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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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楽しい時間はあっという間に


友丸は小太刀を構えたまま、正面の魔物を見据えた。


腹の奥が痛む。左腕の痺れも抜けていない。


このままでは、そう長くもたない。


「……邪魔だな」


バッグからペットボトルを取り出し、残っていた水を頭からかぶる。


血と埃で汚れた髪が濡れた。


友丸はそれを片手で乱雑に掻き上げる。


普段は長い前髪に隠れている、澄んだ瑠璃色の瞳が露わになった。


空になったペットボトルを放り捨てる。


「さて」


小太刀を握り直した。


「死闘を始めるか」


魔物が床を蹴った。


同時に友丸も動く。


甲高い金属音が響いた。


剣と小太刀がぶつかる。


一度、二度。


そこからは、刃の音だけが石室を駆け巡った。


剣を流す。


かわす。


斬る。


魔物も友丸の動きを読み、最短の軌道で剣を返してくる。


一瞬でも判断を誤れば終わる。


そんな攻防の中、友丸の小太刀が魔物の腕を掠めた。


魔物が大きく後ろへ跳ぶ。


初めて、自ら距離を取った。


刃が触れた部分だけが――消えている。


血も傷口もない。


そこだけが、最初から存在しなかったかのように。


魔物が自分の腕を見る。


次いで、友丸の小太刀へ視線を向けた。


明らかな戸惑い。


友丸は何も言わない。


ただ、口元を僅かに上げた。


魔物が剣を握り直す。


そして再び床を蹴った。


今度は先ほどより速い。


「はっ」


友丸も笑って踏み込んだ。


再び刃の音が響き始める。


魔物の剣が友丸を捉える。


友丸の小太刀も魔物を削る。


どちらも退かない。


むしろ戦うほどに、互いの動きが噛み合っていく。


次に何をするのか。


どこを狙っているのか。


刃を交えるたび、不思議なほど伝わってきた。


「お前も楽しくなってきたか?」


当然、返事はない。


それでも友丸には、そんな気がした。


久しぶりだった。


一手間違えれば、本当に死ぬ。


だからこそ余計なことを考えず、目の前の相手だけを見ていられる。


友丸は笑っていた。


魔物もまた、先ほどまで以上に激しく剣を振るう。


そして――。


互いに踏み込んだ。


魔物の剣が友丸の肩を貫く。


「ぐっ……!」


同時に、友丸の小太刀が魔物の胸へ突き刺さった。


胸の中心が大きく消失する。


それでも魔物は止まらない。


友丸も退かなかった。


至近距離で視線がぶつかる。


「まだやるか」


最後の一撃。


どちらが先だったのか。


友丸にも分からなかった。


気づけば、魔物の動きが止まっていた。


やがて身体が足元から光へ変わり始める。


友丸は肩を押さえながら、その姿を見ていた。


最後に顔が消える。


その瞬間。


笑ったような気がした。


表情など分からない魔物だ。


そんなはずはない。


それでも友丸には、そう見えた。


「……楽しかったよ」


魔物が完全に消える。


ころん、と。


静かな石室に何かが落ちた。


卵にも、宝玉にも見える奇妙な物体だった。


「なんだこれ」


友丸は近づき、それを拾い上げる。


瞬間。


景色が変わった。


     ◇


「友丸!?」


声に振り向く。


目の前に三浦がいた。


巨大な石室は消え、いつの間にか元の洞窟へ戻っている。


三浦は友丸を見るなり絶句した。


服は裂け、全身血まみれ。


肩には穴まで開いている。


「お前……何があった!?」


「トラップにかかった」


「トラップ!?」


「うん。どっか飛ばされた」


「それでなんでそんなボロボロなんだよ!」


「魔物がいたから戦った」


三浦が数秒黙った。


「……帰るぞ」


「うん」


「病院だからな」


「焼肉は?」


「行けるわけねえだろ!」


今回は友丸も素直に従った。


     ◇



数日後。


焼肉屋。


網の上で肉が焼けていた。


友丸は包帯の巻かれた肩を庇いながら、黙々と肉を食べている。


向かいでは三浦が次々と肉を焼いていた。


「美味いか?」


「美味い」


「ならよかった」


「死にかけたけどね」


「……それは悪かった」


三浦もさすがにそこは申し訳なさそうだった。


古地図を調べたいと言い出したのは三浦である。


まったく乗り気でなかった友丸を、焼肉を奢るという条件で連れ出した結果が、肩を貫かれての病院送り。


三浦は焼けた肉を友丸の皿へ載せた。


「今日は好きなだけ食え。俺が奢る」


「最初からその約束だよ」


「分かってるよ」


友丸は遠慮なく肉を口へ運ぶ。


少なくとも、死にかけた甲斐があった――とは思わない。


「でさ」


三浦が口を開いた。


「また今度、別の地図を調べに――」


「嫌だよ」


「まだ最後まで言ってねえだろ」


「絶対嫌」


「焼肉もう一回奢る」


友丸の箸が止まった。


網の上で肉が焼ける。


数秒の沈黙。


「……高い店?」


「高級店」


友丸は悩んだ。


そして深々とため息を吐く。


「……治ってからね」


三浦が笑った。


結局。


友丸は今回も、焼肉に負けた。

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