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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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取りあえず視聴者数


翌日。


東京異界の深層。


友丸は人気のない岩場で、近藤から貰った機材を地面へ並べていた。


家から配信するな。窓の外を映すな。近所の音にも気をつけろ。普段着も避けろ。髪も隠せ。


昨日、散々言われた身バレ対策は一応守っている。


頭から深くフードを被り、髪は完全に隠した。


そして顔には、近藤から最後に渡された白い猫のお面。


――配信するなら、今まで使っていたお面も変えた方がいい。


そこまでは分かる。


ただ、なぜ猫なのか。


聞いたら「かわいいから」と返されたので、それ以上聞くのはやめた。


「……これでいいのか?」


近藤に教えられた通りに機材を操作し、配信画面を開く。


タイトルは少し考えてから決めた。


『撮影者です。聞きたいことがあります』


それだけ。


配信開始。


しばらく待つ。


一人。


三人。


十人。


「映ってる?」


《誰?》


《猫?》


《撮影者?》


《また偽物か》


《何人目だよ》


予想通りというべきか。


友丸はそれほど驚かなかった。


世界中で『撮影者さん』の真似をする冒険者が増えている。


スーツに小型ナイフという格好だけなら、まだいい。


少し前には撮影者さんを名乗って深層へ入り、魔物に追い回された挙げ句、救助要請を出した冒険者までいた。


翌朝のニュースでは、日本政府からこっぴどく怒られたと報道されていた。


《声は似てる》


《今どき声なんてAIでどうにでもなる》


《リアルタイムで変えられるしな》


「そうなんだよな」


《本人が納得するなw》


猫のお面の奥で、友丸は苦笑した。


本人だと証明する方法など考えていない。


そもそも今日は、自分が本物だと世界へ認めさせるために配信を始めたわけではなかった。


聞きたいことがある。


そのために、できるだけ多くの人間を集めたいだけだ。


《そこどこ?》


《異界?》


《東京異界っぽくない》


「東京異界だよ」


《何区?》


「深層」


コメントの流れが変わった。


《はいはい》


《盛ったな》


《偽物がいきなり深層w》


《でも背景見たことないぞ》


《岩の色が浅層と違う》


友丸は周囲を見回した。


せっかく深層まで来たのだ。


何か見せた方が、人も集まりやすいかもしれない。


「ちょっと歩くか」


小型カメラを手に取り、岩場を進む。


映像は歩いているとは思えないほど安定していた。


足元の悪い岩場を越え、ときには数メートル下へ飛び降りる。それでもカメラは大きく揺れず、進行方向の景色を滑るように映し続ける。


《撮影うま》


《全然ブレないな》


《真似するなら撮影まで練習したのかよ》


《ちょっと本物っぽい》


《最近ガチ勢いるからまだ分からん》


そんなコメントが流れ始めた頃。


友丸が足を止めた。


「ちょうどいいのいるな」


カメラが岩場の先へ向く。


そこにいたのは、二本足で立つ大型の魔物だった。


人間より一回り以上大きな身体。


全身を覆う鮮やかな赤い鱗。


太い腕の先には鋭い爪があるが、武器は持っていない。


「赤のリザードマン」


友丸は少し距離を残したまま、頭から足まで分かるようにカメラを動かした。


「深層にいる魔物。見た目通り、近接も結構強い」


《でか》


《初めて見た》


《そんな近くで撮って大丈夫?》


《もう気づかれてない?》


赤のリザードマンがこちらを見た。


低い唸り声を上げる。


友丸は逃げるでもなく、背負っていた剣を抜いた。


《戦う?》


《1000円ナイフじゃないんだ》


ところが構えない。


そのまま剣を放った。


地面を滑った剣が、赤のリザードマンの足元で止まる。


《???》


《何してんの》


《武器あげたぞ》


「こいつ、剣を渡すと使うんだよ」


赤のリザードマンが足元へ視線を落とした。


剣を拾う。


片手で握り、刃を友丸へ向けた。


腰を落とす。


ただ持っているだけではない。


明らかに扱い方を知っている構えだった。


《え》


《普通に構えた》


《剣使えるの?》


《思ったより知能高くない?》


「結構うまいよ」


友丸が横へ動く。


赤のリザードマンも、それに合わせて身体の向きを変えた。


剣先は友丸から外れない。


「ただ、剣だけ見てると危ない」


言った直後だった。


空いている左手の周囲に、水が集まる。


「こいつ、水の魔法も使うから」


圧縮された水が放たれた。


友丸が身体をずらす。


その横を水塊が通過し、背後の岩壁へ直撃した。


轟音が響く。


岩片が弾け飛び、粉塵が舞った。


カメラがすぐさま背後へ向く。


岩壁の一部が、大きく抉れていた。


《は?》


《水だよな?》


《岩えぐれてるんだけど》


《食らったらヤバいやつ》


友丸は抉れた岩をしばらく映し、再び赤のリザードマンへカメラを戻した。


「まともに食らうと結構痛い」


《結構じゃねえよ》


《説明が軽いw》


《直撃したら死ぬだろ》


「だから、剣だけ警戒しない方がいい」


赤のリザードマンが地面を蹴った。


今度は剣。


振り下ろされた刃を、友丸が一歩ずれてかわす。


「剣は大振りになることが多いから、見てからでも避けやすい」


続く横薙ぎ。


身体を沈める。


頭上を刃が通過した。


その間もカメラは赤のリザードマンの上半身を外さない。


「厄介なのは水魔法。ただ――」


再び左手に水が集まる。


「撃った後、少しだけ動きが止まる」


水が放たれた。


友丸が横へかわす。


直後、赤のリザードマンの動きが僅かに止まった。


「ここ」


一気に距離を詰める。


一瞬だけ映像が動く。


次に画面が安定したときには、赤のリザードマンが地面へ倒れていた。


友丸はすぐに距離を取り、倒れた魔物へカメラを向ける。


「こんな感じ」


《分かりやすい》


《分かりやすいけど真似できねえよ》


《最後何した?》


《撮影うますぎない?》


《これ本物じゃね?》


《いや、まだ分からん》


《強い冒険者なら真似できるだろ》


《でも撮り方まで似てる》


コメント欄で、勝手に議論が始まった。


本物なのか。


偽物なのか。


声はAIでいくらでも似せられる。


格好も真似できる。


今や世界中に『撮影者さんスタイル』の冒険者がいる。


一方で、東京異界の深層を歩き回りながら、これだけ安定した映像を撮れる人間がどれだけいるのか。


結論は出ない。


だが――人は増えた。


先ほどまでとは明らかに違う勢いで、視聴者数が伸び始めている。


数百。


数千。


一万。


どうやら、もう切り抜かれたらしい。


『猫のお面の撮影者さん、東京異界深層から生配信』


『本物? 偽物?』


『赤のリザードマンに剣を渡して攻略法を解説』


SNSで話題が広がるほど、確かめようとする人間まで配信へやって来る。


十万。


さらに増える。


日本語以外のコメントも混ざり始めた。


海外にも広がったらしい。


友丸は倒れた赤のリザードマンから剣を回収すると、画面の数字を確認した。


「お、増えた」


《偽物扱いされてるぞ》


《結局本人なの?》


《証明して》


《猫のお面取って》


「別にどっちでもいいよ」


《よくねえよw》


《じゃあ何しに配信始めたんだ》


「人が多い方が都合いいから」


今度は疑問符が大量に流れた。


《何が?》


《どういうこと?》


《タイトルの聞きたいこと?》


《何を聞きたいんだ?》


友丸は近くの岩へ腰を下ろした。


視聴者はまだ増えている。


日本だけではない。


海外からも来ている。


冒険者もいるだろう。


異界を研究している人間もいるかもしれない。


これだけいれば、一人くらい知っているはずだ。


友丸は猫のお面をカメラへ向けた。


「今日聞きたいの、魔物のことなんだけど」

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