久しぶりに…
古地図の丸印まで辿り着いたものの、そこには何もなかった。
「……ここだよな?」
三浦がスマートフォンと古地図を見比べる。
目の前にあるのは、草木に覆われた岩壁だけだ。
友丸も周囲を見回した。
「何もないね」
「だな」
「じゃあ焼肉?」
「早えよ。少しくらい探させろ」
三浦は呆れながら岩壁沿いを歩き始めた。
ここまで来るのに、それなりの時間はかかっている。何もありませんでした、で帰るには少し早い。
友丸も反対側から適当に調べていく。
岩。
草。
また岩。
やはり何もない。
「外れじゃない?」
「その可能性は高いな」
「帰ろうよ」
「お前、本当に興味ないな」
「焼肉の方が興味ある」
「分かったから、あと十分だけ付き合え」
仕方なく、友丸はさらに奥へ進んだ。
その時だった。
「ん?」
足を止める。
岩壁の一角だけ、妙に草が密集していた。
蔓まで絡み合い、壁を覆うように垂れ下がっている。
友丸は草を掴み、横へ退けた。
その奥に黒い隙間が現れる。
「三浦」
「何かあったか?」
「穴」
三浦がすぐにやって来る。
二人で草を掻き分けると、人一人がどうにか通れそうな洞窟の入口が姿を現した。
三浦が古地図を見る。
「……位置は合ってる」
「これが丸?」
「たぶんな」
入口はかなり狭い。
友丸が先に身体を滑り込ませ、三浦も後に続いた。
数メートルほど進むと、洞窟は少しずつ広くなった。
「これなら普通に歩けるな」
「狭いけどね」
二人が横に並べる程度には幅がある。
三浦がライトを点け、奥を照らした。
自然にできた洞窟にしか見えない。
人工物らしきものもなければ、壁に文字や印が残されているわけでもない。
「古地図にわざわざ印つけるほどか?」
「知らないよ」
「もうちょっと興味もてよ」
二人はそのまま奥へ進んだ。
途中、魔物とも何度か遭遇した。
岩陰から飛び出した四足の魔物を、三浦の剣が斬り伏せる。
別の一匹が友丸へ向かってきたが、小太刀を抜くまでもない。身体をずらして突進をかわし、すれ違いざまに首を斬った。
それ以外にも何体か現れたものの、二人が足を止めるほどではなかった。
やがて洞窟の先が二つに分かれた。
三浦が右を見る。
友丸が左を見る。
どちらも同じような暗い穴が続いている。
「どうする?」
「別れて見てくる?」
三浦は少し考えた。
ここまで危険な魔物は出ていない。
通路も複雑ではなく、分岐も今のところここだけだ。
「そうするか。俺が右行く」
「じゃあ左」
「何かあったら無理すんなよ」
「三浦もね」
「ああ。十分くらい見たら一度戻ろう」
二人は分かれた。
友丸は一人、左の通路を進んでいく。
相変わらず何もない。
「外れかな」
小さく呟く。
足元にも壁にも変わったものは見当たらない。
むしろ先ほどまでいた魔物すら姿を見せなくなった。
数分ほど歩いた頃だった。
友丸が一歩踏み出す。
――瞬間。
何かが起きた。
「――っ」
避ける。
そう考えるより早かった。
床が光ったわけではない。
音もない。
魔力の気配も感じなかった。
ただ、一瞬で景色が消えた。
次に視界が戻った時。
友丸は立ち止まっていた。
「……は?」
洞窟ではない。
先ほどまで頭上すぐ近くにあった岩の天井が消えている。
代わりに広がっているのは、巨大な石造りの空間だった。
天井は高い。
壁も遠い。
足元には平らに加工された石床が広がっている。
明らかに自然の洞窟ではなかった。
友丸はすぐに後ろを見る。
何もない。
「転移……?」
自分が何かを踏んだ。
それだけは分かる。
だが、発動するまで何も感じなかった。
友丸は軽く眉を寄せた。
自慢するほどではないが、罠の類には慣れている。
それでも今のものには、まったく反応できなかった。
「参ったな」
まず三浦と合流する方法を探す。
そう考えたところで――。
気配を感じた。
友丸の視線が正面へ向く。
広い部屋の中央。
何かが立っている。
人のように二本の脚で立つ魔物だった。
人間より一回り大きい。
全身を覆っているのが鎧なのか、それとも外殻なのかは分からない。
右手には一本の剣。
それだけだった。
巨大でもない。
派手な能力を使っているわけでもない。
ただ立っている。
それなのに。
友丸の表情から、いつもの気怠さが消えた。
「……これ、ヤバいな」
理由を考えるより先に身体がそう判断していた。
友丸は素早く自分の装備を確認する。
小太刀。
バッグ。
以上。
「マジか」
今日は三浦に誘われて、古地図の印を見に来ただけだ。
当然、重装備など持ってきていない。
遺跡で拾ったスーツもない。
紫色の大太刀もない。
普段使いの小太刀だけ。
目の前の魔物が動いた。
――消えた。
そう見えた。
友丸は反射的に小太刀を抜く。
金属音が響いた。
「っ!」
目の前に魔物がいた。
振り下ろされた剣を、小太刀で受け止めている。
重い。
友丸の足元で石床が砕けた。
それでも剣は止めた。
次が来る。
そう思った瞬間。
腹に衝撃が走った。
「がっ――!」
蹴り。
見えた時には遅かった。
友丸の身体が宙を飛ぶ。
そのまま部屋の端まで吹き飛ばされ、背中から石壁へ激突した。
轟音とともに壁が砕ける。
身体が石の中へめり込んだ。
「……っ、ぐ」
友丸は崩れ落ちるように床へ降りた。
喉の奥から何かが込み上げる。
「げほっ……!」
血が床へ落ちた。
久しぶりだった。
魔物の一撃をまともに食らったのは。
だが、驚いている暇はない。
前を見る。
もういる。
「速――」
剣が迫る。
友丸は横へ飛んだ。
さっきまでいた場所へ剣が突き刺さり、石床が大きく割れる。
友丸は着地と同時に踏み込んだ。
小太刀を走らせる。
首。
狙いは正確だった。
だが。
甲高い音。
「硬いな……!」
刃が弾かれた。
魔物の剣が横薙ぎに迫る。
身体を沈めてかわす。
そのまま脇へ潜り込み、今度は胴。
また弾かれた。
直後、膝が飛んでくる。
友丸は左腕で受けた。
「っ……!」
骨まで響く。
その勢いを利用して後方へ跳び、距離を取った。
魔物が追う。
速い。
友丸も動く。
剣をかわす。
流す。
受ける。
反撃する。
だが、浅い。
こちらの攻撃は通らない。
相手の一撃だけが、まともに受ければ致命傷になり得る。
さらに厄介なのは――。
「こいつ……」
剣が再び迫る。
友丸は一歩下がった。
切っ先が鼻先を通過する。
そこから剣が返る。
普通の魔物の動きではない。
こちらの回避を読んでいる。
剣を振り回しているのではなく、明確に友丸を追い込んでいた。
友丸が踏み込もうとした瞬間には、すでに剣先がその進路を塞いでいる。
仕方なく後ろへ。
そこへ蹴り。
「くっ!」
紙一重でかわす。
風圧だけで髪が揺れた。
友丸は大きく距離を取った。
呼吸が少し荒い。
口の中には血の味が残っている。
左腕も痺れていた。
対する魔物は、ほとんど無傷。
剣を下げることすらなく、静かにこちらを見ている。
友丸は小太刀を握り直した。
いつ以来だろう。
こんな感覚は。
強い魔物なら何度も見てきた。
危険な場所にも数え切れないほど入った。
それでも最近は、どこかで分かっていた。
まあ、何とかなる。
実際、何とかなってきた。
だが今回は違う。
装備が足りない。
逃げ道も分からない。
相手の底も見えない。
そして何より――強い。
友丸は口元の血を手の甲で拭った。
「……まずいな」
冗談でも、大袈裟でもなかった。
このままなら。
普通に死ぬ。
魔物が剣を構える。
友丸も小太刀を正面へ向けた。
気怠そうな表情は、もうどこにも残っていなかった。
「久しぶりだな……こういうの」




