取りあえず奥へ
数分後。
黒い大群の端から、一つの人影が飛び出した。
『みゃ!』
真っ先に気づいたこはくが立ち上がる。
友丸は森を駆け抜け、その勢いのまま巨木を上ってきた。
「待たせたな」
『みゃー!』
嬉しそうに浮かび上がったこはくが――空中で急停止した。
『…………みゃ?』
「ん?」
『みゃああああ!?』
突然の悲鳴。
こはくが慌てて後ろへ飛ぶ。
「なんだよ」
《ぎゃあああああ!?》
《怖っ!》
《ホラー!?》
《猫! 猫が怖い!》
《こはく逃げて!》
《何その顔!?》
《さっきまで白かったよな!?》
友丸には見えていなかった。
白かった猫の被り物は、数万の魔物へ突っ込んだせいで返り血を浴び、真っ赤に染まっている。
しかも被り物そのものは笑顔のまま。
血まみれの猫が満面の笑みを浮かべていた。
「何騒いでんだ?」
《お前だよ!》
《鏡見ろ!》
《血!》
《頭が怖い!》
《子供泣くぞ!》
コメントを見て、ようやく友丸も察した。
被り物を手で触る。
赤い。
「ああ、血か」
《ああ、血か。じゃない》
《怖すぎるわ》
《ホラー映画始まったかと思った》
《こはくちゃん本気で逃げてて草》
友丸は特に気にしなかった。
「こはく、行くぞ」
『みゃ……』
「早く」
『みゃぁ……』
明らかに嫌そうだった。
それでも置いていかれる方が嫌なのか、こはくは恐る恐る近づき――血まみれの猫の頭へ降りた。
《乗ったw》
《勇気あるな》
《こはくちゃん頑張った》
《その絵面で配信続けるの?》
続ける。
友丸にとっては、被り物が白かろうが赤かろうがどうでもいい。
カメラを枝から外す。
眼下では、先ほど散々かき回した先頭集団へ後続が押し寄せ、今も混乱が続いていた。
「じゃ、後ろ確認してくる」
本来の目的はこちらだ。
群れの最後尾。
そこに深層の魔物がいるのか。
友丸はカメラを片手に持ち、巨木から飛び降りた。
◇
今度の映像は、先ほどとはまるで違った。
遠景ではない。
撮影者さん自身がカメラを持っている。
真正面から、巨大な魔物が迫った。
牙を剥いた顔が一瞬で画面いっぱいになる。
《うわっ!?》
次の瞬間には横へ抜けていた。
魔物の首から血が噴き出す。
だが、友丸はもう次へ向かっている。
正面。
右。
左。
次々と魔物が迫る。
巨大な爪が画面のすぐ横を通過し、牙が目前で閉じる。
そのすべてを紙一重で抜けながら、友丸は大群の奥へ走り続けた。
《近い近い!》
《怖すぎる!》
《これ生配信だよな!?》
《カメラ持ったまま戦ってるんだぞ》
《全然ブレねえ》
《これが撮影者さん視点か》
そして――。
画面が突然、真っ黒になった。
《!?》
《配信落ちた?》
すぐに戻る。
だが数秒後。
また暗転。
今度は一瞬だけ、黒い靄のようなものが画面を横切った。
友丸も気づいた。
「こはく」
『みゃ!』
頭の上から元気な返事がした。
友丸の周囲では、魔物たちが明らかにおかしな動きをしている。
突然進路を変える。
仲間へ突っ込む。
その場で暴れる。
何もない方向へ攻撃する。
闇に視界を奪われ、完全に混乱していた。
「いいぞ」
友丸は一体を避け、その背後へ抜ける。
「そのまま周りに闇魔法ぶちまけろ」
『みゃー!』
黒い靄が広がった。
また画面が暗くなる。
《こはくの魔法か!》
《闇魔法きた》
《やってること可愛いくないw》
《鳴き声だけなら可愛い》
《敵からしたら最悪だろこれ》
視界を失った一体が横へ逸れる。
別の大型へ激突。
押された大型がさらに別の群れへ突っ込み、後続がそれを避けようとして流れを変える。
混乱が、混乱を呼ぶ。
先ほど友丸が外側から崩したモンスターパレードを、今度はこはくが内側から引っ掻き回していた。
友丸はその真ん中を走り抜ける。
倒すことが目的ではない。
進ませなければいい。
人が集まるまで時間を稼ぐ。
そして、最後尾に何がいるのか確認する。
それだけだ。
しばらく進んだところで、魔物の様子が変わった。
「……でかいの増えてきたな」
先ほどまでより、明らかに大型が多い。
十メートルを超える四足獣。
巨木ほどの体高を持つ異形。
その奥にも、これまで見なかった種類が混ざり始めていた。
友丸には見覚えがない。
北海道異界へ来たのは今回が初めてだ。
「こいつら何?」
尋ねた相手は、数千万の視聴者だった。
すぐにコメントが返ってくる。
《深層種》
《今の四足は深層》
《角あるやつもそう》
《北海道深層の魔物だよ》
《でも数は少ない》
《まだほとんど中層の魔物》
《深層種は全体の一割もいないと思う》
友丸は走りながらコメントを拾う。
「これが深層の魔物か」
北海道異界に詳しい冒険者も配信を見ているらしい。
これはありがたい。
友丸一人では魔物の生息域までは判断できない。
カメラを前へ向ける。
大型は増えた。
だが、コメントを見る限り深層の魔物はまだ少数。
なら――。
「まだ後ろだな」
『みゃ!』
頭の上から威勢のいい返事が返ってきた。
直後。
黒い靄が一気に広がる。
《また来た!》
《暗い暗い!》
《こはく絶好調》
画面が真っ黒に染まった。
数秒後。
映像が戻る。
そこには、さらに大群の奥を駆ける――血まみれの笑顔の猫が映っていた。
《やっぱ怖えよ、その猫!》




