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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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櫻子は優秀である


ユリアの笑い声が、山頂を吹き抜ける風に混じった。


コメント欄では未だに《SAMURAI》《KARATE》が飛び交っている。


しばらく楽しそうに眺めていたユリアだったが、ふと思い出したようにカメラの向こうへ目を向けた。


「そういえば、撮影者さんは映らないの?」


「映らない」


即答だった。


《出た撮影者さん》


《映ってくれ!》


《昨日から声しか聞いてない》


《SAMURAI見せろ!》


《せめて装備だけでも!》


どうやらユリアも同じことを考えたらしい。


「顔はいいから、その格好だけ見せれば?」


「嫌だ」


「どうして?」


「これ着て異界に行けなくなるだろ」


ここで『撮影者さんの装備』として世界中に知られれば、次からこれを着て歩くだけで正体を宣伝しているようなものだ。


「ああ、なるほど」


ユリアもすぐに納得した。


だが、改めて友丸の格好を眺めると、いかにも惜しそうに言う。


「これも絶対流行るのに」


「流行らせるな」


《これも?》


《何着てるんだ!?》


《余計気になる!》


《見せろ!》


《撮影者さん新装備!?》


《SAMURAI ARMOR!?》


「見せないって言ってるだろ」


友丸の呆れた声に、コメント欄はますます盛り上がった。


もっとも、ユリア本人はすでに満足したらしい。


再び眼下へ広がる景色を眺め、あっさり告げる。


「じゃあ、そろそろ終わろうかしら」


《は?》


《待て待て待て》


《まだ十分くらいだぞ!?》


《二年ぶりだよな!?》


《もう終わるの!?》


ユリアはそんな悲鳴など気にも留めず、カメラへ手を振った。


「今日はこの景色を見てもらいたかっただけだから」


背後には雲海。


その向こうには、果てが見えないほど連なる異界の山々。


「またね」


《またねじゃない!》


《次いつ!?》


《二年後はやめろ!》


《YULIAAAAA!!》


そこで配信は唐突に切れた。


登録者二億人超。


二年ぶりに動いたユリアの個人アカウントは、わずか十分ほどで再び沈黙した。


「終わった?」


「終わったわ」


友丸はようやくカメラを下ろす。


そして、改めて周囲の山々を見渡した。


「……ここ、もうバレたな」


「数億人に見せたものね」


山頂から見える峰の形。雲を突き抜ける巨大な山。周囲の地形。


あれだけ材料があれば、特定しようとする連中は必ず現れる。


しかも今回は世界規模だ。


「そのうち誰か来るか」


「来るでしょうね」


簡単に辿り着ける場所ではない。


だが、世界中を探せば、ここまで来られる冒険者などいくらでもいる。


友丸は少し考え、荷物から一枚のプレートを取り出した。


「じゃあ、埋めとくか」


「何を?」


「記念」


山頂の一角を掘り、フルプレートを埋める。


完全には隠さない。


普通の人間なら見落とす程度。それでも、ここまで来られる冒険者なら掘り返した土の違和感くらい気づくだろう。


さらに兜を置き、目立つ場所へ文字を書き加えた。


『持ち出し禁止 撮影OK』


それを見たユリアが笑う。


「記念撮影スポット?」


「どうせ来るならな」


「世界ランキング十位ユリア、二年ぶりの配信」


この場所が世界的撮影スポットになるのは遠い未来の事ではなかった。


本来の目的だった研磨石は、すでに必要な量を確保してある。


二人は荷物をまとめ、山頂を後にした。


数時間後。


山岳地帯を抜け、異界の入口が近づいたところで二人は一度足を止めた。


ここから先は人が増える。


ユリアはフードを深く被り、友丸と同じ戦隊ものの仮面をつける。


友丸もコートを脱いでバッグへ押し込んだ。


最後に二人揃って冒険者カードを首からぶら下げる。


「これでいいか」


ユリアが自分の姿を見下ろした。


「私、怪しくない?」


「異界ならこんなのいくらでもいる」


それは事実だった。


二人はそのまま入口へ向かった。


そして、人の多い区域へ出たところで――さすがに足が鈍った。


「……凄いわね」


「だな」


マスコミ。


配信者。


野次馬。


先ほどとは比較にならないほど人が増えている。


さっきの配信を見て駆けつけた者も多いのだろう。


「ユリアさんを見ませんでしたか!」


「山岳地帯から戻ってきた方はいませんか!」


「撮影者さんらしい人物を見かけませんでした!?」


異界から戻ってくる冒険者へ、次々と声が飛ぶ。


友丸とユリアも、その中へ普通に入っていった。


一度、記者らしき男と目が合った。


首から下がるカードを見られる。


――Cランク。


男の視線は、そのまま隣のユリアへ移った。


こちらもCランク。


そして、何事もなかったように逸れた。


別の配信者とも目が合う。


カードを見る。


Cランク。


やはり、それだけだった。


すぐ横を記者が駆け抜け、少し先にいたBランク冒険者へマイクを突き出す。


「山岳地帯へは行かれましたか!?」


友丸たちは完全に素通りされた。


「……ねえ」


人混みを歩きながら、ユリアが小声で呼ぶ。


「何だ?」


「本当に誰も見ないんだけど」


「Cだからな」


「私、世界十位よ?」


「カードにはCって書いてある」


「そうだけど……」


ユリアは何とも言えない顔で、首から下がる自分のカードを摘まんだ。


櫻子が用意した、正真正銘のCランク冒険者カード。


周囲では今も大勢の人間が、世界ランキング十位のユリアと撮影者さんを必死になって探している。


その真ん中を、当人たちは堂々と歩いていた。


誰にも止められない。


誰にもカメラを向けられない。


そもそも、誰も興味を持たない。


ユリアは自分のカードをしばらく眺め――小さく呟いた。


「……櫻子、優秀ね」


「だろ」


数億人に探されている二人は、そのままCランク冒険者として人混みの中へ消えていった。

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櫻子さんほんと有能
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