客観視で観よう
午前の撮影を終え、一行は昼休憩のため一区へ。
東京異界最大の冒険者街だけあって、昼時の大通りは混雑している。
武器を背負った冒険者、買い取り店へ素材を運ぶ者、配信機材を抱えた若者。外国人の姿も珍しくない。
その中を人気アイドル八人が歩けば、当然目立った。
「あっ」
「いる!」
「今日、異界で撮影って本当だったんだ!」
あちこちから声が上がり、携帯が向けられる。
八人は慣れたものだった。
歩きながら手を振り、声をかけられれば笑顔を返す。
、
友丸は少し離れた後ろから眺めていた。
「大変だな」
「坂田さんには絶対無理ですね」
隣の北田に言われた。
「俺もそう思う」
そこだけは意見が一致した。
昼食は一区にある定食屋だった。
二十人近い人数がまとめて入れるよう、事務所が事前に席を押さえている。
店へ入ったところで、事務所スタッフの一人が残念そうに言った。
「本当は絢香さんのお店を取りたかったんですけどね」
何気なく聞いていた友丸が顔を上げる。
「予約取れなかったんですか?」
アイドルの一人が聞いた。
「全然。問い合わせた時点でもう埋まってたよ」
「行きたかったー」
「私も」
何人かが口々に残念がる。
友丸だけが首を傾げた。
そこまでして行く店なのだろうか。
飯は美味い。
それは知っている。
だが、予約を取って大人数で押しかけるような店という認識はなかった。
席につくと、北田が隣から小声で話しかけてきた。
「坂田さん」
「ん?」
「最近、絢香ちゃんの店行ってます?」
「最近はあんまり」
「そうなんですか?」
「先月までは毎日行ってたけど」
北田が止まった。
「……毎日?」
「先月まで無料だったから」
理由を聞いた北田が、何とも言えない顔になる。
「相変わらずですね……」
「無料なら行くだろ」
「普通は毎日行きませんよ」
「美味いし」
「それは知ってますけど」
注文した定食が運ばれてくる。
八人に加えて事務所スタッフ、護衛冒険者たちもいるため、いくつかのテーブルに分かれての昼食になった。
撮影中とは違い、空気も随分と緩い。
そして話題は、行けなかった店から自然にその店の主人へ。
そこから――最近、世界中で名前を聞く人物へと移っていった。
「絢香さんって、撮影者さんと昔から知り合いなんだよね?」
女性メンバーの一人が言った。
「らしいね。かなり前からの知り合いって掲示板で見た」
友丸の箸が止まった。
「掲示板?」
思わず聞くと、向かいの青年が驚いた顔をした。
「見ないんですか?」
「見ない」
「撮影者さんの専用スレ、めちゃくちゃありますよ」
「専用?」
初耳だった。
友丸が隣を見る。
北田は黙々と飯を食べている。
「何?」
「いえ、何も」
微妙に目を合わせようとしない。
その間にも話は進んでいく。
「撮影者さん、絢香さんのお兄さんとも知り合いらしいよ」
「それ確定?」
「たぶん。前の配信からかなり検証されてた」
「政府関係者とも繋がりあるよね?」
「あるでしょ。じゃなきゃ海外から政府に来た注意喚起の話なんて回ってこないって」
「政府の人だったりして」
「それはないんじゃない?」
友丸は味噌汁を飲みながら聞いていた。
自分の話なのに、妙に新鮮だった。
普段、掲示板どころかSNSすらほとんど見ない。
世間で自分がどう扱われているのかなど知る機会もなかった。
「元自衛官説もあるよ」
「海外の特殊部隊にいたって話もなかった?」
友丸が味噌汁の椀を置いた。
「なんで海外まで行ったんだ?」
「戦い方が普通の冒険者っぽくないからですよ」
「へえ」
本人が感心する。
北田が横で顔を伏せた。
肩が僅かに揺れていた。
「北田」
「はい」
「笑ってる?」
「笑ってません」
絶対に笑っている。
「でも一番多いのは、やっぱり隠れSランク説じゃない?」
「世界ランキング級って言ってる人もいるよ」
「ユリアさんには純粋な戦闘力では勝てないって言ってたじゃん」
「世界十位を引き合いに出す相手じゃないもんね」
友丸は黙って唐揚げを一つ口へ放り込んだ。
話が大きくなりすぎている。
「坂田さんはどう思います?」
突然話を振られた。
「何が?」
「撮影者さん。本当にSランクだと思います?」
少し考える。
「Cじゃない?」
一瞬、テーブルが静かになった。
すぐに笑いが起きる。
「いやいや!」
「それはないでしょ!」
「Cで氷竜倒せたらランク制度崩壊しますって!」
友丸は何も言えなかった。
カード上は本当にCなのだが。
北田はもうこちらを見ようともしない。
「この前の配信も凄かったですよね」
話題が変わった。
今度は八人全員の食いつきが明らかに違った。
「琥珀猫!」
「あれ反則でしょ」
「お腹見せるところ何回見たか分かんない」
「最後、闇魔法使ってたよな」
「結局、何の魔物なの?」
友丸も知りたい。
それを聞くために先日配信したのだ。
「琥珀猫って名前なのか?」
友丸が尋ねると、女性メンバーが首を振った。
「違いますよ。視聴者が勝手に呼び始めただけです」
「勝手につけたのか」
「でも、もう世界中で琥珀猫ですよ」
「へえ……」
これも知らなかった。
「坂田さん、昨日の配信見てないんですか?」
「少しは見た」
「じゃあ、この子見ましたよね?」
女性メンバーがスマホを取り出した。
画面には見覚えしかない映像が流れている。
友丸の手のひらで腹を見せ、指を抱え込んでいる琥珀色の小さな生き物。
昨日の切り抜きだった。
「見てください、ここ!」
「……うん」
「めちゃくちゃ可愛くないですか?」
「まあ、可愛いな」
毎日触っている。
「私、一回でいいから会いたいんですよ」
「俺も」
「触らせてくれるかな」
「撮影者さん、どこで飼ってるんだろ」
友丸は黙って飯を食べた。
言えるわけがない。
下町の古いアパートで、今頃一匹で留守番している。
「それにしても、本当に何者なんだろうな、撮影者さん」
誰かが呟いた。
「絢香さんと昔から知り合いで」
「世界十位のユリアさんとも知り合い」
「政府とも繋がってて」
「深層を普通に歩いて」
「正体不明の魔物飼ってる」
八人が揃って考え込む。
その中心で。
本人だけが、黙々と焼き魚を食べていた。
「……すごい人だな」
友丸が何となく呟く。
北田が盛大にむせた。
「大丈夫か?」
「……大丈夫です」
水を飲みながら、北田は友丸を見た。
何とも言えない顔だった。
友丸には、なぜそんな顔をされるのか分からなかった。




