お疲れ様
友丸は枝の上から、改めて魔物の群れを見渡した。
最後尾まで確認した。
後方にいた深層種は、ここまで来る間にかなり数を減らしている。まだ群れの中には混ざっているが、少なくとも大量に残っている様子はない。
前線には伊藤が戻っている。
配信で呼びかけてから時間も経ち、北海道周辺にいた冒険者たちも続々と集まっているらしい。
コメント欄にも、現地からの報告が流れていた。
《前線かなり人数増えた》
《交代班も組めてる》
《北海道支部、数日で収束見込みって出した》
《深層種少ないのデカいな》
《これなら大丈夫そう》
友丸はそれを眺め、軽く頷いた。
「目処はついたみたいだな」
数万の魔物が消えたわけではない。
今も遥か前方では戦闘が続いている。
それでも、最初とは状況が違った。
最後尾まで確認できた。
深層種も少ない。
何より、戦う人間が集まった。
前線には伊藤をはじめ、北海道で活動する冒険者たちがいる。
ここから先は、彼らの領分だ。
何もかも自分がやる必要はない。
なら、この配信でやることももうなかった。
友丸はカメラを自分へ向ける。
映ったのは、返り血で真っ赤に染まった白猫の被り物。
その頭では、こはくが何事もなかったように尻尾を揺らしている。
「手伝いに来てくれた人、ありがとう」
《お疲れ!》
《撮影者さんもお疲れ!》
《現地組マジで頑張れ》
《北海道支部頑張れ!》
《低ランク組も物資運んでるぞ》
《こはくもお疲れ!》
最後のコメントを見たところで、こはくが鳴いた。
『みゃー』
「じゃあ、配信終わる」
それだけ告げて、終了ボタンを押した。
数千万の視聴者が見守っていた画面が暗転する。
友丸はカメラの電源も落とした。
「さて」
血まみれになった白猫の被り物へ手を掛ける。
ようやく、北海道旅行へ来た一人の冒険者に戻る時間だった。
被り物を脱ぐと、押し込められていた長い髪がばさりと落ちる。
いつもの場所へ戻ろうとしたこはくを、友丸は片手で受け止めた。
『みゃ?』
「お前は駄目」
『みゃ?』
「今出てたらバレるだろ」
先ほどまで、こはくも世界中へ配信されていた。
友丸はバッグを開ける。
「しばらく中な」
『みゃぁ……』
「一区戻ったら飯やる」
『みゃ』
あっさり入った。
「現金な奴だな」
血まみれの被り物も袋へ押し込み、カメラと一緒にしまう。
最後に短刀の血を拭い、鞘へ戻した。
これで準備は終わりだ。
友丸は巨木から飛び降り、一区へ向かった。
◇
戻ってみれば、一区はすでに長期戦へ向けて動き始めていた。
広場には水や食料、医薬品が積み上げられ、その間を政府職員と冒険者たちが忙しく行き交っている。
「Aランク以上、次の交代班は三十分後!」
「第二補給所へ飲料水を回してください!」
「救護所の治療薬、第三倉庫から追加!」
次々と指示が飛ぶ。
戦う者だけいればいいわけではない。
数日続くなら、その何倍もの人間が必要になる。
食料を運ぶ者。
負傷者を治療する者。
傷んだ装備を整備する者。
そして――。
「Cランク以下で動ける方! 物資運搬をお願いします!」
友丸は首から冒険者カードを引っ張り出した。
表示されているのはCランク。
「……自分やります亅
「この箱、第二補給所までお願いします!」
「はいよ」
渡された飲料水を抱え、歩き出した。
つい先ほどまで魔物の大群を遡っていた男は、今度は大勢のCランク冒険者に混ざって水を運ぶ。
それでいい。
前線は、前線に立つ者へ任せればいい。
◇
モンスターパレードへの対応は、そのまま三日間続いた。
友丸も一区に残った。
物資を運び、救護所を手伝う。
時折、前線を抜けて浅層まで入り込んだ魔物がいれば、近くの冒険者たちと一緒に処理した。
「一体そっち行った!」
「分かった」
茂みを突き破り、獣型の魔物が飛び出してくる。
盾を持った若い冒険者が真正面から受け止めた。
その横を友丸が抜ける。
短刀を一閃。
首筋から血を噴き出した魔物が、そのまま地面へ転がった。
「よし、終わり!」
「戻ろうぜ。次の物資が来てるって!」
「はいよ」
友丸は短刀を鞘へ戻し、一緒に引き返した。
わざわざ前線まで行くことはない。
そこには伊藤がいる。
北海道支部の上位冒険者がいる。
各地から駆けつけた応援もいる。
友丸は友丸で、今いる場所の仕事をすればいい。
そして、休憩を言い渡されれば普通に休んだ。
人目のない場所で弁当を食べ、バッグの中のこはくにも飯を分ける。
眠れる時には寝る。
起きれば、また働く。
前線でも同じだった。
疲れた者が下がり、次の班が出る。
怪我をすれば治療を受け、武器が傷めば交換する。
誰か一人が戦い続けるのではなく、大勢の人間が入れ替わりながら前線を維持する。
そうして、一日。
二日。
数万いた魔物は、確実にその数を減らしていった。
そして――。
『――モンスターパレードの終結を確認しました』
一区全体へ放送が流れた。
一瞬。
誰も声を上げなかった。
四日間続いたものが本当に終わったのか。
確かめるような静寂が落ちる。
『繰り返します。モンスターパレードの終結を確認しました』
「……終わった」
誰かが呟いた。
次の瞬間。
「終わったあああああ!」
歓声が爆発した。
拳を突き上げる冒険者。
その場へ座り込む職員。
仲間同士で肩を叩き合う者。
四日間張り詰め続けていた一区の空気が、一気に緩んでいく。
その時、友丸は食料を積んだ台車を押していた。
「終わったか」
バッグの中が、もぞりと動く。
『みゃ』
「お前もお疲れ」
『みゃー』
「静かに」
友丸は慌ててバッグを軽く叩いた。
幸い、周囲は歓声でいっぱいだ。
誰も気づいていない。
友丸は少しだけ笑うと、止めていた台車を再び押し始めた。
終結したからといって、運んでいる途中の荷物まで消えてくれるわけではない。
最後の物資を指定された場所へ届ける。
友丸にとってのモンスターパレードは、それで終わった。
◇
翌朝。
友丸は北海道異界のゲートをくぐった。
肩には、北海道へ来た時と同じバッグ。
中にはキャンプ道具とカメラ。
袋へ突っ込んだ、元は白かった猫の被り物。
こはくも今は大人しく収まっている。
視界が一瞬だけ歪み、現実世界の北海道へ戻る。
巨大な管理施設の外には、まだ報道陣が残っていた。
終結したばかりなのだから当然だろう。
友丸はその脇を通り過ぎた。
誰かがこちらを見ることもない。
北海道旅行は、これで終わりだ。
湖でキャンプをした。
北海道料理も食べた。
こはくも遊ばせた。
予定にはなかったモンスターパレードまで経験した。
「まあ、楽しかったか」
バッグの中から、小さな声が返ってくる。
『みゃ』
友丸は少しだけ笑った。
その日のうちに北海道を発ち、東京へ戻った。
◇
数日ぶりにアパートの扉を開ける。
「ただいま」
バッグを床へ下ろした途端、待ちかねていたこはくが勢いよく飛び出した。
『みゃー!』
狭い部屋の中を嬉しそうに飛び回る。
友丸は靴を脱ぎながら、その姿を眺めた。
北海道旅行も終わった。
明日からは、またいつもの生活だ。
「……とりあえず風呂入るか」
『みゃ』
「お前もな」
『みゃ!?』
空中で、こはくが固まった。
次の瞬間。
『みゃあああ!』
全速力で部屋の奥へ逃げていく。
「待て」
友丸もその後を追った。
数日ぶりに帰ってきた部屋は、あっという間にいつもの騒がしさを取り戻した。




