ベテラン冒険者
昼食を終えると、一行は午後の撮影へ戻った。
予定はすでに少し押している。
その原因の一端が隣を歩いている男にあることを知っている北田は、撮影場所へ着く前に念を押した。
「坂田さん。午後は全部狩らないでくださいね」
「分かってるよ」
「本当にお願いしますよ」
「八人で倒せそうなのは残すんだろ」
「そうです」
「護衛なのにな」
まだ納得していなかった。
とはいえ、午前中のように進行方向の魔物を片っ端から処理してしまえば、また撮影が止まる。
午後からは友丸も勝手を覚えた。
少し離れた場所に数体の魔物が現れる。
「あれは?」
北田が確認する。
「問題ないでしょう」
「じゃあ通す」
「お願いします」
護衛二人が魔物を見送るという、何とも奇妙な光景だった。
やがて八人も接近に気づいた。
スタッフの合図でカメラが回り、八人がすぐに動く。
友丸は少し離れた場所から、その戦闘を眺めていた。
午前中はろくに見る機会がなかったが、こうして見ると動きは悪くない。
全員がCランクというだけあって、最低限の連携も取れている。芸能活動の片手間に資格だけ取ったような連中ではないらしい。
数分とかからず、最後の一体が倒れた。
「ちゃんとしてるな」
友丸が素直に感心すると、北田が苦笑した。
「だから全員Cランクですって」
「アイドルだから、もっと形だけかと思ってた」
「それ、本人たちの前では言わないでくださいね」
「言わないよ」
撮影スタッフからOKが出る。
戻ってきた八人へ、北田と友丸も簡単に気になったところを伝えた。
もともと基礎はできている。
一から何かを教える必要はなく、実際の戦闘を見て気になった点や、それぞれの癖をいくつか指摘する程度だった。
八人も真剣に耳を傾ける。
そして次の撮影。
「お」
友丸が小さく声を漏らした。
明らかに先ほどより動きがいい。
一度言われただけで、それぞれがきちんと修正している。
「飲み込み早いな」
「普段から八人で活動してますからね。人に合わせるのは得意なのかもしれません」
「なるほど」
戦闘は危なげなく終了した。
周囲で警戒していた事務所側の護衛冒険者たちも、感心した様子で八人を見ている。
そして、その視線は自然と友丸たちにも向いた。
顔合わせの時には、政府側の護衛にCランクが混ざっていることを不思議がっていた者たちだ。
だが今は、少なくとも疑うような目ではない。
八人が戻ってくる。
その中の一人が、とうとう我慢できなくなったように尋ねた。
「坂田さん」
「ん?」
「本当にCランクなんですか?」
友丸は首を傾げた。
「カード見ただろ」
「見ましたけど……」
「じゃあCだよ」
「でも、俺たちの戦い一回見ただけで色々分かってたじゃないですか」
「ああ、それか」
何を不思議がられているのか、ようやく分かった。
友丸にとっては大した話ではない。
「長く異界に潜ってれば、あれくらい分かるようになるぞ」
「そういうものなんですか?」
「ベテランなんてこんなもんだろ」
あまりにも普通に言われ、八人が顔を見合わせる。
そのうち一人が納得したように頷いた。
「確かに……ランクと冒険者歴は別だもんね」
「坂田さん、かなり長いんですか?」
「長い方じゃない?」
友丸自身、数えたこともない。
事務所側の年嵩の護衛冒険者も会話を聞いていたらしく、笑いながら口を挟んだ。
「まあ、長く潜ってる奴ほど妙に勘が利くようになるのは確かだな」
「やっぱり」
八人が納得する。
一人が北田を見る。
「北田さんもそんな感じですか?」
「経験が大事なのは間違いないですよ」
「ほら」
友丸が得意げに言う。
北田は少しだけ黙った。
「……まあ、皆さんが納得したならいいです」
「なんだよ、その言い方」
「何でもありません」
八人が笑う。
どうやら彼らの中で、坂田友丸という冒険者の評価は完全に固まったらしい。
ランクこそC。
だが異界歴が長く、妙に経験豊富なベテラン冒険者。
友丸としても、特に訂正するところはなかった。
午後の撮影はその後も順調に進んだ。
友丸も今度こそ仕事を覚え、八人で対処できそうな魔物には手を出さない。
逆に危険そうなものが近づけば、撮影班へ到達する前に処理する。
途中からは北田と二人、護衛というより魔物の仕分けでもしている気分になってきたが、もう考えないことにした。
何度か戦闘を撮影し、その合間には学生向けの注意事項も収録する。
八人の動きについて気になった点があれば、北田や友丸がその都度少し教えた。
それだけで十分だった。
そして夕方。
「――はい、OKです!」
スタッフの声が響いた。
「以上で、本日の撮影終了です!」
八人から一斉に歓声が上がった。
朝から続いた撮影が、ようやく終わった。
大きな事故もない。
怪我人もいない。
機材の片づけが始まる中、友丸は大きく伸びをした。
「終わった……」
「お疲れさまでした」
北田が笑う。
「じゃあ帰る」
「まだです」
「なんで?」
「ゲートまで送り届けます」
友丸の肩が落ちた。
「もう大丈夫だろ」
「護衛の仕事を途中で終わらせないでください」
「面倒くさいな……」
そんな二人のところへ、八人が揃ってやってきた。
「坂田さん、北田さん。今日はありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
揃って頭を下げられ、友丸も軽く手を上げる。
「お疲れ」
「色々教えてもらえて助かりました」
「俺はちょっと口出しただけだよ」
「午前中に五十体くらい狩った人の台詞じゃないですよ」
北田が余計なことを言った。
「え?」
八人の動きが止まる。
「五十体?」
「……坂田さんが?」
友丸は北田を睨んだ。
「言う必要あった?」
「別に隠してないでしょう」
「まあ、そうだけど」
「一人で五十体……」
「浅層だぞ」
友丸は何でもないように言った。
八人はしばらく顔を見合わせ――やがて一人が「ああ」と納得する。
「ベテランですもんね」
「そうそう」
友丸も頷いた。
「なるほど」
「長くやってると違うんだな……」
他のメンバーまで納得していく。
北田だけが、何とも言えない顔になっていた。
それから一行は一区を抜け、東京ゲートへ戻った。
八人を事務所側へ引き渡したところで、ようやく友丸たちの仕事も終わる。
「今度こそ帰っていい?」
「はい。お疲れさまでした」
「長かった……」
友丸が歩き出そうとしたところで、北田の携帯が震えた。
画面を確認した北田が、「ああ」と小さく声を漏らす。
「坂田さん」
「まだ何かあるの?」
「いえ。例のストーカーです」
友丸は数秒考えた。
朝、櫻子から聞かされた話を思い出す。
「ああ、そんなのいたな」
「忘れてたんですか?」
「今日一回も見なかったし」
北田は苦笑した。
「撮影中、一区まで来てたみたいですよ」
「へえ」
「事務所側の護衛が気づいて確保したそうです。そのまま警察へ連れていったと」
「そうなんだ」
それで終わった。
友丸は特に驚きもしない。
むしろ少し考えてから、首を傾げた。
「じゃあ俺、本当に何もしてないな」
北田が友丸を見る。
「五十体狩っておいて何言ってるんですか」
「でもストーカーはそっちが捕まえただろ」
「それでいいんですよ」
「そういうもん?」
「護衛なんて、何も起きずに終わるのが一番です」
それならそういうものなのだろう。
友丸は深く考えず、片手を上げた。
「じゃあな」
「はい。お疲れさまでした」
今度こそ仕事は終わった。
結局、八人は最後まで知らなかった。
今日一日、自分たちの周囲を歩いていたベテランCランク冒険者が――昼休みに散々正体を考察していた『撮影者さん』本人だったことを。




