表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/75

メインはこはくの配信


 通話を切ると、友丸は携帯をテーブルへ置いた。


 テレビではまだ、東京異界で発見された新たなエリアについて報じている。


 日本政府と《ヴァルカ》による大規模調査も、残り五日。


 予定になかった発見だけに、今後どこまで調査を進めるのか。画面の向こうでは専門家たちが様々な予想を口にしていた。


「さて」


 友丸は膝の上へ目を落とす。


「行くか」


「にゃ」


 こはくを床へ下ろし、押し入れから使い慣れたバックを引っ張り出した。


 もともと、こはくのことで遅かれ早かれ深層から配信するつもりだった。


 なら、ちょうどいい。


 撮影機材に予備のバッテリー。水と食料。それから、近藤に貰った予備の猫マスク。


「こはく」


「にゃ」


 呼ばれたこはくはふわりと浮かび、そのままバックへ収まった。


 琥珀色の顔だけを外へ出している。


「じゃあ行くぞ」


 小さな耳がぴくりと動いた。


     ◇


 東京異界は、今日も大勢の冒険者で賑わっていた。


 巨大なゲートを抜けた先に広がる一区では、国内外の冒険者が行き交い、素材を積んだ荷車が通りを走っている。


 友丸はその中へ紛れ、普段と変わらない足取りでゲートを抜けた。


 浅層へ入り、主要な探索路を外れる。


 そこからさらに奥へ。


 人の姿が減り、やがて周囲から気配が消えたところで、友丸は一度だけ振り返った。


 誰もいない。


「こはく。ちょっと飛ばすぞ」


「にゃ」


「中にいろよ」


 バックから覗いていた顔が引っ込む。


 それを確認して、友丸は地面を蹴った。


 一気に景色が後方へ流れた。


 木々の間を抜け、岩場を越え、崖を駆け上がる。


 道をたどる必要はない。


 目的地までの最短距離を、ただ走ればいい。


 東京異界はとてつもなく広い。


 世界中から冒険者が集まっているとはいえ、人間が集中するのは主要な探索路、その周辺がほとんどだ。一度そこを外れれば、何時間進んでも誰とも出会わないことなど珍しくはない。


 まして友丸は、気配まで消している。


 近くに高ランク冒険者でもいれば気づかれる可能性はあるが、それ以外なら姿を捉えることすら難しい。


 人の気配を感じれば避ける。


 魔物も進路を塞ぐものだけ片づけ、それ以外は相手にしない。


 日本政府と《ヴァルカ》は、未知の土地を調べながら進んできた。


 地形を記録し、植物や鉱物を採取し、魔物の生息域を確認する。そうして地図の空白を一つずつ埋めている以上、当然時間はかかる。


 友丸には、その必要がない。


 行き先も、道も知っている。


 ならば最短距離を進めばいい。


 休憩も最低限に留めた。


 食事と水分を取り、こはくにも食べさせれば、すぐに走り出す。


 そうして、ほぼ一日。


     ◇


 翌日。


 東京異界、深層。


 大規模調査の期限は、残り四日。


 友丸は木々の間を抜けたところで速度を落とした。


「……この辺だな」


 かなり先に、大勢の人間の気配がある。


 その中には、深層でも滅多に感じないほど強いものがいくつも混じっていた。


 間違いない。


 日本政府と《ヴァルカ》の調査隊だ。


 友丸は人目がないことを確認してバックを下ろすと、近藤から貰った猫マスクを取り出した。


 北海道異界で使った白猫とは別の種類だ。


 頭からすっぽり被って位置を直す。


「こはく、出ていいぞ」


 バックから飛び出したこはくは、友丸の周囲を一度ふわりと回り、そのまま猫マスクの上へ降り立った。


「……そこなのか?」


「にゃ」


「まあいいけど」


 どうせ飛べるので、落ちる心配もない。


 撮影機材の入ったバックを背負い直し、今度は普通の速度で歩き出した。


 ほどなくして、木々の向こうに調査拠点が見えてくる。


 最初に友丸へ気づいたのは、外周を警戒していた冒険者だった。


「――止まってください」


 友丸は素直に足を止めた。


「所属と名前をお願いします」


「撮影者と呼ばれてます」


「……はい?」


「撮影者」


 冒険者の顔に困惑が浮かぶ。


 毎回顔が違うのだから、分からなくても仕方がない。


「にゃ」


 ちょうどその時、頭上でこはくが鳴いた。


 冒険者の視線が上がる。


「…………こはく?」


「ああ」


 もう一度、猫マスクを見る。


「じゃあ……本当に撮影者さん?」


「そうだ」


「撮影者さん!?」


 声が大きかった。


 周囲で作業していた人間が一斉に振り返る。


「撮影者さん?」


「どこだ?」


「こはくいるぞ!」


「なんでこんなところに?」


 ざわめきはあっという間に拠点中へ広がった。


 新エリアが発見された翌日。


 深層の最前線に、世界中で話題の撮影者さんが突然一人で現れたのだ。騒ぐなという方が無理だろう。


「責任者いる?」


「あ、はい。少々お待ちください」


 冒険者の一人が慌てて奥へ走っていった。


 待っている間にも人が集まってくる。


 ただ、友丸本人より頭上のこはくを見ている人間の方が多い。


「お前、人気だな」


「にゃ」


 しばらくして、人垣の向こうから数人が歩いてきた。


 そのうち二人は、友丸も知っている。


「アンと……心さんか」


 名前を呼ばれ、金髪の女――アンが意外そうに目を瞬いた。


「私たちのこと知ってるんだ?」


「有名だからな」


「初対面だよね?」


「ああ」


「へえ」


 アンは興味深そうに友丸を眺め、すぐにその視線を頭上へ移した。


「それがこはく?」


「そう」


「触っていい?」


「いいぞ」


 アンが手を伸ばしかけたところで、その隣から心が口を挟んだ。


「その前に、用件を聞いた方がいいんじゃないか?」


「あ、そっか」


 アンが素直に手を引っ込める。


 友丸は心を見る。


「北海道にいた人だろ?」


「そこまで知ってるのか」


「ニュースで見た」


「なるほどな」


 直接会うのは初めてでも、この二人ほど有名なら顔と名前くらいは知っている。


 残る三人には見覚えがなかった。


「《ヴァルカ》副マスターのロウです」


「ケンだ」


「来道です」


「どうも」


 簡単に挨拶を交わす。


 ロウは丁寧だったが、残る二人は違った。


 ケンは値踏みするように友丸を見ている。


 来道も、最初からどこか面白くなさそうな顔をしていた。


 もっとも、友丸にとってはどうでもいい。


「それで?」


 ケンが腕を組んだ。


「世界中で有名な撮影者さんが、こんなところまで何の用だ?」


「話をしに来た」


「誰に?」


「お前らに」


 友丸は彼らの後方へ視線を向けた。


 さらに奥。


 昨日、日本政府と《ヴァルカ》が発見した新たなエリアがある。


「あそこ、明日から入るんだろ?」


「その予定だけど」


 アンが答えた。


「なら、知ってることを話しておこうと思って」


「知ってる?」


「ああ」


 友丸は何でもないことのように言った。


「前に入ったことがある」


 周囲の空気が止まった。


「……あそこに?」


 アンの声から先ほどまでの軽さが消える。


「ああ」


「どこまで?」


「奥まで」


 今度は心の表情も変わった。


 昨日まで、まともな記録すら存在しなかった場所だ。


 それを目の前の男は知っているという。


「いつの話だ?」


「かなり前」


「記録は?」


「ないな」


 心は少し考えたものの、それ以上は追及しなかった。


 代わりに来道が口を開く。


「それで、わざわざ俺たちに忠告しに来たんですか?」


「忠告?」


「危険だから行くな、と」


「いや?」


「……違うのか?」


「知ってることを話しに来ただけだ」


 友丸は本気で不思議そうに首を傾げた。


「未知を求めてここまで来た連中を、俺が止める道理がどこにある?」


「…………」


「知らないで入るのと、知って入るのは違うだろ。それだけだ」


 来道が黙る。


 代わりに心が小さく笑った。


「なるほどな。なら遠慮なく聞かせてもらおう」


「うん」


 アンも頷く。


「あの先には何があるの?」


「まず、魔物は普通に強い」


「どのくらい?」


「深層相応。Aランクでも装備をしっかり揃えてれば、大抵は戦える」


 そこまでは想定の範囲内だったらしい。


 誰も大きな反応は示さない。


「それと、地面からガスが出る」


 ロウがすぐに反応した。


「毒性のあるものですか?」


「いや。眠くなる」


「……眠く?」


「睡魔が来る」


 数秒、沈黙が落ちた。


 ケンが拍子抜けしたように眉を上げる。


「それだけか?」


「深層で眠ったら死ぬぞ」


「寝なきゃいいだろ」


「まあな」


「なら大したことねえ」


 来道も同意する。


「睡魔程度なら、攻略を中止する理由にはなりませんね」


「だから中止しろなんて言ってないだろ」


「……分かってるよ」


 返ってきた声が、わずかに強い。


 アンが二人を気にすることなく質問を続けた。


「ガスはどこから出るの?」


「地面。序盤はランダムだ。出る場所も時間も読めない」


「予兆は?」


「ほとんどない」


「なら、息を止めれば?」


「意味ないぞ」


 アンの目つきが変わった。


 心も腕を組み直す。


「呼吸しなくても作用するのか?」


「ああ。普通に眠くなる」


「……それは面倒だな」


 心の声から軽さが消えた。


「中盤以降は?」


「ほぼずっと出てる。濃さも上がる」


「なるほどね……」


 アンも新エリアへ視線を向け、何かを考え始めた。


 対して、ケンと来道はさほど気にした様子がない。


 睡魔。


 言葉だけを聞けば、どうしても脅威には感じにくいのだろう。


「Aランクは?」


 アンが尋ねる。


「対策用の装備をしっかり揃えれば、まあ行けるかな」


「Sランクは?」


「人によるな」


「例えば?」


 友丸は目の前にいる面々を順番に見た。


 アン。 心。ケン。 来道。


「アンと心さん、それとケンなら、装備なしでも何とかなると思う」


「俺も?」


 ケンが自分を指した。


「ああ、ある程度までなら」


「俺のこと、さっきまで知らなかっただろ」


「今日初めて見た」


「じゃあ何で分かる」


「見れば大体分かるだろ」


「……随分適当だな」


 ケンは呆れたように言ったものの、それ以上は追及しなかった。


 だが――。


「……待ってくれ」


 低い声が割り込んだ。


 来道だった。


「俺は?」


「装備した方がいいと思うぞ」


「…………」


 来道の眉がぴくりと動いた。


「俺もSランクなんですけど」


「そうなのか?」


「――っ」


 明らかに顔が引きつった。


「初対面ですよね、俺たち」


「ああ」


「俺の能力も戦い方も知らない。それなのに、三人は大丈夫で俺は装備しろって?」


「見れば大体分かるからな」


「それが――」


「来道」


 心がすぐに割って入った。


「落ち着け」


「でも心さん、こいつ――」


「情報を持ってきてくれた相手だ。喧嘩を売るな」


「……別に売ってません」


「売ってるだろ」


 来道が口を閉じる。


 友丸は二人のやり取りを見ながら、少し首を傾げた。


「別に馬鹿にしてないぞ」


「だったら、なんで俺だけなんですか」


「本当のことを言っただけだけど」


「それが腹立つんですよ!」


「来道」


 心が今度は肩を掴んだ。


 来道は何か言いたげだったが、しばらくして大きく息を吐く。


「……分かりましたよ」


「まあ、対策装備があれば大抵は行けるんだから、いいだろ」


「そういう問題じゃないんです……」


 低い呟きが返ってきた。


 友丸には、やはり何が問題なのか分からなかった。


 アンはそんな二人を横目に、新エリアへ視線を戻す。


「どちらにしても、装備は見直そう。特にAランク組は対策なしで入れない方がいいね」


「賛成だ」


 心も頷く。


「呼吸を止めても作用するなら、普通のガス対策で済むとは考えない方がいい」


「俺はいらねえけどな」


 ケンが言う。


「俺も必要ありません」


 来道も即座に続いた。


 心が隣を見る。


「お前は着けろ」


「なんでですか!」


 今度はアンが吹き出した。


 友丸はよく分からないまま、頭上のこはくを撫でる。


 結局、行かないと言い出す者は一人もいなかった。


 危険性は理解した。


 装備も見直す。


 それでも――睡魔程度なら、どうとでもなる。


 この時点では、大半がそう考えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
未体験のヤツの考えた対策がホントに有効なのだろうか〈呼吸由来じゃない催眠ガス
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ