Aランク三浦の頼み
三時間に及ぶ更新時講習を終え、友丸が一階の窓口へ戻った頃には、昼を大きく回っていた。
受講済みの用紙と古い冒険者カードを提出し、代わりに新しいカードを受け取る。見た目は以前とほとんど変わらないが、内部規格や緊急時の情報連携などはかなり更新されているらしい。
「次回は、更新案内をきちんと確認してくださいね」
「はい」
「今回は期限当日でしたからね」
「気をつけます」
受付職員から念を押され、友丸は新しいカードを財布へしまった。
これでようやく終わりだ。
三時間座っていただけなのに妙に疲れた。昨日換金し忘れた素材もまだバッグに入ったままだし、先にそれを売って、何か食べて帰ろう。
そう考えながらロビーを歩いていると、横から聞き慣れた声が飛んできた。
「友丸?」
振り向くと、探索装備を身につけた男がこちらへ歩いてきていた。
短く整えられた髪に、腰には使い込まれた片手剣。友丸とは対照的に装備の手入れも行き届いている。
Aランク冒険者、三浦。
友丸とは十年来の付き合いになる男だった。
「三浦。久しぶり」
「三か月ぶりくらいか? 相変わらずすげえ頭だな」
「そう?」
「そろそろ切れよ。目まで隠れてるぞ」
「見えてるから大丈夫」
「十年前から言ってるな、それ」
三浦は笑いながら友丸の手元を見る。
「カード更新か?」
「うん。ついでに三時間も講習受けてきた」
「ああ、C以下の更新講習か」
友丸が足を止めた。
「知ってたの?」
「そりゃ知ってるだろ」
「教えてくれればよかったのに」
「通知来てただろ」
「来てたみたい」
「読めよ」
受付でも同じことを言われた。
三浦は呆れたように笑い、そのまま友丸と並んで歩き出す。
「で、これから潜るのか?」
「いや。素材売って飯食って帰る」
「相変わらずだな。最近潜ったのは?」
「昨日」
「じゃあ珍しく金持ってるな」
「まだ換金してない」
「なんでだよ」
「忘れた」
「お前、本当に変わらんな……」
そんな話をしていたところで、三浦の端末が鳴った。
画面を確認した三浦の表情が変わる。
「悪い」
少し離れて通話へ出る。
友丸はその間に近くの飲食店案内を眺めていた。
ラーメン。
定食。
蕎麦。
昨日の素材を換金すれば、今日は少しくらい高いものを食べてもいい。
焼肉も悪くない。
「友丸」
「焼肉?」
「何の話だ」
通話を終えた三浦が戻ってきた。
「ちょっと頼みがある」
「嫌だよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「三浦がそういう顔してる時、大体面倒な話だから」
長年付き合っていれば、それくらいは分かる。
三浦が苦笑して、ロビーの一角を指した。
管理局職員らしい女性と、探索装備を身につけた若い男女四人が待っている。
「今日、新人の実地研修を頼まれてる」
「頑張って」
「今、中層で救援要請が入った。企業の調査班だ。近くにいるAランクにも応援要請が来てる」
「じゃあ早く行った方がいいんじゃない?」
「だから代わってくれ」
友丸は若者たちを見る。
見るからに新品の装備。
緊張した顔。
そして再び三浦を見る。
「嫌だよ」
「入口から数キロ圏内だけだ。管理局の担当者も一緒に行く。新人に素材採取と魔物との戦闘を経験させて、夕方には戻る」
「俺、人に教えるの向いてないよ」
「知ってる」
「じゃあ他の人に頼めば?」
「今すぐ捕まる奴がいないんだよ」
三浦が時計を見る。
救援要請が入っている以上、あまり時間をかけてはいられない。
「飯奢る」
「……何でも?」
「何でも」
「酒も?」
「つける」
友丸は少し考えた。
どうせ今日はもう予定がない。
それに昨日の家賃もまだ払っていない。
自分の金で飲むよりはいい。
「分かった」
「本当に飯で動くよな、お前」
「大事だよ」
「まあいい。助かった」
二人が若者たちのところへ向かうと、待っていた女性職員がすぐ三浦へ歩み寄った。
「三浦さん、救援要請が入ったと聞きました」
「ああ。すぐ向かう。悪いけど、今日の研修はこいつに代わってもらう」
三浦が友丸の肩を軽く叩く。
「坂田友丸。冒険者歴は長い」
「坂田です。よろしくお願いします」
友丸が頭を下げる。
女性職員も会釈を返し、手元の端末へ名前を入力した。
すぐに登録情報が表示される。
その目が一箇所で止まった。
「……Cランクですか?」
「はい」
四人の新人にも聞こえたらしい。
僅かに表情が変わった。
無理もない。
本来同行する予定だったのはAランク冒険者。
その代わりに現れたのが、ボサボサの髪に古びたジャケット姿のCランクである。
女性職員も判断に迷っている。
「三浦さん。実地研修ですので、同行者についてはこちらでも安全面を確認する必要があります」
「分かってる。予定は浅層だけだろ?」
「入口から五キロ圏内です」
「なら問題ない」
三浦の返答に迷いはなかった。
「俺が推薦するよ」
Aランク冒険者の推薦。
その一言で、女性職員もそれ以上は言わなかった。
「……分かりました。私も同行しますので、予定ルートから外れないことを条件にお願いします」
「ありがとう」
三浦はすぐ友丸を見る。
「じゃ、頼んだ」
「飯」
「忘れねえよ」
「酒も」
「分かったって」
三浦は呆れながら手を振り、そのまま足早にロビーを出ていった。
残された友丸へ、四人の新人の視線が集まる。
期待というより、不安の方が強い。
友丸もそれは分かっていた。
Aランクが来ると思っていたところにCランクが現れれば、そうなるだろう。
「えっと……坂田友丸です」
改めて名乗る。
「今日は三浦の代わりに一緒に行きます。俺もCなんで、そんな大したことは教えられないと思うけど」
女性職員が横から友丸を見る。
「坂田さん。三浦さんから推薦された方なんですから、そこはもう少し自信を持っていただいて……」
「いや、本当に教えたことないんで」
新人たちの不安が少し増した気がした。
女性職員は小さく息を吐き、気を取り直すように四人へ向き直る。
「予定に変更はありますが、研修内容は変わりません。入口から五キロ圏内での移動、素材採取、低危険度魔物との実戦を行います。危険と判断した場合は私か坂田さんの指示を最優先してください」
四人が頷く。
「では行きましょう」
一行は東京異界へ続くゲートへ向かった。
自動改札に冒険者カードをかざす。
友丸の新しいカードも、短い電子音とともに問題なく認証された。
開いたゲートの向こうには、巨大な木々が連なる異界の森が広がっている。
四人の新人の表情が引き締まった。
友丸は使い慣れた小太刀の位置だけ確認すると、その後ろからのんびり歩き出す。
今日は浅層を少し歩くだけ。




