せっかく北海道に来たので
翌朝。
朝食を済ませ、テントを畳んだ友丸は浅層へ向かって森を歩いていた。
頭上では、こはくが木々の間を飛び回っている。
枝を避けて急上昇したかと思えば、今度は友丸の肩すれすれまで降りてくる。
「元気だな、お前」
『みゃあ!』
「遠く行くなよ」
『みゃ!』
言葉を理解しているので返事はする。
もっとも、遊ぶのをやめる気はないらしい。
友丸はそんなこはくを横目に、森の奥へ視線を向けた。
昨日までいた湖の周辺とは、少しずつ植生も変わってきている。
東京異界とは生えている植物も違えば、聞こえてくる魔物の鳴き声にも覚えがない。
同じ日本にある異界でも、中の環境はまるで違う。
当然――出てくる魔物も違った。
前方の茂みが揺れた。
三頭の魔物が姿を現す。
狼に似ているが、四足で立っていても友丸の胸近くまである。灰白色の体毛は硬く逆立ち、口元から大きな牙が覗いていた。
「また知らない奴だな」
友丸は腰の小太刀を抜いた。
三頭が散開する。
一頭が正面。
残る二頭が左右へ。
正面から飛び込んできた一頭を半歩で躱し、すれ違いざまに首を斬る。
倒れた仲間には目も向けず、残る二頭が同時に動いた。
その片方が友丸ではなく、宙に浮いているこはくへ狙いを変える。
『みゃ!』
こはくが小さな口を開いた。
真っ黒な闇が吐き出され、狼型魔物の顔を覆う。
魔物がぴたりと足を止めた。
効いたというより、戸惑ったのだろう。
目で反応を感知する魔物なら当然の反応だ。
だが、異界ではその一瞬が命取りになる。
友丸はすでに懐へ入っていた。
一閃。
二頭目が倒れる。
最後の一頭も続けて斬り伏せると、森はすぐに静けさを取り戻した。
「結構使えるな」
『みゃあ!』
こはくが得意げに胸を張る。
「でも前に出すぎんなよ。お前、小さいんだから」
『みゃ』
素直に頷いた。
友丸は小太刀を鞘へ戻す。
東京異界では見たことのない魔物と戦いながら、浅層へ戻っていく。
こういう違いを楽しめるのも、別の異界へ来る面白さだった。
◇
昼過ぎ。
森を抜けると、友丸の前に大きな街が広がった。
北海道異界、一区。
東京異界と同じく、ゲートに近い浅層には冒険者たちの街が形成されている。
宿泊施設、武具店、素材買取所、酒場や食堂。
魔物の解体施設や巨大な倉庫も並び、大通りには素材を積んだ車両が絶えず行き交っていた。
「東京とは結構違うな」
一番目につくのは、その広さだった。
建物同士の間隔も道路も広い。
ちょうど友丸の前を、大きな角を何本も積んだ運搬車が通り過ぎていく。
歩いている冒険者の中には外国人も多かった。
街並みは違っても、武器を背負った冒険者が行き交い、店先で素材や装備の話が飛び交う賑やかさは東京一区とよく似ている。
「こはく」
『みゃ?』
友丸がバッグを開く。
「ここから中な」
こはくは周囲を見回した。
大勢の人間を見て、すぐに理由を理解したらしい。
『みゃ……』
名残惜しそうにバッグへ入っていく。
「飯食う時には出してやるよ」
『みゃ!』
途端に返事が元気になった。
「飯って言葉、覚えたな……」
友丸はバッグを閉じ、一区へ入った。
まず向かったのは素材買取所だった。
朝に倒した狼型魔物をはじめ、ここまでに仕留めた魔物の素材を査定へ出す。
東京では見慣れない素材ばかりだが、こちらでは一般的なのだろう。職員は慣れた手つきで確認を終え、金額を提示した。
「こちらになります」
「お願いします」
手続きを済ませて外へ出る。
あとは飯だ。
飲食店が並ぶ通りを歩けば、東京ではあまり見ない看板が次々と目に入った。
海鮮料理。
蟹。
ジンギスカン。
北海道産の野菜を使った料理。
どこへ入るか迷いながら歩いていた友丸は、一軒の店先で足を止めた。
『個室あり』
「ここにするか」
バックが小刻み動いている。
いいらしい。
◇
個室へ案内され、料理をいくつか注文する。
やがて卓上が埋まった。
鮭や帆立、イクラが盛られた海鮮丼。
焼き蟹。
大きなじゃがいもにバターを乗せたじゃがバター。
鉄板では、野菜と一緒に羊肉が焼けている。
最後の店員が部屋を出た。
扉が閉まる。
少し待ってから、友丸はバッグを開いた。
「いいぞ」
『みゃあ!』
こはくが勢いよく飛び出した。
一度だけ部屋を飛び回り、すぐに卓上へ視線を向ける。
そして止まった。
蟹を見ている。
「やっぱそれか」
『みゃ』
「待ってろ」
友丸が焼き蟹の殻を外す。
白い身から湯気が立った途端、こはくが少し前へ出た。
「熱いぞ」
ぴたりと止まる。
『みゃ……』
「そんな顔しても冷めるのは早くならん」
こはくは蟹を凝視したまま、空中で待っている。
十分に冷まして小皿へ置く。
「ほら」
『みゃ!』
すぐに飛びついた。
夢中で食べるこはくを横目に、友丸も海鮮丼へ箸を伸ばす。
帆立と飯を一緒に口へ運んだ。
噛めば甘みが広がる。
「……うまいな」
『みゃあ!』
こはくも満足そうだった。
蟹を食べ終えたと思ったら、今度は鉄板へ顔を向ける。
羊肉が焼ける音と匂いに、琥珀色の瞳が釘付けになった。
「お前、まだ食うの?」
『みゃ』
「即答か」
味のついていない肉を一切れ取り分ける。
まだ熱い。
先ほどの蟹で学んだのか、今度のこはくは飛びつかなかった。
小皿の前まで行き、じっと待つ。
「そうそう。それでいい」
『みゃ』
その間に友丸はじゃがバターを口へ運ぶ。
ほくほくしたじゃがいもに、溶けたバターがよく合った。
「北海道っぽくなってきたな」
キャンプも楽しい。
知らない魔物と戦うのも悪くない。
だが、せっかく北海道まで来たのだから、こういう時間も欲しかった。
「もういいぞ」
『みゃ!』
許可が出た瞬間、こはくが肉へ食いついた。
友丸も焼き蟹を一本取る。
すると、こはくが顔を上げた。
視線が蟹へ向く。
「これは俺の」
『みゃ』
「お前、さっき食っただろ」
『みゃあ』
じっと見てくる。
友丸は蟹を見る。
こはくを見る。
もう一度、蟹を見る。
「……半分な」
『みゃあ!』
今日一番元気な返事が個室に響いた。




