冒険者は未知を求めたい
日本政府と《ヴァルカ》による東京異界の大規模調査は、順調に進んでいた。
二週間の予定で始まった調査も、残り五日。
浅層、中層では過去の記録との比較が進み、深層では攻略班と探索班が未調査区域へ踏み込んでいる。
《ヴァルカ》も調査の一部を連日配信しており、これまで地図に残されていた空白が少しずつ埋まっていく様子は、日本だけでなく海外からも注目を集めていた。
そして、調査期限まで残り五日となった昼。
『東京異界の大規模調査で、新たな発見です』
アパートのテレビから流れてきた声に、友丸は顔を上げた。
膝の上では、こはくが丸くなっている。
『本日、日本政府と《ヴァルカ》の合同調査隊が、深層の未踏領域を抜けた先で、新たなエリアへ続くとみられる場所を発見しました』
画面が切り替わる。
映し出されたのは、東京異界深層の地図だった。
二週間前まで大きく空白だった部分には、いくつもの線が刻まれている。調査隊が実際に歩き、調べ、記録してきた成果だ。
そして、その最奥。
新たに一本の線が伸びていた。
『現在は入口周辺の確認に留めており、本格的な調査はまだ行われていません。日本政府と《ヴァルカ》は周囲の安全を確認したうえで、残る調査期間中に新エリアの調査を開始する方針です』
続いて、《ヴァルカ》が公開した映像が流れる。
深層の奥。
岩壁に挟まれた細い道を抜け、その先に広がる景色が映った。
ほんの数十秒。
入口から撮影しただけの映像だった。
「…………」
友丸の手が止まる。
「にゃ?」
「ああ、悪い」
不満そうに見上げてきたこはくの頭を、もう一度撫でる。
友丸はテレビへ目を戻した。
「……そこまで行ったのか」
見覚えがあった。
世間にとっては、本日発見されたばかりの未知のエリア。
どうやら彼らはそこまで辿り着いたらしい。
その時、テーブルの上で携帯が震えた。
「はい」
『私だ』
「誰だ?」
『私だ』
「だから誰だ?」
『私だと言っているだろ』
「はー、何か用だ?」
『お前日本政府と《ヴァルカ》の調査は知ってるな?』
「ちょうどテレビで見てる」
『今日見つかった場所も?』
「ああ」
『知ってるんだな?』
「知ってる」
即答すると、電話の向こうが一瞬静かになった。
『……そうか』
「なんで聞いたんだよ」
『知ってると思ったから聞いたんだ。ただ、本当に知ってるとは思わなかった』
「どっちだよ」
『細かいことはいい。それより、どう思う?』
「どうって?」
『あそこだ。今の連中で入れると思うか?』
友丸はテレビを見る。
画面では今回の調査について、専門家が解説を始めていた。
「数持ちが三人いるんだろ?」
『《ヴァルカ》に二人、日本側に一人だな。他にもSランクが何人かいる。Aランクもそれなりだ』
「数持ちは何とかなるが、Sランクは入口付近までかな」
『……入口付近か?』
「ああ」
少し間が空く。
『Aランクは?』
「装備次第」
『普通の深層装備なら?』
「厳しいな」
今度は明確に沈黙した。
『そこまでか』
「あそこ用に対策してれば別だけどな。何も知らずに入るなら厳しい」
『……やっぱり聞いて正解だったか』
「何か知ってたのか?」
『昔、少し噂を聞いた程度だ。確証がないからお前に聞いた』
「そうか」
友丸は膝の上へ視線を落とした。
こはくはいつの間にか仰向けになり、小さな腹をだしている。
指先でそこを軽く撫でながら、少し考えた。
「……ちょうどいいか」
『何がだ?』
「こはくのことで、遅かれ早かれ深層から配信するつもりだった」
『こはくちゃんの?』
「こはくちゃん……っ」
友丸の手が止まった。
『なんだ?』
「いや……いつからちゃん付けになったんだと思って」
『可愛いだろう』
「まあ、可愛いけど」
『ならいいじゃないか』
「……まあいい」
妙に納得させられた気がする。
友丸は気を取り直して続けた。
「どうせ深層には行く。そのついでに《ヴァルカ》の連中にも話してくる」
『そうか』
「注意するっていうより、知ってることを話すだけだけどな」
『それで十分だ』
『それと、話を聞いても行くって言う冒険者は止めるなよ』
「分かってる」
『未知を求めるのが冒険者だ』
「ああ」
友丸も、それ以上は言わなかった。
危険を知らないなら教える。
その上で踏み込むというのなら、本人の自由だ。
『まあ、《ヴァルカ》が海外から来た連中じゃなきゃ、俺もわざわざお前に電話してない』
「知ってる」
『日本まで来てもらって、何も知らないまま死人を出されるのも寝覚めが悪いからな』
「俺もだ」
それで話は終わった。
「じゃあ切るぞ」
『待て』
「まだあるのか?」
『こはくちゃん、どんな動画を配信するんだ?』
「…………」
『おい?』
「まあいい。楽しみにしてろ」
『うむ』
「なんで偉そうなんだよ」
友丸は呆れながら通話を切った。
携帯をテーブルへ戻し、再びテレビを見る。
画面の向こうでは、発見されたばかりの新エリアについて専門家たちが様々な予想を口にしていた。
新たな生態系。
未知の資源。
これまで確認されていない魔物。
調査期限は、残り五日。
空白を少しずつ埋めてきた調査隊が、その先に新しい場所を見つけたのだ。冒険者なら、行きたくなるのも当然だろう。
「まあ、話すだけ話すか」
「にゃ」
こはくの頭を撫でる。
何が待っているのか。
どんな装備が必要なのか。
知っていることだけ伝えればいい。
その上で先へ進むというのなら――あとは彼らが決めることだった。




