政府は大変です
北海道異界、入口。
巨大なゲートを内包する管理施設は、遠くからでもそれと分かるほど高く、そして大きい。
政府の管理部門に冒険者支部、検査施設、医療区画、巨大な物資倉庫まで備えた一棟のビルが、北海道異界へ出入りする人と物の大半を処理している。
その上層階にある対策本部では、壁一面のモニターに前線の映像が映し出されていた。
「最後尾の確認、取れました」
職員の報告に、責任者の男が顔を上げる。
「深層種は?」
「ごく少数です。撮影者さんの配信映像と前線からの報告、双方で確認しています」
「なら、他支部へのSランク応援要請は不要だな」
すでに伊藤は戻っている。
さらに撮影者さんの呼びかけもあって北海道周辺にいた上位冒険者が続々と集まり始めていた。
数万という規模は決して小さくない。
だが、群れの大半が浅層から中層の魔物なら話は変わる。
「現有戦力で対処可能です。交代要員も予定以上に集まっています」
「終息までの予測は?」
「数日はかかるかと」
責任者は頷いた。
一日で片づけられる規模ではない。
それでも、深層種が大量に混ざっていないと判明した時点で、最悪の事態は避けられた。
あとは前線を維持し、交代しながら数を削っていけばいい。
問題は――。
「……下は?」
責任者が嫌そうに尋ねる。
報告していた職員も、わずかに目を逸らした。
「かなり集まっています」
「だろうな」
別のモニターへ映像が切り替わった。
そこに映ったのは前線ではない。
管理ビルの外だった。
広大な敷地に、大勢の人間が集まっている。
撮影者さんの呼びかけを聞いて駆けつけた低ランク冒険者たちは、指示通り異界内部へ入っていない。
支部職員の指示を受け、運び込まれた飲料水や食料、医薬品の搬送を手伝っている。
「低ランク組は?」
「今のところ問題ありません。むしろ助かっています。人数が多いので」
「マスコミは?」
「各社とも人数を絞っています。撮影区域から出ないよう要請済みです」
そこまではいい。
撮影者さんが配信で釘を刺した効果は、想像以上に大きかった。
だが――世の中には、数千万、数億人へ向けて『来るな』と言われても来る人間がいる。
モニターの隅で、警備員ともみ合っている男がいた。
片手にはスマートフォン。
自分の顔へカメラを向けながら、妙に興奮している。
『はい! というわけで今日は――モンスターパレード真っ只中の北海道異界へ突入してみた!』
責任者の眉間に皺が寄った。
『現在、入口は厳戒態勢です! 果たして俺は、この警備を突破できるのか――』
『できません』
警備員が即答した。
『いや、ちょっと待って! 俺、冒険者だから!』
『ランクは?』
『D!』
『入れません』
『なんでだよ!』
『危険だからです』
『自己責任で――』
『駄目です』
スマートフォンへ向かって叫びながら、男はそのまま警備員二人に両脇を抱えられて運ばれていった。
少し離れた場所では、野次馬らしい若者たちが管理ビルを背景に記念撮影している。
数そのものは多くない。
撮影者さんがあれだけ強く警告した以上、わざわざ来ようとする者は少数だった。
――それでも、ゼロにはならない。
「……野次馬も排除してください」
「すでに警備を増員しています」
「道路側は?」
「問題ありません。一般車両の流入を規制しています。冒険者と物資輸送を最優先で通しています」
「それだけは絶対に維持しろ」
責任者は椅子へ深く腰を下ろした。
モニターの一つでは、伊藤たちが今も魔物の大群を食い止めている。
別のモニターでは、低ランク冒険者たちが大量の物資を運んでいる。
さらに別の画面では、連行されながらもスマートフォンへ喋り続けている迷惑配信者。
モンスターパレードへの対応は、前線だけで完結するものではない。
戦う者。
支える者。
治療する者。
物資を運ぶ者。
そして――。
「なんで、こんな時まで余計な仕事を増やす奴がいるんだ……」
責任者の呟きに、誰も答えなかった。




