北海道旅行
北海道異界
北海道異界、中層。
夕暮れの湖には、茜色の空と遠くの山々が映り込んでいた。
湖を囲むのは深い森。風が吹くたび木々が揺れ、静かな水面に小さな波が広がっていく。
その湖面すれすれを、琥珀色の小さな影が飛んでいた。
『みゃあ!』
水面へ前足を突っ込む。
ぱしゃん、と水が跳ね、魚が逃げる。
『みゃ!?』
「そりゃ逃げるだろ」
湖畔では、友丸がテントを張っていた。
声をかけられた琥珀色の生き物は気にした様子もなく、今度は岸辺の鳥を追いかけ始める。
「遠く行くなよ」
『みゃー!』
返事だけは聞こえてきた。
こうして自由に遊ばせてやることも、北海道異界へ来た理由の一つだった。
アパートでは飛び回れる範囲にも限界がある。
まして昨日、世界中へ姿を晒したばかりだ。地上で好き勝手に飛ばせば、すぐ騒ぎになる。
その点、異界なら多少変わった生き物が飛んでいても珍しくない。
友丸自身も、久しぶりに関東以外の異界へ来たかった。
きっかけは先日のアイドル護衛である。
仕事を終えて数日後、櫻子から北海道旅行券が送られてきた。
八人の所属事務所から、護衛と実戦指導への礼として政府側の冒険者へ贈られたものらしい。
せっかくなので北海道まで来た。
ただし――金はない。
何泊もホテルに泊まり、観光地で美味いものを食べ歩く余裕など当然なかった。
ならば北海道異界でキャンプすればいい。
食料は現地調達。
素材を売れば多少の金にもなる。
琥珀色のこいつも遊ばせられる。
結果、北海道旅行三日目にして、友丸は中層の湖畔でテントを張っていた。
本人はかなり満足している。
「よし」
設営を終え、腰を伸ばす。
その時だった。
『みゃあ!』
湖から飛んでくる。
前足には小さな魚。
友丸の前へ降り立つと、得意げに差し出してきた。
「お、今度は捕まえたのか」
『みゃ』
「やるじゃん」
頭を撫でると、琥珀色の瞳が気持ちよさそうに細くなる。
友丸は魚を受け取った。
「夜飯にするか」
『みゃあ!』
どうやら異論はないらしい。
焚き火を起こし、昼間に仕留めた魔物の肉と一緒に魚を焼く。
香ばしい匂いが漂い始めると、それまで飛び回っていた琥珀色の生き物が焚き火の前から動かなくなった。
「お前のは魚な」
『みゃ』
「肉は俺の」
『みゃ』
視線は肉から動かない。
「……両方食う気だろ」
『みゃあ』
友丸は苦笑した。
湖畔には、他にも冒険者がいた。
数キロメートルほど離れた場所に、五人組がテントを張っている。
ここへ来た時に軽く挨拶を交わした程度で、それ以上の会話はしていない。
中層で野営する冒険者同士なら、そのくらいの距離感で十分だった。
友丸も、彼らが何者なのか特に興味はない。
当然――。
その五人の中に、日本でも有名な冒険者が一人いることも知らなかった。
やがて肉と魚が焼き上がる。
友丸は魚を少し冷ましてから皿へ置いた。
「ほら」
『みゃ!』
琥珀色の身体が飛びつく。
友丸も肉へかぶりついた。
目の前には広大な湖。
遠くには森と山。
携帯も鳴らない。
仕事もない。
明日の予定すら決めていない。
「……旅行って、これでいいんだよな」
『みゃ』
魚を頬張りながら返事が返ってくる。
友丸はもう一本、肉を手に取った。
北海道旅行三日目。
少なくとも今のところは――かなりいい旅行だった。




