ネカフェ最高
翌朝。
友丸とユリアは、冴木の工務店を訪れていた。
「ほら、頼まれてたやつ」
友丸がバッグから研磨石を取り出し、作業台へ置く。
冴木は一つ手に取って確認すると、短く頷いた。
「悪かったな。わざわざ」
「いつも世話になってるからな」
友丸は普段から冴木に武具をメンテナンスしてもらっている。
今回も、その礼に頼まれた物を取ってきただけだ。
渡すものを渡せば、それで用事は終わりだった。
「じゃあな」
「ああ」
二人は工務店を後にした。
外へ出たところで、ユリアが隣を見る。
「これからどうするの?」
「ネカフェ」
「ネカフェ?」
「漫画読んだり、ゲームしたりするところ」
「へえ」
ユリアが興味を示した。
友丸としても、今のユリアを連れて行ける場所は限られている。
昨日、自分のアカウントで二年ぶりに配信したばかり。
素顔で街を歩けば、まず間違いなく騒ぎになる。
「行ってみるか?」
「行く」
即答だった。
フードを深く被り、戦隊ものの仮面をつけたユリアを連れて、二人はそのままネカフェへ向かった。
個室へ入ってしまえば人目もない。
友丸が適当に漫画を選んでいる横で、ユリアは棚を眺めて回り、気になったものを何冊か抱えて戻ってきた。
「これ、面白い?」
「知らん」
「日本人でしょ」
「日本人が全部の漫画読んでると思うな」
「役に立たないわね」
そんなことを言いながら、それぞれ漫画を読み始める。
昼を過ぎても出なかった。
夕方になっても出てこなかった。
気づけば、夕食までそこで済ませていた。
それからも、特に大したことはしなかった。
アパートでだらだらしたり、ネカフェへ行ったり。
人目につく場所へ出る必要がある時は、ユリアはフードと仮面で顔を隠した。
せっかく日本まで来たというのに、観光地を巡るわけでもない。
世界ランキング十位の冒険者らしいことなど、何一つしなかった。
もっとも、ユリア自身はそれで満足しているようだった。
日本政府から自力で与られた休暇なのだから、好きに過ごせばいい。
そんなことをしている間に――。
ユリアが日本へ来てから、一週間が過ぎた。
「今日から仕事か」
朝。
友丸のアパートで、ユリアが荷物をまとめていた。
「ええ。休暇終了」
今日から日本政府が用意した予定に参加することになっている。
政府主催の行事をはじめ、いくつかの仕事が組まれているらしい。
友丸はスマートフォンを取り出した。
「迎えは?」
「まだ」
「じゃあ櫻子に頼むか」
その場で電話をかける。
数回の呼び出し音で繋がった。
『もしもし』
「今日からユリアそっちだろ」
『ええ』
「アパートの近くまで車回してくれ」
『分かったわ。少し待ってて』
「頼む」
用件だけ伝えて電話を切る。
ユリアは荷物をまとめ終えると、部屋を一度見回した。
一週間前に突然転がり込んできた時と比べれば、荷物が少し増えている。
大半は漫画やら何やらだった。
「忘れ物ないか?」
「たぶん」
「たぶんって」
「忘れてたら取りに来るわ」
「来るな」
「酷い」
そんなことを話しているうちに、迎えの車が近くまで来たと連絡が入った。
ユリアが荷物を持つ。
「じゃあ、行くわね」
「ああ」
玄関へ向かったところで、ユリアが何かを思い出したように振り返った。
「あ、ママから伝言」
「何だ?」
「くれぐれもよろしくって」
「何を?」
「私を」
「もう仕事行くだろ」
「これからもってことでしょ」
ユリアは笑って続けた。
「それと、あなたが国に来たら、私と結婚式を挙げるって張り切ってるわよ」
友丸は一瞬黙り――苦笑した。
「相変わらずだな」
昔から、あの人は何も変わっていないらしい。
「でしょ?」
ユリアも楽しそうに笑う。
玄関のドアを開け、廊下へ出る。
「じゃあね」
「ああ。仕事頑張れよ」
「あなたもね」
「俺?」
「撮影者さん」
友丸は露骨に嫌そうな顔をした。
ユリアはそれを見て、さらに笑う。
「活躍、期待してるわ」
「期待するな」
「無理ね」
階段へ向かいかけて、もう一度振り返る。
「国に来たら結婚式ね」
「行かねえよ」
「待ってるわ」
最後まで好き勝手なことを言い残し、ユリアは迎えの車へ向かっていった。
友丸はその背中を見送り、やがて部屋へ戻る。
騒がしかった一週間が終わった。
今日から、またいつもの生活に戻る。




