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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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空手マスター


「私、怪我人を見てくるね」


ドラゴンが倒れたのを確認すると、絢香は負傷者たちが待機している方角へ走っていった。


友丸はその背中を見送り、足元へ視線を落とす。


三メートルほどのドラゴンは完全に動きを止めていた。頭部には、先ほど友丸が突き出した手刀によって穿たれた跡が残っている。


そして――カメラの向こうは、とんでもないことになっていた。


《今の何!?》


《素手だったよな!?》


《手刀で貫いたぞ》


《KARATE!?》


《KARATE!!》


《JAPANESE KUROOBI!!》


《SAMURAIじゃなかったのか!?》


《SAMURAI+KARATE》


《日本人怖すぎる》


日本語に混じり、海外からのコメントが猛烈な勢いで流れていく。


どうやら友丸が最後に放った一撃は、彼らの中で空手ということになったらしい。


「……空手じゃねえよ」


一応、訂正しておく。


《じゃあ何なんだ!?》


《手刀だろ!?》


《KARATE CHOP!》


《日本の武術だ!》


「ただの手刀だ」


《ただ!?》


《JUST!?》


《ドラゴンを貫くのが!?》


《KARATE MASTER》


「だから違うって」


訂正するほど悪化していく。


友丸は早々に諦めた。


ちょうどそこへ、ユリアが砂の上を歩いて戻ってくる。


先ほどまで木場を苦戦させていたドラゴンと高速戦闘を繰り広げていたとは思えないほど、息一つ乱れていない。


「海外、空手で盛り上がってるわね」


「違うって言ってんだろ」


「でも手刀だったじゃない」


「手刀なら全部空手になるのかよ」


「知らない」


ユリアは楽しそうだった。


友丸は最後に倒れたドラゴンをカメラへ映すと、配信を終了した。


「俺らは先に戻るぞ」


「絢香は?」


「怪我人を見てから来るだろ。救援が来て、お前まで見つかったら面倒になる」


「ああ」


それだけでユリアも納得した。


昨夜、世界ランキング十位のユリアが日本にいることは完全に知られてしまった。


そして今朝。


東京異界の深層にいることまで、世界中へ生配信された。


このあと救援に来る異界関係者や冒険者に捕まれば、質問攻めになるのは目に見えている。


二人は絢香を残し、一足先に砂漠を離れた。


     ◇


森林エリアへ戻れば、先ほどまでの騒ぎが嘘のようだった。


巨大な木々の間を風が抜け、川のせせらぎが静かに響いている。


友丸とユリアはそのままキャンプ地へ戻った。


調理台には、救助要請が入った時のまま食材が残されている。


ユリアがそれを見た。


「お腹空いた」


「待ってろ」


「作ってくれないの?」


「絢香が戻ってからでいいだろ」


「魚、捌けるじゃない」


「朝から七メートルの魚は食わねえよ」


「昨日食べたじゃない」


「昨日は夜だ」


それからしばらくして、森の奥から足音が聞こえてきた。


「ただいま」


絢香だった。


「どうだった?」


「大丈夫。重傷の人もいたけど、命に別状はないって。木場君も一緒に戻ったよ」


「なら大丈夫だな」


「うん」


ひとまず、救助要請についてはこれで終わりだった。


絢香も椅子へ腰を下ろす。


そこで携帯を取り出した。


「……うわ」


珍しく露骨に嫌そうな声を出した。


「どうした?」


「通知」


画面を見せられる。


友丸には何が何だか分からなかった。


着信。


メッセージ。


SNS。


配信関係。


店のスタッフからも大量に連絡が届いている。


しかも、見ている間にも増えていた。


「お店にも取材の人が来てるみたい」


「早いな」


「スタッフが断ってくれてるけど……」


ユリアも自分の携帯を確認する。


数秒。


無言で伏せた。


「お前もか?」


「見なかったことにするわ」


「それで済むのか?」


「休暇中よ?」


強かった。


友丸も自分の携帯を確認する。


着信が数件。


こちらも静かに閉じた。


絢香が少し考えてから口を開く。


「……一回、配信しよっか」


「何話すんだ?」


「お店のこと。取材は受けないし、スタッフやお客さんに迷惑だから来ないでほしいって」


「ああ。それは言っといた方がいいな」


「他は?」


ユリアが聞いた。


「…………」


三人で考える。


特にない。


昨夜から世界中が大騒ぎしていることは分かっている。


ユリアがなぜ絢香の配信へ出演したのか。


撮影者さんとはどういう関係なのか。


なぜ三人で深層にいるのか。


聞きたいことはいくらでもあるのだろう。


だが、三人の側には特に話すことがなかった。


「……とりあえず始めるか」


「そうだね」


友丸がカメラを設置した。


     ◇


配信を開始した瞬間だった。


視聴者数が跳ね上がった。


昨夜から今朝にかけて世界中へ情報が広がった影響だろう。日本語だけでなく、様々な言語がコメント欄へ流れ込んでくる。


《来た!》


《YULIA!》


《無事だったか!》


《木場たちは!?》


《ZANはどこだ!》


《KARATE MASTER!!》


最後のは無視した。


絢香はカメラへ向かう。


『まず、さっきの救助についてですけど、怪我をした方たちは無事です。木場君も一緒に戻りました』


安堵するコメントが流れた。


『それと、私のお店についてなんですけど』


絢香の表情が少しだけ真面目になる。


『今回の件について、取材を受ける予定はありません。スタッフや普通に食事へ来てくださっているお客さんにも迷惑がかかるので、お店には来ないでください。お願いします』


はっきりと伝え、頭を下げる。


《了解》


《店は関係ないからな》


《スタッフに迷惑かけるなよ》


《取材なら正式に申し込め》


《店に押しかけるのは違う》


反応の多くは好意的だった。


絢香も少し安心したらしい。


『私からはそれだけかな』


「私もないわよ」


ユリアもあっさり答える。


友丸がカメラの後ろから聞いた。


「じゃあ終わるか?」


《早いw》


《待って待って》


《三人の関係は!?》


《そこだけ教えて》


《YULIAとAYAKAは知り合いなの?》


《ZANとも!?》


昨夜から何度も流れていた質問だった。


絢香は少し考える。


『昔からの知り合いです』


「そうね」


ユリアも頷く。


友丸も特に隠す理由はない。


「三人とも昔からの知り合いだぞ」


《昔!?》


《いつから!?》


《どこで知り合ったの?》


《どういう経緯!?》


《YULIAとZANの出会いを知りたい!》


質問がさらに細かくなっていく。


友丸はしばらくモニターを眺めた。


「……いや、昔からの知り合いとしか言いようもないだろ」


《足りないw》


《そこを詳しく!》


《出会いからお願いします》


「足りないって、お前らに出会ったところから全部話すのか?」


コメント欄の勢いが一瞬だけ鈍った。


《…………》


《言われてみれば》


《確かにそれは違うな》


《友達なら友達でいいだろ》


《何でも聞いていいわけじゃない》


そこから空気が変わった。


特に海外からのコメントが一気に増えていく。


《She's on vacation. Respect her privacy.》


《Don't pry into their private lives.》


《昔からの友人。それで十分》


《有名人だからって全部話す必要はない》


《プライベートまで聞くのはマナー違反だろ》


《They don't owe us their whole history.》


《配信に出てくれただけで十分》


今度は質問していた側を止め始めた。


数億人もいれば、考え方も様々である。


だが大勢としては、本人たちが話したくないことまで無理に聞くべきではない、という方へ傾いたらしい。


ユリアが満足そうに頷いた。


「みんな大人ね」


「さっきまで聞いてた奴も混ざってそうだけどな」


『それは言わないの』


「そうね。反省できるのはいいことよ」


「お前、急に上から目線になったな」


《wwwww》


《YULIA偉そうで草》


《さっきまで一緒に笑ってただろ》


《でもプライベートは大事》


ひとまず、この話は終わりそうだった。


友丸も安心する。


「じゃあ、もういいか?」


《YES》


《ありがとう》


《休暇楽しんで!》


《Have a good vacation, Yulia!》


《ところでKARATEについて聞きたい》


「……ん?」


《YES! KARATE!》


《そっちはプライベートじゃない》


《ドラゴンを倒した技について説明してくれ》


《何年修行したんだ!?》


《ZANは空手何段?》


《KARATE MASTER!!》


終わっていなかった。


むしろ海外勢の勢いが増した。


「だから空手じゃねえよ」


《またまた》


《謙遜する日本人》


《達人ほど自分を達人とは言わない》


《これが日本の武道精神》


《MASTER ZAN》


「違うっつってんだろ」


《では流派は?》


「ねえよ」


《独自流派!?》


「違う」


《我流の達人か!》


「話聞けよ」


ユリアが隣で吹き出した。


絢香も口元を押さえている。


《KARATE MASTER ZAN》


《SAMURAI KARATE MASTER》


《刀も使えて空手も使える》


《これが日本のSAMURAI》


「勝手に増やすな」


否定するたびに肩書きが増えていく。


友丸はしばらくコメント欄を眺めた。


そして諦めた。


「……もう切れ」


『いいの?』


「いい。話すことねえだろ」


「空手について聞かれてるわよ?」


「空手じゃねえ」


《KARATE MASTER!!》


「うるせえ」


絢香が笑いながら配信終了の操作へ手を伸ばす。


『じゃあ今日はここまでにします。またね』


「またね」


《待って!》


《MASTER ZAN!》


《KARATE!》


《次はKARATE配信を!》


《SAMURAI KARATE MASTER!!》


そこで配信は切れた。


森に静寂が戻る。


友丸はしばらく黒くなったモニターを見つめていた。


「……なんで空手になったんだ」


「手刀でドラゴンを貫いたからじゃない?」


「だからって空手にはならねえだろ」


「海外から見たら似たようなものなんじゃない?」


「全然違う」


絢香が笑いながら調理台へ戻っていく。


『じゃなくて』と言いかけて、配信が終わっていることに気づいたのか、普通の声に戻った。


「とりあえず、朝ご飯の続き作ろっか」


「賛成」


ユリアが即答する。


世界中では今頃、撮影者さんの正体について新しい考察が始まっているのだろう。


侍。


謎の剣士。


そして今日、新たに加わった。


――空手マスター。


本人だけが、最後まで認めていなかった。

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