モンスターパレードとは
それからしばらく、友丸は魔物の群れを遡り続けた。
奥へ進むにつれて大型の姿が増え、コメントで深層種だと教えられた魔物とも何度か遭遇した。
それでも、思っていたほど多くはない。
やがて正面から魔物の姿が消えた。
友丸は速度を落とすと、近くにあった巨木へ駆け上がった。太い枝まで一気に登り、そこでようやく足を止める。
「……ここで終わりか」
振り返れば、今まで走り抜けてきた大群が遥か彼方まで続いていた。
最後尾まで来ても、その光景は異様としか言いようがない。
数万。
数字で聞くだけなら、ただ多いという感想しか浮かばない。
実際に目の前にすると、その意味がまるで違った。
大地そのものを埋め尽くすような魔物の群れが、どこまでも続いている。
友丸はカメラを向けたまま、ふと首を傾げた。
「深層の魔物、あんまりいなかったな」
道中で見かけはした。
大型の中には、明らかに周囲とは格の違う魔物もいた。
しかし全体から見れば、ごくわずかだ。
何気なく口にした言葉だったが、コメント欄はすぐに反応した。
《それな》
《俺も途中から思ってた》
《かなり少ない》
《今回は運がいいぞ》
「これで?」
友丸は思わず聞き返した。
眼下には、大地を埋め尽くすほどの魔物がいる。
どう見ても『運がいい』という言葉が似合う光景ではない。
《これでもだよ》
《深層種が大量に混ざる時もある》
《あれはマジで洒落にならない》
《前にそれで冒険者かなり死んでる》
《上位も何人もやられた》
《世界ランカーが何人も投入されて、ようやく止めたこともある》
「……なるほど」
友丸は改めて大群を見渡した。
数が多いだけでも十分に厄介だ。
そこへ深層の魔物まで大量に混ざれば、被害が跳ね上がるのも当然だろう。
これでもまだ、今回はマシな方らしい。
「そもそも、なんでこんなの起きるんだ?」
今度も答えはすぐに返ってきた。
《分かってない》
《原因不明》
《何かから逃げてる説とか色々あるけど、全部仮説》
《そもそも異界が現れて何年だと思ってんだ》
《まだ四十年程度だぞ》
「ああ……」
言われてみれば、その通りだった。
人類は異界へ街を造り、資源を採り、魔物を分類し、生息域まで地図に書き込んでいる。
四十年という時間をかけて、少しずつ未知を既知へ変えてきた。
それでも――たった四十年だ。
どこまで続いているのかすら分からない異界も、世界にはいくつも存在している。
そんな場所のすべてを、人類が理解できているはずもない。
モンスターパレードがなぜ起きるのか。
その答えさえ、まだ誰も知らなかった。
友丸は地平線まで続く大群を眺める。
「……じゃあ、今回は不幸中の幸いか」
《そうなる》
《数万いるけどな》
《十分大災害だけどな》
「だよな」
苦笑しながら枝の上で立ち上がる。
頭の上では、そんな事情など知る由もないこはくが、のんきに尻尾を揺らしていた。
◇
同じ頃。
モンスターパレードの先頭では、すでに本格的な戦闘が始まっていた。
「右、抜けるぞ!」
怒鳴り声が飛んだ直後、炎が地面を走った。
横一線に広がった火炎が押し寄せる群れを呑み込み、甲殻に覆われた虫型の魔物が次々と炎の中へ沈んでいく。
だが、空いた場所は瞬く間に埋まった。
炎を突き抜け、人の倍近い背丈を持つ二足歩行の異形が飛び出してくる。
待ち構えていた大剣使いが真正面から踏み込み、横薙ぎの一撃で胴を断ち切った。
巨体が崩れる。
その脇を縫って、小型の魔物が三匹駆け抜けた。
「三匹抜けた!」
「任せろ!」
後方から氷の槍が飛来した。
二匹を立て続けに貫き、最後の一匹が跳び上がったところへ三本目が突き刺さる。
地面へ落ちるのを確認する暇すらない。
もう次が来ていた。
地を這う巨大な昆虫。
異様に長い腕を持つ人型。
全身を鱗に覆われた爬虫類じみた魔物。
頭上には、翼を広げた魔物の群れまでいる。
姿も、大きさも、生態も違う。
それらが今だけは、一つの巨大な流れとなって浅層を目指していた。
「多すぎるだろ!」
槍を振るっていた冒険者が、たまらず叫ぶ。
今回、群れの大半を占めるのは浅層から中層に生息する魔物だった。
一体一体なら、この場に集められた冒険者たちで十分に対処できる。
問題は、強さではない。
数だ。
一体倒したところで、その後ろから次が来る。
魔法を扱える冒険者が十体まとめて吹き飛ばしても、開いた空間はすぐさま後続に埋められる。
何百体倒しても、目の前の景色がほとんど変わらない。
それが――数万という物量だった。
「おらぁっ!」
前線の一角で、ひときわ大きな轟音が響いた。
分厚い甲殻を持つ大型の魔物が真正面から弾き飛ばされ、硬い外殻を砕きながら後続へ突っ込む。
数体をまとめて薙ぎ倒したその先で、一人の男が拳を振り抜いていた。
北海道支部所属、Sランク冒険者――伊藤。
今朝、北海道異界を出たばかりだった男は、結局その日のうちに呼び戻されていた。
「旅行くらい、ゆっくり行かせろってんだよ!」
盛大に愚痴りながらも、その動きに迷いはない。
横から飛びかかってきた虫型の頭部を拳で砕き、背後から迫った人型を振り向きざまの蹴りで吹き飛ばす。
直後、頭上から影が落ちた。
急降下してきた翼持ちへ跳び上がり、その首を掴む。
勢いを殺さないまま地面へ叩きつけると、伊藤はすでに次の魔物へ向かっていた。
周囲とは明らかに、倒していく速度が違う。
その戦いもまた、世界中へ配信されていた。
前線には何人もの配信者がおり、政府側からも現場の映像が公開されている。
《伊藤さん戻ってきた!》
《さすがSランク》
《一人だけ処理速度おかしい》
《これなら押し返せるんじゃないか?》
《後ろ見ろ》
《全然減ってねえ》
最後の一言が、現実を何より正確に表していた。
伊藤がどれほど強くても。
Aランクが何十人集まっても。
広範囲を焼き払える魔法使いがいたとしても。
数万という物量は、それだけで脅威になる。
そして、戦っているのは人間だ。
疲労するし、腹も減る。
魔法を使えば消耗し、振るい続けた武器は傷み、防具だっていつかは限界を迎える。
最初から、一日で終わる戦いだと考えている者などいなかった。
「第一陣、下がれ! 交代班、前へ!」
指示が飛ぶ。
戦い続けていた冒険者たちが順次後退し、その間を抜けて待機していた一団が前線へ走り込んでいく。
休息を取り、腹を満たし、傷んだ装備を交換する。
魔法を使う者は魔力の回復を待ち、再び戦える状態になれば前線へ戻る。
そうやって何度も人員を入れ替えながら、数万の群れを少しずつ削っていく。
長い戦いになる。
それだけは、誰の目にも明らかだった。
伊藤も一度後方へ下がり、額に浮いた汗を腕で拭う。
そこで、ふと何かを思い出した。
「そういや、撮影者さんは?」
近くで魔物を迎え撃っていた冒険者が、槍を突き出しながら答える。
「まだ後ろです!」
「何してんの?」
「後ろから狩ってます!」
「…………」
伊藤の動きが一瞬だけ止まった。
「まだ?」
「まだです!」
伊藤は思わず、魔物の大群の向こうへ目をやった。
当然、ここから見えるはずもない。
前からは、集められた大勢の冒険者たち。
後ろからは、たった一人の撮影者。
そして、その間には――。
今なお、数え切れないほどの魔物が蠢いていた。




