斥候は得意
「――撮影者さん!?」
背後から響いた声に、友丸は足を止めた。
振り返ると、スーツ姿の男女が数人、こちらへ駆けてくる。
先頭の男は息を切らしながら、友丸の猫の被り物――その上に乗っているこはくを見た。
「本当に……撮影者さんですよね?」
「たぶん」
「たぶん?」
「そう呼ばれてる」
何とも締まらない返事だったが、相手もそこを気にしている余裕はないらしい。
すぐに表情を引き締めた。
「配信、見ました。応援を呼びかけていただいてありがとうございます」
「勝手にやっただけだから気にしなくていい」
「いえ、助かります。すでにゲート側への問い合わせが急増しています。近隣にいる冒険者からも、こちらへ向かうという連絡が入り始めています」
思った以上に早い。
友丸は自分の配信の影響力に若干引きながらも、それ以上は触れなかった。
今は別に聞きたいことがある。
「それで、どれくらいいる?」
職員たちの表情が変わった。
「現在、斥候が確認できているだけで数万です」
「数万」
「主力は中層と浅層に生息する魔物です。複数の群れが合流しながら、浅層方向へ移動しています」
「深層の魔物は?」
「確認できていません」
即答だった。
友丸が猫の被り物をわずかに傾ける。
「いない?」
「いえ。いるかどうかも分かりません」
職員は首を振った。
「斥候が確認できたのは群れの前方から中ほどまでです。数が多すぎて後方へ回れません」
「なるほど」
つまり、見えている範囲では中層と浅層の魔物が主力。
だが最後尾に何がいるのかは不明。
深層の魔物が混ざっている可能性も残っている。
友丸は少し考えた。
「じゃあ、俺が見てくる」
「……はい?」
「後ろ」
一瞬、何を言われたのか理解できなかったらしい。
数人が揃って友丸を見る。
「群れの後方を、ですか?」
「うん」
「ですが、斥候でも回り込めていません」
「だから俺が行く」
「いや、しかし――」
「ついでに、人が集まるまで足止めできそうならやる」
職員が完全に黙った。
友丸は構わず、手にしているカメラを軽く上げる。
「配信はこのまま続ける」
「配信を?」
「俺が見たものが、そのままそっちでも見えるだろ」
コメント欄には今の会話もすべて流れている。
当然、政府側でも確認できる。
「後ろに何がいるかも映す。そっちは配信見ながら作戦立ててくれ」
職員たちは顔を見合わせた。
無茶ではある。
だが、理屈は通っていた。
斥候が確認できなかった群れの全体像。
後方にいる魔物。
進行速度。
種類。
それらがリアルタイムの映像で手に入る。
しかも目の前にいるのは、世界中で散々規格外の行動を見せてきた『撮影者さん』である。
止める言葉を探している間に、友丸はもう歩き出していた。
「じゃ、行ってくる」
「待ってください!」
呼び止められたので振り返る。
「危険だと判断した場合は、すぐに撤退してください」
「分かった」
友丸は今度こそ走り出した。
◇
一区を抜ける。
街道を駆け、浅層へ。
最初こそ人間らしい速度だった。
だが、周囲から人影が消えた途端――一気に上げた。
「こはく、落ちるなよ」
『みゃ!』
頭の上から元気な声が返ってくる。
片手にはカメラ。
走りながら撮影しているにもかかわらず、友丸自身は画面の中央からほとんど動かない。
代わりに、背景だけが凄まじい速度で流れていく。
森。
岩場。
街道。
木々。
何が映ったのか理解した頃には、もう次の景色へ変わっている。
《速っ》
《待って待って待って》
《何も見えん》
《森なのは分かる》
《それ以外分からん》
《今なんか追い抜いた?》
《カメラ全然ブレてないのが一番怖い》
《これ何キロ出てんだよ》
友丸はコメントを見ていない。
進行方向だけを見て、ひたすら走る。
途中、一区へ退避している冒険者たちと何度かすれ違った。
彼らが何かに気づいて振り返った頃には、友丸は遥か先へ消えている。
浅層の奥へ。
さらに中層方向へ。
やがて――。
友丸が速度を落とした。
「……いるな」
進行方向の空気が違う。
地面から、微かな振動が伝わってくる。
一体や二体では生まれない震動だった。
友丸は近くにあった巨木へ向かい、その幹を蹴る。
一歩。
二歩。
枝から枝へ。
瞬く間に木々の頂上近くまで駆け上がった。
最後に太い枝へ足を掛け、立ち止まる。
風が抜けた。
視界が、一気に開ける。
「……あれか」
友丸がカメラを前へ向けた。
配信を見ていた者たちのコメントが――一瞬だけ減った。
森の向こう。
遥か彼方に、黒い何かが広がっている。
最初は地面そのものが動いているように見えた。
だが違う。
一体。
十体。
百体。
千体。
その向こうにもいる。
さらに、その向こうにも。
魔物だった。
四足の獣。
巨大な昆虫。
爬虫類。
鳥型。
大小さまざまな魔物が、まるで巨大な濁流のように浅層方向へ進んでいる。
友丸はカメラをゆっくり横へ振った。
群れが続く。
まだ続く。
さらに振る。
終わらない。
反対側も同じだった。
横方向だけではない。
奥にも、遥か地平線近くまで黒い群れが続いている。
数万。
斥候から上がった報告が大袈裟ではなかったことを、映像だけで十分に理解できた。
《…………》
《え》
《これ全部?》
《嘘だろ》
《地平線までいるぞ》
《数万ってこういうことかよ》
《北海道支部これ見てる!?》
《やばいって》
世界中が画面の向こうで騒いでいる。
その中心で、友丸だけが普段と変わらなかった。
しばらく群れを眺める。
「まあまあ居るな」
《まあまあ!?》
《まあまあじゃねえよ!》
《どこがまあまあだ!》
《感覚どうなってんだ》
《数万だぞ!》
《こいつ本当に数聞いてた?》
友丸は気にせず、カメラをさらに奥へ向けた。
前方は確認できた。
中央付近も、ここからならある程度見える。
だが――。
「やっぱ後ろは見えないな」
最後尾は遥か彼方。
ここからでは、何がいるのか判別できない。
深層の魔物が混ざっているのか。
それとも別の何かが、この大群を動かしているのか。
「取りあえず、後ろ行くか」
あまりにも軽い口調だった。
《行くの!?》
《今からあれの後ろに!?》
《迂回するだけで何キロあるんだ》
《一人で行く気かよ》
《待て装備は?》
そのコメントが目に入ったのか。
友丸が「ああ」と声を漏らした。
「そういえば、今日はこれしか持ってない」
腰へ手を伸ばす。
何かとんでもない武器が出てくる。
配信を見ていた多くの者が、そう思った。
紫色の巨大な刀か。
あるいは、まだ公開していない遺跡産の武器か。
友丸が鞘から抜いたものを、カメラの前へ持ってくる。
映ったのは――。
一本の短刀だった。
「これでいいか」
《…………》
《え?》
《それ?》
《一本?》
《数万だぞ?》
《撮影者さん?》
《待って》
《それで行くの?》
友丸は短刀を鞘へ戻した。
そして、遥か地平線まで続く魔物の群れへ目を向ける。
「じゃ、行ってくる」
『みゃ』
頭の上から返事がした。




