暇なので呼び出しにあう
昼過ぎ。
友丸はアパートの畳に寝転がり、漫画を読んでいた。
ユリアが日本政府の仕事へ戻ってから、生活はすっかり元通りだ。
問題があるとすれば、財布の中身くらいだった。
今すぐ困るほどではない。
だが、夕飯に焼肉を食べるには少し心許ない。
そんなことを考えていると、枕元のスマートフォンが鳴った。
三浦だった。
「もしもし」
『友丸、今日暇か?』
「忙しい」
『何してる?』
「漫画読んでる」
『暇じゃねえか』
「忙しく読んでる」
『意味分からん。ちょっと付き合え』
「嫌だ」
即答すると、電話の向こうで三浦が笑った。
『終わったら焼肉奢る』
友丸は漫画を閉じた。
「何時?」
『お前、本当に飯で動くな』
「酒も?」
『分かったよ』
「行く」
待ち合わせ場所と時間を聞き、電話を切る。
今日の夕飯が決まった。
東京異界の入口を抱える巨大複合施設は、今日も人で溢れていた。
中央ロビーだけでも馬鹿みたいに広い。
冒険者や企業関係者、研究者、外国人が絶えず行き交い、その周囲には数え切れないほどの椅子が並ぶ。
大型テレビも至るところに設置されていた。
待ち合わせには少し早い。
友丸は空いている椅子へ座った。
ちょうど正面のテレビでニュースが始まる。
『続いて、東京異界で救助された男性についてです』
画面に映った顔に、友丸は少し考えた。
すぐ横に配信時の映像が出る。
甲冑。
紫色の大太刀。
アニメキャラクターの仮面。
「ああ、この人か」
先日、巨大蟻の巣で気絶していた偽撮影者だった。
今は素顔が映っているが、名前は伏せられている。
『男性は“撮影者さん”を名乗って配信を行い、深層手前の区域まで進入。その後、洞窟内で魔物の群れに襲われ、視聴者から緊急救助要請が出されました』
救助隊が到着した時には、男は気絶していたものの大きな怪我はなかったらしい。
帰還後は異界管理関係者から、かなり厳しく注意されたという。
続いて管理側からの注意喚起が流れる。
有名冒険者の服装や装備を真似すること自体は禁止されていない。
ただし、自分の力量を超えた区域へ進むことは本人だけでなく、救助へ向かう者まで危険に晒す。
周囲へ迷惑をかけるような行為は控えてほしい――。
「助かったんだ」
友丸はそれだけ呟いた。
画面が切り替わる。
今度は例の配信映像。
真っ暗な洞窟から、硬いものが砕ける音が続く。
そして。
『あったあった。この茸、ばあちゃん好きなんだよな。残っててよかった』
ロビーのあちこちから笑い声が上がった。
『男性が意識を失った後、偶然居合わせた別の冒険者が魔物を討伐したとみられています。視聴者の間では、声や戦闘時の音などから――』
「何見てんだ?」
横から声をかけられた。
三浦だった。
「これ」
「ああ、偽物か」
三浦もテレビを見上げる。
「運が良かったよな。たまたま本物が来なかったら危なかったらしいぞ」
「そうなんだ」
「しかも茸採りに来て、ついでに蟻を全滅させたんだろ?」
「茸欲しかったんじゃない?」
「そこじゃねえよ」
三浦は苦笑し、友丸の肩を軽く叩いた。
「行くぞ。説明する」
二人はロビー脇の休憩スペースへ移動した。
そこで三浦がバッグから一枚の紙を取り出す。
黄ばんだ古い地図だった。
「何これ」
「東京異界の古地図。昔拾った」
「いつ?」
「覚えてない」
「捨てれば?」
「普通はな」
三浦が地図の一角を指差す。
そこには、手書きの丸印が一つだけ残されていた。
「この前、昔の荷物整理してたら出てきてさ。気になって今の地図と照らし合わせてみた」
スマートフォンに現在の地図を表示する。
友丸も覗き込んだ。
大まかな地形は一致している。
だが、丸印がある場所には何も記載されていなかった。
「何もないじゃん」
「そうなんだよ」
「じゃあ終わりじゃん」
「でも気になるだろ」
「別に」
即答だった。
三浦が嫌そうな顔をする。
「お前、こういうのワクワクしないの?」
「しない」
「夢がねえなあ」
「パーティの人と行けば?」
「全員に断られた」
「だろうね」
金になるかも分からない。
依頼ですらない。
古地図に残された丸印を見るためだけに異界へ行こうというのだから、断る方が普通だろう。
「一人で行けば?」
「行けるとは思う。でも目的地、この辺だぞ」
三浦が現在の地図を拡大する。
中層を越えた先だった。
「仕事でもないのに一人で無理する場所じゃない」
「それで俺?」
「ああ。お前なら問題ないだろ」
友丸がCランクなのは三浦も知っている。
それでも十年来の付き合いだ。登録上のランクほど弱くないことくらいは分かっていた。
もっとも、三浦が知っているのもそこまでである。
「印の場所まで行って、何もなかったら帰る。危なそうなら途中でも引き返す」
「何かあったら?」
「その時考える」
「雑だなあ」
「古地図一枚で綿密な計画立てられるかよ」
それもそうだった。
友丸はもう一度地図を見る。
古い紙。
手書きの丸。
誰が、何のためにつけた印なのかも分からない。
正直、まったく興味はない。
「焼肉は?」
三浦が黙った。
「……今の話聞いて、最初にそれか?」
「酒も奢るって言ったよね」
「分かってるよ」
「じゃあ行こう」
友丸は立ち上がった。
三浦も地図を畳みながら呆れた顔をする。
「本当に飯で動くな、お前」
「大事だよ」
二人はそのまま東京異界へ続く自動改札へ向かった。
今日の目的は、古地図に残された一つの丸印を確かめるだけ。
何もなければ帰って焼肉。
友丸にとっては、それくらいの軽い探索だった。




