だが、発見されたばかりの未知の領域を前にして、何も感じないほど冒険者を辞めたつもりもなかった。


 胸の奥が、わずかに騒いでいる。


「出発はいつだ?」


「一週間後だ」


「急だな、おい」


「だから今日呼んだんだろうが」


「こはくに夢中で用件を忘れてた奴が言うな」


「それで、どうする?」


 燿が確かめるように尋ねた。


「行く」


「決まりだな」


「ただし、俺は俺の撮りたいものを撮る。政府の撮影隊にも、爺さんの友達の孫にも、指図はさせない」


「最初から、その条件で話は通してある」


「危なくなったら、撮影より俺とこはくを優先する」


「当然だ。お前に孫たちを守ってくれと頼んでいるわけでもない」


「なら、問題ない」


 燿が満足そうに頷いた。


 友丸はこはくを抱き上げ、琥珀色の小さな顔と目を合わせる。


「初めての海外だな」


「みゃあ」


「旅行じゃないぞ」


「みゃ」


 分かっているのかいないのか、こはくは友丸の腕の中で尻尾を揺らしている。


 しばらく、面倒事からは逃げられそうにない。


 それでも、悪い気はしなかった。


 海の向こうにある、発見されたばかりの未知の領域。


 久しく心が踊る。



いつも作品を応援していただき、また、温かいご感想をお寄せいただきありがとうございます。


皆様からいただいたコメントやご感想には、一つひとつ大切に目を通しております。


個別に返信できないことも多いですが、皆様からの応援が執筆を続ける大きな力になっています。本当にありがとうございます。


まだライトノベルを書き始めたばかりで、文章や構成も試行錯誤の連続ですが、これからも皆様に楽しんでいただける作品を目指して書き続けます。


宜しくお願い致します。

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主人公、何故家賃が払えないの? アメリカに無料出張? アメリカへは流石にチャーター便でしょ? タイトル通りの小説書いてくれ。
同じ釜の飯を食った同朋なのに、北田とはお互い苗字呼びなのか…
パスポート…
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