謎の生き物世界に知らせる
「今日聞きたいの、魔物のことなんだけど」
友丸はそう言って、近くの岩へ腰を下ろした。
視聴者はまだ増えている。
本物か偽物か。
そんな議論も続いているが、友丸にとってはどうでもいい。日本だけでなく海外からも人が来ているなら、その中に一人くらい知っている者がいるだろう。
「その前に飯食っていい?」
《なんでだよ》
《聞いてから食えw》
「朝から何も食ってないんだよ」
バッグを引き寄せた、そのときだった。
首の後ろでもぞりと何かが動いた。
友丸が手を止める。
また動く。
《ん?》
《フード動いたぞ》
《何かいる?》
「ああ」
友丸は思い出したようにフードへ手を入れた。
「聞きたいのはこいつ」
そのまま片手を引き抜く。
手のひらの上に、小さな生き物が乗っていた。
猫。
一見すれば、そうとしか見えない。
丸い耳に、大きな瞳。手のひらへ収まってしまうほど小さな身体を覆うのは、艶のある琥珀色の毛。
いきなり明るい場所へ出されたせいか、眠そうに目を細めていた。
コメント欄が止まった。
一秒。
二秒。
そして――。
《かわいいいいいい!!》
《なにそれ!?》
《猫!?》
《ちっさ!》
《待って撮影者さんのフードに入ってたの?》
さっきまで本物だ偽物だと騒いでいた連中はどこへ行ったのか。
画面が一瞬で『かわいい』に埋め尽くされた。
「起こしたか?」
友丸は気にせず、人差し指で小さな頭を撫でた。
琥珀色の生き物は目を閉じる。
耳の間から後頭部へ。
二度、三度と撫でてやると、自分から友丸の指へ頭を擦りつけてきた。
「ここ好きなんだよ」
《もっと映して》
《カメラ近づけて!》
《顔見せて!》
「近く?」
友丸は素直にカメラへ近づけた。
画面いっぱいに琥珀色の顔が映る。
小さな鼻。
丸い瞳。
しばらくカメラを不思議そうに見ていたそいつは、やがて興味をなくしたのか、友丸の手の上でころりと転がった。
腹を上にする。
「お前、それ好きだな」
指先で腹を撫でる。
小さな前足が友丸の指を抱えた。
後ろ足まで伸びる。
完全に無防備だった。
《ああああああ》
《お腹!》
《反則だろ》
《撮影者さん代われ》
「嫌だよ」
即答だった。
《そこは即答するんだw》
《めちゃくちゃ気に入ってるじゃねえか》
「かわいいからな」
猫の仮面の裏で友丸は真顔で言った。
そのまましばらく腹を撫でる。
琥珀色の生き物は満足そうに目を閉じ、されるがままになっていた。
その間にも視聴者数は伸びていたが、友丸は見ていない。
「さて」
ようやく小さな生き物を膝へ下ろし、バッグへ手を入れる。
取り出したのは、丸い曲げわっぱだった。
《弁当?》
「昼飯」
膝の上で琥珀色の耳が動いた。
友丸は気づかず蓋を開ける。
白飯。
焼き魚。
卵焼き。
煮物に青菜。
漬物まで添えられ、隙間なく、それでいて窮屈に見えないよう綺麗に詰められている。
配信の話題が、また変わった。
《うまそう》
《誰が作った?》
《絢香さん?》
《まさか彼女?》
「俺」
流れていたコメントが一瞬だけ遅くなった。
「朝作った」
《嘘つけ》
《撮影者さん料理できるの?》
《普通に店の弁当だと思った》
「これくらい普通だろ」
箸を取り出しながら答える。
「一人暮らしなら皆できる」
《できねえよ》
《一人暮らしを何だと思ってる》
《盛り付けまで綺麗なの腹立つw》
「そうか?」
本気で不思議そうに首を傾げる。
その膝の上で。
すん。
小さな音がした。
すん、すん。
琥珀色の生き物が鼻を鳴らしている。
友丸が下を見る。
視線は一直線に焼き魚へ向いていた。
「駄目」
すんすん。
「お前は食っただろ」
小さな顔が上がった。
友丸を見る。
それから焼き魚を見る。
「駄目だからな」
友丸は念を押して、曲げわっぱを左手へ持った。
箸で卵焼きを取る。
その瞬間。
琥珀色の身体が、ふわりと浮いた。
友丸の膝から離れる。
十センチ。
二十センチ。
そのまま、ゆっくりと空中を進んだ。
羽はない。
何かを蹴った様子もない。
ただ浮かび、そのまま友丸が手に持っている曲げわっぱへ近づいていく。
コメント欄から、さっきまでの勢いが消えた。
《……え?》
《今》
《浮いてない?》
友丸は卵焼きを口へ入れながら、それを見ていた。
「おい」
琥珀色の生き物は止まらない。
空中を漂い、曲げわっぱへ到着。
小さな前足を縁へかける。
そして。
ぱくり。
焼き魚へ食いついた。
「あ」
《飛んだあああああ!?》
《猫じゃねえ!!》
《羽ないぞ!?》
《何だよこいつ!?》
《撮影者さん驚けよ!!》
友丸は焼き魚と、そこへ食いついている琥珀色の生き物を交互に見る。
少し考えた。
「……それ、俺の鮭なんだけど」
《そこじゃねえよ!!》
今日一番の勢いで、世界中から突っ込まれた。




