取りあえず混乱を
「……先に少し止めるか」
友丸は眼下を埋め尽くす魔物の群れを眺め、そう呟いた。
このまま後方へ回っている間にも、モンスターパレードは一区へ近づいていく。
なら、その前に少しだけ時間を稼いでおいた方がいい。
友丸は手にしていたカメラを、巨木の太い枝へ固定した。
角度を調整する。
画面の奥には、地平線近くまで続く黒い大群。
全体を見るには、ここがちょうどいい。
「こはく」
『みゃ?』
「ここで待ってろ」
友丸が頭を指差すと、こはくは素直にふわりと浮かび、カメラの横へ降りた。
『みゃ』
「すぐ戻る」
腰にあるのは、先ほど見せた短刀一本。
それだけを確認すると、友丸は枝から飛び降りた。
《え?》
《何するの?》
《撮影者さん?》
《まさか行くのか》
《短刀一本だぞ?》
固定されたカメラの中を、一人の男が走っていく。
数万の魔物を映した画面では、その姿などあまりにも小さい。
その背中を、こはくもカメラの横から見送っていた。
『みゃー』
友丸は振り返らない。
速度を上げる。
そして、そのまま真正面からモンスターパレードへ突っ込んだ。
小さな人影が、黒い大群へ呑み込まれる。
《入った!?》
《見えなくなった》
《どこだ!?》
《撮影者さん!?》
遠すぎた。
何をしているのかは、まったく見えない。
短刀を振るったのか。
跳んだのか。
魔物を避けたのか。
そのどれも分からない。
数秒後。
黒い大群の中に――一本の道ができた。
《……え?》
隙間なく埋め尽くされていた魔物が左右へ崩れ、その間から地面が覗く。
赤い。
魔物の血で染まった、一本の道。
《道?》
《何だ今の》
《赤……》
『みゃ?』
こはくが首を傾げた。
だが、その道はすぐに消えた。
後ろから押し寄せる魔物が殺到し、赤い地面を再び黒く塗り潰していく。
次の瞬間。
今度は少し右に――新しい赤い道が走った。
それもすぐに黒く染まる。
さらに左。
もっと奥。
また別の場所。
赤い道が生まれる。
黒く消える。
また生まれる。
数万の魔物が埋め尽くす大地に、赤い筋だけが次々と刻まれていった。
《何してるんだ……?》
《全然見えない》
《赤い道の先にいるのか?》
《一人でこれやってる?》
《撮影者さんどこだよ》
遠景だからこそ、細かな戦いは何一つ見えない。
ただ、結果だけが見えた。
友丸が通った場所に道ができる。
その道を後続の魔物が埋める。
別の場所に、また道ができる。
それを繰り返すたび、大群の先端が少しずつ乱れていった。
進路を変える魔物。
横へ押し出される群れ。
立ち止まる大型。
そこへ後続が殺到し、さらに別の流れを巻き込んでいく。
一直線だった巨大な黒い濁流が、目に見えて崩れ始めた。
『みゃー』
そんな光景を背景に、こはくはカメラの横へちょこんと座っていた。
尻尾を揺らしている。
《こはくかわいい》
《後ろとの温度差どうなってんだ》
《みゃーじゃないんだよ》
《背景が地獄なんだが》
《こはくは平常運転》
そして、その映像は北海道異界の対策本部にもそのまま届いていた。
友丸が何をしているのか。
それは誰にも分からない。
だが、一つだけ数字にはっきりと変化が出ていた。
モンスターパレードの進行速度が落ちている。
数分後。
黒い大群の端から、人影が一つ飛び出した。
『みゃ!』
真っ先に気づいたのは、こはくだった。
立ち上がり、尻尾をぴんと伸ばす。
友丸は森を駆け抜け、そのまま巨木を一気に上ってきた。
「待たせたな」
『みゃー』




