撮影者さんの強さの基準
「ちょっと前にな。あるところで魔物と戦ったんだよ」
友丸は弁当を食べながら、何でもないことのように続けた。
「そいつを倒したら身体が消えて、卵だけ残った」
《卵?》
《魔物から?》
《そんなの聞いたことない》
「俺も初めて見た。で、持って帰ったらこいつが生まれた」
膝の上では、その『こいつ』がまだ弁当を狙っている。
友丸が曲げわっぱを右へずらす。
琥珀色の顔も右へ。
左へずらせば、今度は左へ。
視線だけは焼き魚から一度も外れない。
「お前、人の話聞いてる?」
「みゃ」
《かわいい》
《絶対聞いてないw》
《それより元の魔物は?》
《強かった?》
流れてきた質問に、友丸は箸を止めた。
「ああ」
少しだけ考える。
「死にかけた」
コメント欄の流れが鈍った。
ほんの一瞬だった。
《は?》
《誰が?》
《撮影者さんが?》
《いや待て》
《撮影者さん本人とは決まってないぞ》
《それより死にかけたって何だよ》
本物か偽物か。
配信開始から続いていた議論へ、いきなり別の燃料が投げ込まれた。
友丸は気にせず煮物を口へ運ぶ。
「そりゃ俺も死にかけることくらいあるだろ」
《あるの!?》
《氷竜をホームセンターのナイフで倒した奴が!?》
《だから本人とは決まってないってw》
《もう訳分からん》
友丸は流れていくコメントを眺めた。
強さを説明しろと言われても困る。
魔物の種類も分からない。ランクも知らない。
なら、比較できる相手を出した方が早い。
「純粋な戦闘力なら、ユリアが上だぞ」
コメント欄が止まった。
そして、爆発した。
《マジで?》
《比較対象間違えてるだろ》
《相手は世界10位だぞ!?》
《ユリアより弱いって何の安心材料にもならねえよ!》
《基準がおかしいw》
友丸としては、かなり分かりやすく説明したつもりだった。
ユリアなら世界中の人間が知っている。
実際に何度も戦う姿を見ているし、比較対象としてこれ以上分かりやすい相手もいない。
「いや、純粋な戦闘力の話な。速さとか力とか、そういうの全部含めたらユリアの方が――」
その途中。
凄まじい勢いで流れるコメント欄に、見覚えのある名前が現れた。
《ユリア:当然》
一瞬。
画面が止まったように見えた。
直後、コメント欄が弾け飛ぶ。
《本人!?》
《ユリア!?》
《公式アカウントだ!!》
《当然って言ったぞ!?》
《世界10位本人が当然って言ってるんだけど!?》
《どういう基準で会話してんだよこいつら!》
友丸もようやく気づいた。
「あ、いたのか」
《ユリア:最初からいる》
「暇なの?」
《ユリア:仕事中》
「仕事しろよ」
すぐに返事が来た。
《ユリア:休憩中!》
《世界10位に仕事しろって言ったw》
《距離感どうなってんだ》
《やっぱ知り合いなのか?》
《これもう本人だろ》
《いや、まだ分からん》
ユリアが現れたことで、本物か偽物かの議論まで再燃している。
世界中で数千万人が好き勝手に推理を始めていたが、友丸には割とどうでもよかった。
自分が誰なのかを証明するために配信を始めたわけではない。
知りたいのは別のことだ。
「そうだ。ユリア」
《ユリア:なに?》
友丸は膝の上を指差した。
「こいつ知らない?」
返事を待つ。
数秒。
《ユリア:知らない》
「お前もか」
世界中を回っているユリアなら、あるいはと思ったのだが。
これで手掛かりはなくなった。
友丸は小さく息を吐き、残っていた卵焼きへ箸を伸ばす。
そのときだった。
箸が空を切った。
「……ん?」
ない。
さっきまであったはずの卵焼きがない。
嫌な予感がして、横を見る。
琥珀色の小さな身体が、ふわりと宙に浮いていた。
口には黄色いものを咥えている。
友丸と目が合った。
もぐ。
「お前……」
もぐもぐ。
「それ最後の一個だったんだけど」
ごくん。
《wwwww》
《やられたw》
《完全に狙われてたじゃねえか》
《世界10位と話してる間に盗まれてるw》
「返せ」
「みゃ」
「もう食っただろ」
手を伸ばす。
すると琥珀色の生き物は、するりと後ろへ下がった。
空中で。
まるでそこに足場でもあるかのように、ふわふわと友丸の手から逃げていく。
右へ手を伸ばせば左へ。
左から捕まえようとすれば上へ。
「お前な……」
《遊ばれてるw》
《速いぞこいつ》
《撮影者さん頑張れ》
やがて琥珀色の生き物は満足したのか、友丸の頭上で止まった。
そして。
「げふっ」
小さな口から、可愛らしさの欠片もない音が出た。
コメント欄が一瞬止まる。
《ゲップしたw》
《おっさんかよ》
《かわいいから許す》
「食いすぎなんだよ」
呆れながら見上げた友丸が――ふと目を細めた。
琥珀色の身体の周囲。
よく見れば、わずかに空間が揺らいでいる。
黒い靄のようなものが小さな足元へ集まり、浮いた身体を包んでは消えていた。
友丸はしばらくそれを見つめる。
「…………」
《どうした?》
《何か見つけた?》
友丸は箸を置いた。
そのまま琥珀色の生き物へ顔を近づける。
黒い靄が、また一瞬だけ揺れた。
見間違いではない。
「お前、これ……」
琥珀色の生き物が首を傾げる。
「闇魔法じゃない?」
《闇――》
《は?》
《闇魔法!?》
《知らなかったのかーい!!》




