工業異界
通勤時間を少し外した電車に揺られ、友丸とユリアは千葉へ向かっていた。
関東には二つの大型異界がある。
東京異界と、千葉異界。
どちらも四十年前から政府主導で開発が続けられてきた巨大異界だが、その性格はかなり違う。
東京異界が冒険者や観光客、外国人まで集まる一大商業拠点なら、千葉異界は資源採掘と物流の比重が大きい。
冴木が使っている研磨材も、こちらで採れるものだった。
「……ねえ」
隣から声がした。
「なに?」
「電車の中でこの格好、かなり恥ずかしいんだけど」
友丸が横を見る。
フルプレートにマント。
その背中には、異界用の大型バックパック。手には冴木から借りた配信機材まで抱えている。
確かに目立っていた。
「大丈夫だろ」
「さっきから子供がずっと見てるわよ」
少し離れた座席から、小さな男の子が目を輝かせている。
母親らしい女性が申し訳なさそうに頭を下げた。
友丸は気にせず前を向く。
「配信者だと思われてるんじゃない?」
「だから恥ずかしいって言ってるの」
「正体バレるよりいいだろ」
「それはそうだけど……」
ユリアは諦めたように座席へ深く腰掛けた。
もっとも、隣にいる友丸も人のことを言えない。
白いロングコート。
腰には淡い桃色の刀。
背中には大型バックパック。
そして顔には、冴木から渡された戦隊ヒーローのお面。
現在放送中の人気作品らしい。
友丸は見ていないので、名前までは知らない。
ユリアが横目でこちらを見る。
「あなたも大概よ」
「俺は普通だろ」
「どこが?」
「コートと刀」
「お面は?」
「冴木さんが顔隠すならこれ使えって」
「似合ってるわよ」
「ありがとう」
「褒めてない」
そんな会話をしているうちに、電車は目的の駅へ到着した。
◇
改札を抜けると、そのまま千葉異界の入口施設へ続いていた。
東京異界とは雰囲気が違う。
華やかな商業施設というより、巨大な物流拠点。
天井は高く、無骨な鉄骨が剥き出しになっている。広い通路の脇には企業名の入ったコンテナが積み上げられ、無人搬送車が決められたレーンを忙しなく行き交っていた。
歩いている人間も冒険者ばかりではない。
作業着姿の企業職員。
ヘルメットを被った採掘業者。
大型ケースを運ぶ研究者。
武装した企業所属の護衛。
その間を、異界へ向かう冒険者たちが歩いていく。
ユリアが周囲を見回した。
「東京と全然違うわね」
「こっちは仕事で来る人の方が多いからな」
「前に来た時より大きくなってる」
「いつ来たんだ?」
「何年か前」
「ふうん」
友丸はそれ以上聞かなかった。
正面の大型モニターには、異界内部の警戒情報と各採掘区域の稼働状況が並んでいる。
さらに奥へ進むと、巨大なシャッターの向こうから低いエンジン音が響いてきた。
大型トラックが一台、施設内へ入ってくる。
荷台には黒い鉱石が山のように積まれていた。
続いて、巨大な魔物の骨を固定した特殊運搬車。
その後ろからは泥だらけの採掘車両まで戻ってくる。
東京異界ではまず見ない光景だった。
千葉異界は入口の一部が車両用に拡張されている。
人だけではなく、採掘車や大型輸送車まで直接異界へ出入りできるようになっていた。
「便利ね」
「深層まで道路があればもっと便利なんだけどな」
「ないの?」
「途中まで」
冴木から送られてきた地図では、目的地は整備区域の遥か先だった。
そこからは徒歩になる。
だから二人とも大型バックを背負ってきた。
必要な分だけ掘って、背負って帰る。
今回の仕事はそれだけだ。
友丸たちは人の流れに乗って、冒険者用のゲートへ向かった。
途中、何人かがこちらを見る。
戦隊ヒーローのお面。
白いロングコート。
桃色の刀。
大型バック。
その後ろには、マントを羽織ったフルプレート姿の騎士。
こちらも大型バックを背負い、手には配信機材。
かなり怪しい二人組だった。
しかし、声をかけてくる者はいない。
視線もすぐに外れる。
ユリアが兜を被りながら、小声で言った。
「……ねえ」
「なに?」
「私たち、正体を隠すことには成功してると思う」
「よかったじゃん」
「別の意味で目立ってるわよ」
「配信者だと思われてるなら問題ないだろ」
「あなたの中ではね」
ちょうど横を通り過ぎた若い冒険者たちから、声が聞こえてきた。
「配信かな?」
「だろ。カメラ持ってるし」
「白い方、戦隊ものじゃん」
「最近ああいうの多いよな」
そのまま通り過ぎていく。
友丸はユリアを見る。
「ほら」
フルフェイスの兜が、ゆっくりこちらを向いた。
「……なんか腹立つわ」
狙い通りなのに不満らしい。
二人はそのままゲートへ向かう。
東京異界と同じく、入口には何列もの自動改札が並んでいた。
友丸が冒険者カードをかざす。
電子音が鳴り、ゲートが開いた。
続いてユリア。
こちらも問題なく通過する。
その先には、巨大な車両用ゲートが口を開けていた。
大型ダンプが一台、ゆっくりと境界を越えていく。
友丸たちも、その横に設けられた冒険者用通路を進んだ。
一歩。
境界を越える。
空気が変わった。
目の前に広がっていたのは、赤茶けた大地だった。
乾いた荒野を、何本もの道路が遠くまで伸びている。
その上を大型輸送車が走り、さらに向こうには巨大な倉庫や整備施設、採掘企業の現地拠点が並んでいた。
地平線近くには、巨大な岩山が幾重にも連なっている。
東京異界の入口に広がる草原とは、まるで違う世界だった。
ユリアが立ち止まる。
「相変わらず、すごいわね」
「ああ」
二人の横を、巨大な採掘車が唸りを上げて通り過ぎていく。
ここまでは人間の領域だ。
舗装された道路もある。
通信も通じる。
企業の拠点も、休憩施設もある。
だが、冴木から送られてきた地図の印は遥か先。
整備された区域を抜け、さらに奥へ進んだ深層の岩場エリアだった。
友丸は大型バックの肩紐を直した。
「行くか」
「ええ」
白いロングコートに戦隊ヒーローのお面をつけた男。
その後ろには、マントを揺らすフルプレート姿の騎士。
手には配信機材。
どう見ても、ネタ配信を撮りに来た二人組だった。
二人は大型車両が行き交う道路の端を歩き、千葉異界の奥へ向かった。




