無事帰宅
二泊三日のキャンプも、今日で終わりだった。
昼前にはテントを畳み、調理器具や配信用の機材も片づけ終える。三日間使った川辺は、荷物をまとめてしまえば元の静かな森へ戻っていた。
ユリアは最後に川の方を振り返った。
「楽しかったわ」
「私も。また来ようね」
「いいわね。今度はもう少し長くてもいいわ」
「私はお店があるから難しいかな」
「じゃあ今度は絢香が来なさいよ。私の国に」
絢香が少し驚き、それから笑った。
「行ってみたい」
「決まりね。案内してあげる」
「休み取らないと」
二人の間では、もう行くことになったらしい。
当然、ユリアは友丸にも話を振った。
「友丸も来る?」
「遠いから嫌だ」
「飛行機で寝てれば着くわよ」
「家で寝てる方がいい」
「本当につまらない男ね」
友丸は相手にせず荷物を背負った。
絢香が横から笑う。
「でも私のお店には来るでしょ?」
「行くぞ。今月無料だからな」
返事だけは早かった。
ユリアが呆れた顔を向ける。
「私の国には来ないのに?」
「絢香の店は近い」
「そこじゃないでしょ」
三日間のキャンプは、最後までいつも通りだった。
◇
一区へ戻る途中で、絢香とは別れることになった。
店へ戻らなければならない。
「じゃあ、私はこっちから行くね」
「もう行くの?」
「お店あるからね」
ユリアは少し名残惜しそうにしたものの、すぐに絢香を抱きしめた。
「今度、本当に来なさいよ」
「うん。約束」
「友丸もね」
「気が向いたらな」
「それ絶対来ないやつじゃない」
絢香が笑いながら手を振る。
「またね」
「ええ。また」
「おう。店には行くからな」
「はいはい」
最後までそこだけは念を押し、三人は別れた。
残った友丸とユリアは一区へ向かう。
だが、人の姿が増え始めたところで友丸は足を止めた。
昨夜から今朝にかけて、ユリアの姿は世界中へ流れている。
顔や金髪を隠すだけなら簡単だが、長身で目立つ体型まで誤魔化すとなると話は別だった。
「お前、ここで待ってろ」
「どうするの?」
「なんか借りてくる」
友丸だけが一区へ入った。
◇
十分ほどで戻ってきた。
両腕には、大きな全身甲冑を抱えている。
東京異界には外国人冒険者も多い。そのため一区のレンタルショップには、日本人向けより一回り大きな防具も普通に置かれていた。
「……それ、私が着るの?」
「他に誰がいるんだよ」
ユリアはしばらく甲冑を見つめた。
友丸は嫌がると思っていた。
ところが、兜を受け取ったユリアの反応は違った。
「結構格好いいわね」
「気に入るのかよ」
「剣は?」
「変装だぞ」
「甲冑なのに?」
「剣士になりたいわけじゃねえだろ」
少なくとも嫌がる心配はなさそうだった。
金髪を頭巾の中へ収め、大柄な外国人向けの甲冑を身につければ、ユリアの体型は完全に隠れた。
最後に兜を被る。
友丸は一歩離れて確認した。
「これなら分からんな」
「どう?」
「大柄な男にしか見えん」
兜の奥から返事がなくなった。
「……褒めてんだぞ?」
「分かってるけど腹が立つわ」
声を出せば女だと分かる。
そこだけ気をつければ問題なさそうだった。
◇
二人はそのまま一区へ入った。
結果は、拍子抜けするほど簡単だった。
誰もユリアに気づかない。
もともと東京異界には海外冒険者が多く、最近では撮影者さんの影響で甲冑姿の冒険者まで増えている。大柄な甲冑が一人歩いていたところで、珍しくもなかった。
むしろ歩いている間、何度も本人の噂を耳にした。
「ユリア、まだ深層かな」
「今日出てくるんじゃないか?」
「撮影者さんも一緒らしいぞ」
そんな話をしながら、当の二人とすれ違っていく。
兜の奥から笑い声が漏れた。
「これ、面白いわね」
「喋るな。バレるぞ」
ユリアは素直に黙った。
どうやら変装そのものを楽しみ始めているらしい。
出口の自動改札でも問題は起きなかった。
ユリアが冒険者カードをかざす。
《Cランク冒険者》
表示を見た友丸は、思わず笑いそうになった。
世界ランキング十位。
昨日は数億人の前でドラゴンを素手で圧倒した冒険者が、今は借り物の甲冑を着てCランクとして改札を抜けている。
「何?」
「いや。別に」
「今、笑ったでしょ」
「早く行け」
そのまま東京ゲートを出た。
外にはユリアを待っているらしい報道陣や配信者もいたが、全身甲冑へ目を向ける者はいない。
友丸も同じだった。
スーツもお面もない、いつものくたびれた格好である。
世界中が探している二人は、誰にも気づかれないまま人混みを抜けた。
◇
アパートへ戻ったのは、それから一時間ほど後だった。
古びた建物の前で友丸が足を止める。
「着いたぞ」
「やっと脱げるわね」
さすがのユリアも、ずっと甲冑を着ているのは疲れたらしい。
階段を上がるたび、背後からガシャガシャと金属音が響く。
友丸は部屋の鍵を開けた。
「それ、あとで返しに行くから脱いどけよ」
「返すの?」
「レンタルだからな」
ユリアが兜を脱ぐ。
閉じ込められていた長い金髪が一気にこぼれ落ちた。
「ちょっと欲しいんだけど」
「自分で買え」
「買おうかしら」
「気に入ってんじゃねえか」
ユリアは甲冑を眺めながら、本気で悩み始めていた。
友丸はそれを放って荷物を部屋へ運び込む。
二泊三日のキャンプは終わった。
そして明日は、絢香の店へ行く。
今月は無料なのだから、行かない理由はなかった。




