その内出頭します
目的の映像も撮れたところで、友丸は配信を切った。
「じゃあ、戻るか」
「そうだね」
アンと来た道を引き返す。
新エリアの入口まで戻ると、調査隊はすでに撤収の準備を始めていた。
《ヴァルカ》のメンバーに、心たち日本側のSランク。来道もすっかり回復したらしく、今は普通に立っている。
「配信見たぞ」
心が友丸の頭上を見ながら聞いてきた。
「ええ」
「結局、何だったんだ?」
「分かりませんね」
「分からんのかよ」
「でも撮れた」
「……お前が満足ならいいけどさ」
呆れた心の横から、ロウが歩いてくる。
「撮影者さん」
「ん?」
「改めて、今回はありがとうございました」
唐突に頭を下げられ、友丸は首を傾げた。
「新エリアのこと?」
「それもありますが、睡眠ガスについてです」
ロウの視線が来道へ向く。
「事前に教えていただけなければ、Aランクの方々も含めて進んでいた可能性があります」
「ああ」
今回は最初から睡眠ガスがあると分かっていた。
だからこそAランク組を待機させ、まずSランクだけで危険度を確かめることができた。
何も知らなければ、全員でそのまま進んでいた可能性もある。
「来道があそこまで効いたからな」
ケンが口を挟む。
「何人も一気に倒れてたら、さすがに面倒だっただろ」
「ケンも効いてたでしょ」
「俺は歩けた」
「三歩目で傾いてたよ」
「あれは足場が悪かった」
「はいはい」
アンが適当に流す。
「でも、本当に助かったよ」
今度はアンが友丸を見る。
「あらかじめ危険が分かってたから、こっちも慌てずに済んだ。怪我人も出なかったしね」
「俺からも礼を言っとく」
心も続いた。
「何も知らずにあれを食らってたら、来道を運んで終わりじゃ済まなかったかもしれないからな」
「……面目ないです」
「お前を責めてるわけじゃねえよ」
来道が少し気まずそうに目を逸らす。
友丸は頭上のこはくを片手で押さえながら、軽く肩をすくめた。
「怪我人いなかったなら、それでいいだろ」
「うん。だからありがとう」
アンが笑う。
それ以上、友丸も何かを言うつもりはなかった。
新エリアを発見し、その先の危険まで確認した。
全員無事。
今回の調査としては、それで十分だった。
◇
深層拠点へ戻ると、すでに調査終了の連絡は届いていた。
撤収に向けて慌ただしく動き始めた人々の間を抜け、友丸も帰ろうとする。
「撮影者さん」
やっぱり呼び止められた。
振り返れば、日本政府の担当者がこちらへ歩いてくる。
「少々よろしいでしょうか」
「長い?」
「いえ。本日はご挨拶だけです」
「ならいいよ」
担当者が苦笑する。
「まずは、今回の調査へのご協力に感謝いたします」
そう言って、丁寧に頭を下げた。
「特に、新エリアの危険について事前に情報をいただけたことは非常に助かりました。おかげで負傷者を出すことなく、調査を終えることができました」
「俺は教えただけだぞ」
「その情報が重要だったんです」
知らずに進むのと、危険を承知した上で進むのでは意味が違う。
「それと、もう一点お願いがあります」
友丸にも大体予想はついている。
「新エリア?」
「……それも含めて、ですね」
担当者が少し困ったように笑う。
「今回の新エリアについて。それと、可能であれば撮影者さんご自身についても、改めてお話を伺えればと考えています」
「今から?」
「いえ。こちらも情報を整理する必要がありますので、後日で構いません」
それなら助かる。
「もちろん、強制ではありません。あくまで調査への協力をお願いしたい、ということです」
「分かった。そのうち行くよ」
「ありがとうございます」
「できれば、あまり遠くないうちにお願いします」
「覚えてたら」
「……ぜひ、覚えておいてください」
今度は苦笑された。
友丸は軽く手を上げ、その場を離れた。
◇
数日後。
『――日本政府は本日、東京異界深層で実施された大規模調査について、調査結果の一部を正式に発表しました』
友丸はアパートのソファに座り、テレビを眺めていた。
隣では昼飯を食べ終えたこはくが丸くなり、気持ちよさそうに眠っている。
テレビに映っているのは、今回大きく更新された東京異界深層の地図だ。
『今回の調査では、これまで詳細な探索が行われていなかった広範囲の情報が更新され、さらに新たなエリアが発見されています』
画面が切り替わる。
見覚えのある新エリアの入口。
続いて、地面の亀裂から白いガスが滲み出している映像が流れた。
『新エリア内部では、地面から白いガスが噴き出す区域も確認されました。このガスには強い睡魔を引き起こす作用があり――』
白いガスが地表を這うように広がっている。
『今回の調査隊には、この環境を想定した装備がなかったため、安全を優先して撤退。今後、対策を整えた上で改めて調査が行われる予定です』
「まあ、そうなるよな」
「みゃ……」
『なお、当初二週間を予定していた大規模調査が四日早く終了したことについて、日本政府は、予定していた調査を十分に進められたことに加え、新エリアの発見という大きな成果も得られたためと説明しています』
その後は専門家の解説へ移った。
異界発生から四十年。
それでも未知の領域は多く残されている――そんな話が続いている。
友丸はしばらく眺めていたが、特に目新しい話はなかった。
リモコンへ手を伸ばす。
その時、テーブルの上で携帯が震えた。
「ん?」
画面に表示された名前を見て、友丸は少しだけ意外に思った。
北田だった。
「もしもし」
『お久しぶりです』
「久しぶり」
『お元気そうですね』
「まあな」
北田の声を聞くのも久しぶりだった。
友丸はリモコンを手に取り、テレビの音量を下げる。
「それで?」
『いきなりですね。久しぶりの電話ですよ』
「用事がないなら切るぞ」
『あります。相変わらずですね、坂田さんは』
電話の向こうで北田が苦笑する。
それから、わずかに声の調子を改めた。
『御大が、坂田さんに会いたがっています』
友丸の指が止まる。
「……爺さんが?」
『はい』
「なんで?」
『申し訳ありませんが、そこまでは私も聞いていません。ただ、一度直接お話ししたいそうです』
「俺と?」
『そうでなければ、わざわざ坂田さんに電話しませんよ』
友丸は黙ってテレビへ目を向けた。
画面ではまだ、東京異界の新エリアについて専門家たちが話している。
政府にも、そのうち顔を出すと言ったばかりだ。
そこへ今度は御大。
「……面倒そうだな」
『お願いですから、ご本人の前では言わないでくださいね』




