また流行る予感しかしない。
翌朝。
枕元で鳴り続ける携帯に起こされ、友丸は布団の中から手を伸ばした。
「……もしもし」
『起きてるか』
「今起きた」
『預かってた武具のメンテ、終わったぞ。午後から仕事で出るから、取りに来るなら午前中に来い』
冴木だった。
時計を見ると九時を少し回ったところ。友丸は欠伸を噛み殺しながら「分かった」と返し、そのまま通話を切る。
二度寝するには中途半端な時間だった。
仕方なく起き上がると、部屋にいたユリアがこちらを見る。
「出かけるの?」
「冴木さんのところ。装備が仕上がったって」
「私も行くわ」
「工務店だぞ」
「知ってる。暇なのよ」
なら好きにすればいい。
顔を洗い、適当に着替える。ユリアには昨日使ったアニメキャラクターのお面を渡し、目立つ金髪も帽子の中へ押し込んでもらった。
本人は不満そうだったが、素顔で出歩くよりはいい。
友丸のアパートから冴木工務店までは歩いて五分ほど。住宅街を抜ければ、すぐに古びた二階建ての建物が見えてきた。
引き戸を開けると、奥から研磨機の音が響いている。
「おはよう」
「十時近くに来て何がおはようだ」
「午前中だからいいだろ」
作業場から顔を出した冴木は、友丸を見たあと、その隣で足を止めた。
お面に帽子。どう見ても怪しい格好だが、昨日の配信を見ていれば正体を間違えようがない。
「……そっちは初めまして、でいいのか?」
ユリアがお面を持ち上げる。
「ええ。ユリアよ」
「冴木だ」
互いに短く名乗る。
冴木はそれ以上何も聞かず、作業台を顎で示した。
「できてるぞ」
そこには刀と白いロングコートが並べられていた。
友丸は先に刀を手に取る。鞘から抜くと、淡い桃色の刀身が蛍光灯の光を柔らかく返した。
何度か軽く振ってみる。
「前よりいいな」
「柄を調整した。重心も少し手元に寄せてある」
「軽い」
「元々そういう刀だ。お前なら片手でも問題ねえだろ」
刀を鞘へ戻し、今度は白いロングコートへ袖を通す。
見た目に反して軽い。丈は膝近くまであるが、腕や腰を動かしても引っ掛かる感じはなかった。
冴木に言われて前をすべて留めると、表面を淡い光が一瞬だけ走る。
「これで機能が働く。炎や雷、冷気みたいな攻撃にはかなり強い。ただし前を開けてたら普通の防具と大して変わらんし、物理攻撃まで止めてくれるわけじゃねえぞ」
「十分だな」
友丸が身体を捻って具合を確かめていると、隣から呆れた声が飛んできた。
「また流行るわよ、それ」
「これが?」
「白いコートにピンクの刀よ?」
「薄いピンクな」
「そこじゃないわよ」
ユリアは昨日から何度目か分からないため息をついた。
「あなたが配信で着たら、また真似する人が出てくるって言ってるの」
「出ないだろ」
「出るわよ」
「ただのコートだぞ」
「その台詞、覚えておくわ」
何を言っても聞く気がないらしい。
友丸はコートを脱ぎ、刀と一緒にまとめる。そのまま帰ろうとして、隣のお面が目に入った。
「そういや、お前もその格好じゃ駄目だな」
「これ、あなたが着けろって言ったのよ?」
「ここまでならいいけど、異界じゃ人が多いだろ。もっと分からない格好にした方がいい」
昨日の配信で顔を出している以上、お面だけでは心許ない。
話を聞いていた冴木が、少し考えてから作業場の奥へ消えた。
しばらくして戻ってきた彼が引っ張ってきたものを見て、ユリアがお面の奥で黙り込む。
西洋式のフルプレートだった。
兜まで含めて全身を覆う造りで、濃い色のマントまで付いている。
友丸は一目で頷いた。
「これでいいじゃん」
「本気?」
「顔も髪も隠れるだろ」
「そうだけど……こんなの着て歩いたら、逆に目立つんじゃない?」
「今なら平気だろ」
甲冑姿で異界を歩く者など、最近は珍しくもない。特に東京異界では、その手の格好をした配信者まで増えている。
ユリアもそれを思い出したらしく、しばらく黙ってから友丸を見る。
「……原因の一人がよく言うわね」
「勝手に真似してるだけだ」
「そのコートも同じことになるわよ」
「ならないって」
また同じ話になりかけたところで、友丸はフルプレートを眺めながら別のことを思いついた。
「冴木さん、使ってない配信機材ある?」
「あるけど、どうすんだ?」
「貸して。こいつに持たせる」
「私に?」
「フルプレートにマントでカメラまで持ってれば、ネタ配信してる外国人にしか見えないだろ」
冴木も数秒考え、納得したように頷いた。
「今の東京異界なら、そっちの方が自然か」
「でしょ」
「……なんで私だけ、どんどん変な格好になっていくの?」
結局、冴木から小型カメラと周辺機器一式を借りることになった。
フルプレートにマント、そして配信機材。
少なくとも、あのユリアがそんな格好で東京異界を歩いているとは誰も考えないだろう。
「壊すなよ。結構するからな」
「私よりカメラの心配してない?」
「お前は壊れねえだろ」
「初対面で随分な扱いね……」
冴木と友丸は気にしていなかった。
用事も済んだところで帰ろうとすると、今度は冴木から呼び止められた。
「友丸、ちょっと頼まれてくれないか」
「珍しいね」
「俺だってたまには頼み事くらいする」
冴木が作業台の棚から、小さな透明ケースを取り出した。中には黒銀色の細かな粒が入っている。
友丸にも見覚えがあった。
「研磨に使ってるやつ?」
「ああ。最近こいつの値段が上がっててな。まだ買えないほどじゃねえが、今後も上がると面倒だ」
「それで?」
「千葉の異界に採れる場所がある。深層の岩場エリアだ」
友丸もその異界は知っている。
冴木はケースを置くと、続けて採取場所を説明した。岩場エリアの中でも奥まった場所らしく、普通の採掘業者が簡単に入れるところではない。
話を聞き終えた友丸は、少しだけ考える。
「面倒だな」
「だろうな。だからお前に頼んでる」
「普通に買えば?」
「嫌ならそうする。無理にとは言わん」
それなら断っても問題はない。
以前なら迷わずそうしていた。
今は金にも困っていない。わざわざ千葉まで行き、異界の深層へ潜って鉱石を持ち帰る必要など、友丸には何もなかった。
ただ、冴木には昔から世話になっている。
武器を壊すたびに持ち込み、無茶な使い方をしたと文句を言われながら、それでも毎回きっちり直してもらってきた。
今さら恩を口にするような間柄でもない。
「……急ぎ?」
「いや。今月中なら十分だ」
「じゃあ行ってくるよ」
冴木が少し意外そうに眉を上げる。
「いいのか?」
「たまにはね」
「そうか。助かる」
それだけで話は決まった。
すると、それまでフルプレートを眺めていたユリアが当然のように会話へ入ってくる。
「私も行くわ」
「採掘だぞ」
「聞いてたわよ」
「深層まで行って石拾って帰るだけだぞ。たぶん面白くない」
「いいじゃない。千葉の異界は久しぶりだし」
友丸はそこで初めて、ユリアが以前にも行ったことがあるらしいと知った。
もっとも、詳しく聞くほど興味もない。
「なら好きにしろ」
「ええ、そうする」
あっさり同行者まで決まった。
冴木は二人を見て何か言いかけたものの、結局やめる。
ただ研磨材を採ってきてほしいだけなのだ。
この二人なら、道中の心配をするだけ無駄だった。
「場所と写真は後で送る。似た鉱石もあるから、間違えるなよ」
「分かった」
「あと、必要以上に採るな。売る気もねえからな」
「了解」
友丸は新しい刀とコートを抱え、ユリアは借りることになった配信機材を持つ。
予定になかった千葉行きが決まったところで、二人は冴木工務店を後にした。




