謎の生き物
焼肉から帰った友丸は、部屋のテーブルに奇妙な物体を置いた。
洞窟の奥。
あの魔物が消えた後に残された、卵のような何かだ。
病院へ直行したせいで、詳しく調べる余裕もなかった。幸いというべきか、数日経っても見た目に変化はない。
友丸は座布団に胡坐をかき、しばらく眺めた。
卵に見える。
だが、本当に卵なのかは分からない。
手に取って軽く振ってみる。
「……分からん」
耳元へ持っていってみる。
何も聞こえない。
異界で魔物を倒した後に残されたものなのだから、何らかの素材かもしれない。
あるいは――。
「食べられるのかな」
友丸は立ち上がった。
鍋に水を入れ、火にかける。
沸騰したところで、卵らしきものを投入した。
しばらく待つ。
何も起きない。
「やっぱ卵じゃないか」
そう呟き、友丸はスマートフォンへ目を落とした。
その時だった。
コトッ。
鍋から音がした。
友丸が顔を上げる。
コト、コト。
湯の中で卵が動いている。
「……?」
友丸が覗き込んだ直後。
ピシッ、と殻に亀裂が入った。
さらにもう一本。
亀裂は瞬く間に全体へ広がり――。
ぱかり。
割れた。
「……」
友丸は黙って鍋の中を見る。
何かいる。
小さい。
片手に乗るくらいしかない。
形は猫に似ていた。
ただ、猫と言い切るには何かが違う。
全身は友丸の瞳の色と同じ琥珀色。
小さな身体が、ぐつぐつ煮立つ湯の中に浸かっている。
「……」
友丸は火を止めた。
助け出そうとしたわけではない。
必要なさそうだったからだ。
謎の生き物は目を細め、湯の中でまったりしている。
尻尾らしきものまで湯に浮かべていた。
完全に寛いでいた。
「熱くないの?」
返事はない。
友丸が手を伸ばす。
すると小さな身体が鍋から飛び出した。
「あ」
いや。
違う。
飛んだのではない。
空中で止まっている。
「……浮いてる」
謎の生き物はふわふわと宙を移動した。
そのまま友丸へ近づき――頭の上へ。
「そこ?」
返事はない。
濡れた身体で髪の中へ潜り込む。
もともと手入れもせず伸ばしている髪だ。小さな身体はあっという間に埋もれ、外から見えなくなった。
友丸は頭に手を伸ばしかけた。
やめる。
別に重くもない。
「まあいいか」
そのまま放っておいた。
◇
問題は飯だった。
生き物なら何か食べるだろう。
とはいえ、何を食わせればいいのか分からない。
友丸は冷蔵庫を開けた。
「猫なら魚?」
頭の上から反応はない。
そもそも猫なのかも分からない。
友丸は考えるのをやめた。
自分の夕飯を用意する。
ご飯と味噌汁。
冷蔵庫に残っていた肉と野菜を適当に炒める。
テーブルへ並べ、食べ始めようとしたところで。
もぞっ。
髪の中が動いた。
小さな生き物が顔を出す。
ふわりと浮かび、そのままテーブルへ降りた。
友丸の夕飯を見る。
「食べる?」
小皿に少し取り分けてやる。
謎の生き物は匂いを嗅ぎ、そのまま食べ始めた。
肉を食べる。
野菜も食べる。
ご飯も普通に食べた。
「何でも食べるんだ」
これなら楽だ。
以後、同じ飯でいい。
友丸は早々にそう決めた。
◇
食事を終えた後。
友丸はスマートフォンを片手に、謎の生き物を眺めていた。
当の本人は再び友丸の頭へ戻り、髪の中で寝ている。
「なんなんだろ」
検索してみた。
猫型の魔物。
浮遊する魔物。
卵から生まれる魔物。
いくつか条件を変えて調べてみるが、それらしいものは出てこない。
三浦に聞く。
たぶん知らない。
冴木。
あそこは武器や防具なら詳しいが、生き物の専門家ではない。
櫻子へ連絡すれば政府関係者に調べさせることくらいはできそうだが、それはそれで面倒だった。
「……」
友丸はスマートフォンを置いた。
もっと簡単な方法がある。
撮影者さんの配信は、世界中で見られている。
冒険者だけではない。
異界の研究者や、魔物に詳しい人間だっているだろう。
「数億人に聞けば、誰か知ってるか」
我ながら効率がいい。
そう思ったところで、別の問題に気づいた。
配信する機材がない。
友丸自身、配信者ではない。
今までだって自分で機材を揃えて配信していたわけではなく、絢香や近藤たちのものを借りている。
スマートフォンでもできるのだろうが、設定を調べるのも面倒だった。
「……近藤でいいか」
知っている人間に任せる方が早い。
友丸は立ち上がった。
◇
翌日。
友丸は秋葉原を歩いていた。
いつものくたびれた服。
伸ばしっぱなしの髪。
一見すれば、どこにでもいる冴えない男である。
その髪の中では、小さな生き物が完全に眠っていた。
外からは見えない。
友丸も特に気にすることなく、人混みを抜けていく。
やがて辿り着いたのは、見慣れた小さな電機修理店だった。
扉を開ける。
「近藤、いる?」
奥で作業していた近藤が顔を上げた。
長い前髪の奥から友丸を見る。
「いるけど。何?」
「ちょっと配信させて」
「……急だね」
「聞きたいことがあるんだよ」
近藤が手を止める。
「何を?」
「俺も分からない」
「何それ」
友丸は自分の頭へ手を伸ばした。
髪の中を軽く探る。
「この辺に――」
もぞっ。
琥珀色の小さな頭が、ボサボサの髪の隙間から顔を出した。
近藤が固まった。
「……」
謎の生き物も近藤を見る。
「……何それ?」
友丸は頭の上の生き物を指差した。
「それを聞きに来た」
近藤はしばらく何も言わなかった。




