スクショ必須
ユリアは画面を確認する。
そして何の予告もなく――配信開始のボタンを押した。
映し出されたのは、ユリアではなかった。
眼下に広がる、果ての見えない山々。
雲海の中から大小無数の峰が突き出し、その向こうにも山、そのさらに向こうにも山影が連なっている。
街もない。
道路もない。
人工物らしいものは、どこにも見当たらない。
ただ異界の山々だけが、遥か彼方まで続いていた。
二年間、一度も動かなかったユリア個人の配信アカウント。
登録者数、二億人超。
当然ながら予告などしていない。
それでも配信開始から間もなく、画面の隅に表示された視聴者数が凄まじい勢いで跳ね上がり始めた。
《え?》
《通知来たんだけど》
《本物?》
《ユリアのアカウントだよな?》
《二年ぶり!?》
《昨日配信に出てたと思ったら自分のチャンネルまで動いたぞ》
《どこだここ》
《山しかない》
《異界?》
昨日、絢香の配信に突然現れた世界ランキング十位の冒険者。
その翌日に本人のアカウントまで動いた。
気づいた視聴者たちがSNSへ書き込み、そこからさらに人が押し寄せてくる。
友丸はそんなことなど知らず、カメラを構えたまま聞いた。
「もう始まってるのか?」
「始まってるわよ」
「何撮ればいい?」
「適当に綺麗に撮って」
「適当なのか綺麗なのか、どっちだよ」
「両方」
面倒な注文だった。
それでも友丸は少し後ろへ下がり、カメラを構え直す。
画面の中へ、山頂に立つ一人の騎士が入った。
全身を覆うフルプレート。
その背中から伸びる濃い色のマントが、山頂を吹き抜ける強い風を受けて大きくなびいている。
ユリアは両手を上げ、兜へ手をかけた。
ゆっくりと外す。
長い金髪が一気に零れ落ちた。
風を受けた髪が大きく舞う。
金色の髪と濃いマント。
その向こうに広がるのは、雲海と、どこまでも続く異界の山々。
友丸は何も言わず、少しだけカメラの位置を変えた。
ユリアと山々が綺麗に収まる。
《うわ……》
《綺麗》
《映画みたい》
《待ってスクショした》
《これ千葉異界?》
《こんな場所あるの!?》
《YULIAAAAA!!》
《二年ぶりに自分のチャンネル使って最初に見せるのがこれか》
ユリアは風に流れる髪を片手で押さえながら、カメラへ向いた。
「久しぶり」
それだけでコメント欄が一気に加速した。
「……と言っても、昨日見てた人は昨日ぶりね」
《昨日ぶりwww》
《こっちは二年待ったんだぞ!》
《昨日は他人の配信だろ!》
《アカウントの存在覚えてたのか》
《二年間何してた!?》
「別に何もしてないわよ。配信するのが面倒だっただけ」
《知ってた》
《二億人放置するな》
《理由がユリアすぎる》
ユリアは流れていくコメントを眺め、楽しそうに笑う。
「今日は千葉異界に来てるの。せっかく綺麗な場所まで来たから、みんなにも見せようと思って」
友丸はゆっくりとカメラを横へ振った。
山。
山。
さらに山。
どこまで映しても山脈が途切れない。
雲が山々の間を海のように流れ、遥か遠くでは巨大な峰が雲を突き抜けている。
《すげえ》
《これ本当に異界なんだよな》
《街が一つも見えない》
《どこまで来てんだ》
《昨日東京異界にいなかった?》
《移動距離どうなってるんだよ》
カメラは再びユリアへ戻った。
その時だった。
――ガキン。
硬い何かがぶつかる音がした。
カメラの後ろから。
《?》
《今の音なに》
《金属音?》
ユリアも一瞬だけカメラの向こうを見る。
だが、特に何も言わない。
「それでね。今日は別に魔物を倒しに来たわけじゃないの」
――ザンッ。
また音がした。
今度は何かを斬ったような、短く鋭い音。
続いて、
ズズン――!
地面が僅かに震えた。
何か巨大なものが倒れたらしい。
それでも映像は揺れない。
画面の中央には、金髪とマントを風になびかせるユリア。
その背景には山々。
先ほどから画角すらほとんど変わっていなかった。
《ちょっと待て》
《後ろで何か起きてない?》
《魔物じゃね?》
《誰が撮ってるんだ》
ユリアはまたカメラの向こうへ視線を送る。
今度は少し長かった。
――ガンッ!
岩が砕ける。
――ザシュッ!
何かが斬られる。
直後、重いものが斜面を転がっていく音が続いた。
ユリアの口元が僅かに緩んだ。
「……あなた、器用ね」
「何が?」
カメラの後ろから男の声が返ってきた。
《男?》
《誰》
《撮影スタッフ?》
《待ってこの声》
《昨日聞いたぞ》
「さっきから結構来てるのに、全然カメラが揺れないじゃない」
「撮ってるんだから揺らしたら駄目だろ」
「普通は戦う時くらい撮影やめると思うけど」
「別に大したのじゃないし」
《戦う?》
《今戦うって言った?》
《カメラの後ろで!?》
《後ろ映して!》
《何がいるんだよ》
ユリアも気になったのか、カメラの向こうを指差した。
「ちょっと後ろ見せて」
「あ?」
「いいから」
友丸がカメラを反対へ向ける。
そして――。
画面いっぱいに、岩だらけの斜面が映った。
そこまではいい。
問題は、その上だった。
黒い岩でできた巨人。
鉱石を纏った四足の魔物。
岩盤のような甲殻を持つ巨大な虫型の魔物。
斬られ、砕かれ、真っ二つになった鉱山地帯の魔物たちが、斜面のあちこちに転がっている。
一体や二体ではない。
大量だった。
《…………》
《は?》
《何これ》
《いつ倒した?》
《さっきの音全部これ!?》
《戦闘一回も映ってないぞ》
《誰が撮ってんの?》
その疑問が流れた直後だった。
昨日の配信を見ていた者たちが、一斉に気づき始める。
《待て》
《この声》
《もしかして撮影者さん?》
《昨日の撮影者さんが撮ってるのか!?》
《ZAN!?》
《だから映像が揺れないのか》
《撮影しながらこれ全部倒したの??》
昨日の配信を見ていなかったユリアの古参視聴者たちも、コメント欄から情報を拾い始める。
《撮影者さんって誰?》
《昨日ユリア撮ってた日本人》
《ドラゴン手刀で貫いた奴》
《WHAT!?》
《KARATE!?》
海外勢が食いついた。
《KARATE MASTER》
《BLACK BELT》
《昨日は素手、今日は刀!?》
《SAMURAI!》
《SAMURAIだ!》
《いやKARATEだろ》
《SAMURAI BLACK BELT》
《何だそれ》
《NINJAも追加しろ》
《日本人を何だと思ってるんだ》
《でも昨日ドラゴンを手で倒した》
《反論できねえ》
ユリアは流れていくコメントを読み、とうとう吹き出した。
「ふふっ」
カメラが再びユリアへ戻る。
「ねえ、あなた空手やってたの?」
「やってない」
「黒帯だって」
「持ってねえよ」
「侍?」
「違う」
即答だった。
ユリアは肩を揺らしながらカメラへ向き直る。
「全部違うらしいわよ」
《SAMURAI》
《KARATE》
《BLACK BELT》
《KARATE SAMURAI》
《NINJA》
「話聞けよ」
カメラの向こうから、呆れた声が聞こえた。
ユリアの笑い声が、山頂を吹き抜ける風に混じった。




