護衛の難しさ
顔合わせが済むと、政府の担当者から今回の護衛について簡単な説明があった。
撮影場所は東京異界の浅層。
事務所が雇った冒険者が八人の近くにつき、政府側の冒険者はその外側を警戒する。
ストーカーについては警察も動いており、異界内で不審者を発見しても勝手に拘束せず、まず担当者へ報告すること。
説明されたのは、その程度だった。
「すみません。スケジュールが押しているので、細かい確認は移動しながらお願いします」
事務所スタッフの一言で、慌ただしく全員が席を立った。
友丸も最後に立ち上がる。
「芸能人って大変だな」
「これでも今日は余裕ある方ですよ」
近くにいたスタッフに言われ、友丸は何とも言えない顔をした。
会議室を出て、そのまま東京ゲートへ向かう。
複合施設内は今日も冒険者や観光客で混雑していたが、八人が姿を見せると、空気が目に見えて変わった。
「あっ」
「いる!」
「本物だ!」
あちこちで携帯が持ち上がる。
通行の邪魔にならないよう距離は取っているものの、八人へ向けられるカメラは一つや二つではない。
どうやら友丸が思っていた以上に有名らしい。
それでも八人は慣れたものだった。
名前を呼ばれれば手を振り、カメラを向けられれば笑顔を返す。
途中、若い女性たちの集団から歓声が上がると、八人が揃って足を止めた。
「せーの!」
声を合わせ、全員で決めポーズ。
一斉にシャッター音が鳴った。
「おお……」
少し後ろを歩いていた友丸が感心する。
「急に揃うんだな」
隣を歩く北田が笑った。
「そこに感心します?」
「八人もいるのに綺麗に揃ってたぞ」
「アイドルですから」
「なるほど」
よく分からない納得をしながら、友丸もそのまま歩く。
もっとも、八人が有名人なのは悪いことばかりではなかった。
周囲から常に見られている。
携帯を向ける者も多い。
そのため事務所側のスタッフや護衛も、人の動きをかなり注意深く見ていた。
やがて一行はゲートを通過し、東京異界へ入った。
今日の撮影場所は浅層。
友丸にとっては、普段ならほとんど足を止めることもない区域である。
撮影が始まると、八人は中央へ集まった。
カメラの前に立つと、先ほどまでの雑談混じりの雰囲気が一変する。
『今日は東京異界から、これから冒険者を目指す皆さんに向けて――』
配信の中心となるのは、異界で守るべき基本的なマナーだった。
決められた道を不用意に外れない。
他の冒険者の戦闘へ勝手に割り込まない。
魔物を見つけても、自分たちの実力で対処できるかを先に判断する。
ゴミを放置しない。
採取区域や立入制限を守る。
八人全員が冒険者資格を持っていることもあり、ただ台本を読み上げるだけではない。
自分たちの経験も交えながら、時折笑いを挟んで進めていく。
その中央を囲むように、事務所が雇った冒険者たち。
さらに距離を取り、その外側を政府側の冒険者が歩く。
かなり厚い警備だった。
その一番外側を歩いていた友丸は、しばらく撮影の様子を眺めていたが――。
「坂田さん」
北田が近づいてきた。
「ん?」
「自分たちはこの辺りを見ていますから、坂田さんは自由に動いてください」
「自由に?」
「はい」
北田は周囲へ目を向ける。
浅層とはいえ、ここは異界だ。
撮影班以外の冒険者もいる。
当然、魔物もいる。
「何か危険があれば、先に処理してもらって構いません」
「護衛じゃなくなってないか?」
「近くは事務所側が固めてますし、こっちも人数はいますから」
北田は平然と言った。
「それに、坂田さんはその方がやりやすいでしょう?」
友丸は少し考えた。
確かに、八人のすぐ近くを歩き続けるよりは楽だった。
「分かった」
「お願いします」
それだけ答えると、友丸は一行から少し距離を取った。
配信カメラの外へ。
歓声からも離れ、浅層の森へ視線を巡らせながら、ゆっくりと歩いていく。
背後では八人が笑顔で配信を続けている。
そのさらに外側で――。
友丸だけが、撮影とはまるで関係のない方向を見ていた。
撮影は順調だった。
八人は浅層を歩きながら、カメラへ向けて異界のマナーを紹介していく。
全員Cランクだけあって、その辺りの説明もしっかりしている。
問題が起きたのは、次の撮影だった。
「……魔物、出ませんね」
事務所スタッフが困った顔で周囲を見回した。
次は八人の戦闘シーンを撮る予定なのだが、肝心の魔物が一匹も現れない。
「もう三十分くらい歩いてますよね?」
「浅層でも、ここまで出ないのは珍しいですね」
事務所側の護衛も首を傾げる。
「スケジュール押してるんだけどな……」
その言葉を聞いた北田が、ふと政府側の護衛を見回した。
一人いない。
「…………」
嫌な予感がした。
「少し外します」
北田は撮影班を離れた。
数分後。
友丸は少し離れた場所で水を飲んでいた。
「坂田さん」
「ん?」
「魔物、見ました?」
「見たよ」
「……倒しました?」
「うん」
やっぱり。
北田は恐る恐る尋ねた。
「何匹くらい?」
友丸が少し考える。
「五十くらい」
「五十!?」
思わず声が裏返った。
「多分な。数えてない」
「そんなにいたんですか!?」
「いたよ。こっちに来そうなのが」
友丸は撮影班の方を指した。
「全部狩っといた」
「…………」
魔物が一匹も出ないわけである。
北田は額を押さえた。
「坂田さん」
「何?」
「このあと、アイドルの戦闘シーンを撮るんです」
「へえ」
「魔物がいなくて困ってます」
「…………」
友丸が止まった。
数秒して、撮影班を見る。
「俺のせい?」
「護衛としては百点です」
「じゃあいいだろ」
「撮影としては零点です」
「知らんよ」
正論だった。
北田も自分で「危険があれば自由に処理してください」と言った手前、文句は言えない。
「次から、弱いのは通してもらえません?」
「俺、護衛なんだけど」
「お願いします」
「変な仕事だな……」
その時、友丸が横を向いた。
茂みの向こうを、一匹の魔物が歩いている。
進行方向は撮影班。
友丸が動こうとする。
「坂田さん」
北田が止めた。
「……あれは?」
「行かせましょう」
「いいの?」
「ちょうどいいです」
二人は並んで魔物を見送った。
数秒後。
遠くからスタッフの声が響く。
「魔物来ました! 戦闘撮影入ります!」
北田がほっと息を吐く。
隣で友丸がぼそりと呟いた。
「護衛って難しいな」
「今回は特殊なんです」
北田はそういうことにしておいた。




