冒険者とはどんな人
翌日。
坂田友丸は、東京異界の入口施設へ来ていた。
昨日と違い、今日は異界へ潜るためではない。
冒険者カードの更新期限が迫っていることに、ようやく気づいたからだ。
正確には、気づいたというより思い出した。
昨日、魔物の素材を換金するためバッグを漁っていたところ、底から何度か届いていた更新通知が出てきたのである。
最後の一枚には、ご丁寧に赤字で期限まで記載されていた。
それが今週末だった。
「危なかったな……」
友丸は他人事のように呟きながら、いつもなら素通りする通路を曲がった。
向かった先は、東京異界管理局の冒険者窓口。
平日の午前中にもかかわらず、広いフロアにはそれなりの人がいた。
受付カウンターが十以上並び、その前には順番を待つ冒険者たちが座っている。
友丸のように更新へ来た者もいれば、依頼関係の書類を提出している者もいる。奥の新規登録窓口では、まだ装備すら持っていない若者たちが職員から説明を受けていた。
高校を卒業したばかりに見える者も少なくない。
四十年前には、この世に存在しなかった職業。
――冒険者。
今では世界中に存在し、異界産業を支える職業の一つとして完全に社会へ定着している。
だが、冒険者と一般人の間には、単なる職業の違いでは済まない大きな差があった。
魔物を倒した人間は――強くなる。
比喩ではない。
筋力。
走力。
瞬発力。
持久力。
反射速度。
さらに視力、聴力、嗅覚をはじめとする五感。
魔物を継続して討伐した人間の身体能力が向上する現象は、異界が出現して間もない頃から確認されていた。
当初は異界に存在する魔素が人体へ何らかの影響を与えているのではないかと考えられた。
しかし、それだけでは説明できなかった。
異界で長期間働いていても、魔物をほとんど倒さない研究者や作業員には目立った変化が現れない。
反対に、継続して魔物を討伐する者は明らかに変わっていった。
それまで持ち上げられなかった重量を持ち上げる。
走る速度が上がる。
長時間動き続けても疲れにくくなる。
遠くの物が以前より鮮明に見えるようになる。
現在では当たり前となった現象だが、異界出現当初の研究者たちを大いに困惑させたという。
四十年に及ぶ研究によって、その仕組みは今も完全には解明されていない。
ただし、膨大な数の冒険者を調査したことで、いくつかの法則は判明している。
魔物を倒せば、際限なく強くなれるわけではない。
ある程度まで能力が向上すると、自分より明らかに弱い魔物を何百、何千と倒しても、ほとんど変化が起こらなくなる。
そこからさらに成長するためには、自分と同等――あるいは自分より高い能力を持つと推測される魔物を、繰り返し討伐する必要がある。
強くなればなるほど、次に戦わなければならない相手も強くなる。
当然、死ぬ危険も跳ね上がる。
長く冒険者を続ければ誰でも強者になれる、という単純な話ではなかった。
そして――魔物を狩り続けた人間に現れる変化は、身体能力だけではない。
ごく一部。
能力の向上を続けた者の中には、ある日突然、それまで使えなかった力を発現する者がいる。
炎を生み出す。
水を操る。
風を起こす。
雷を放つ。
傷を癒やす。
異界が現れる以前なら、物語の中にしか存在しなかった力。
人類はそれを、昔から使われていた言葉をそのまま借りて《魔法》と呼んだ。
さらに、魔法という言葉では説明しにくい能力まで存在する。
空間を飛び越える。
物体の重量を変化させる。
遠く離れた場所の存在を感知する。
触れた物質そのものへ干渉する。
能力の性質は発現した本人によって大きく異なり、同じものが二つと存在しないのではないかと主張する研究者さえいる。
それらは魔法と区別され、《異能力》と呼ばれていた。
もっとも、魔法や異能力を持っているからといって、必ずしも優秀な冒険者になれるわけではない。
戦闘にはほとんど役立たない能力もある。
逆に、魔法も異能力も持たず、純粋に向上した身体能力と技術だけで強力な魔物を狩る者もいる。
結局のところ、最後に物を言うのは本人が考え、それをどう使うかだった。
そんな冒険者たちを評価するために、現在では世界の多くの国で共通したランク制度が採用されている。
F、E、D、C、B、A、S。
全部で七段階。
もっとも、FからBまでは単純な強さの順位ではない。
魔物の討伐実績。
依頼の達成数。
異界での活動経験。
探索能力。
危険に対する判断力。
専門技能。
そして素行。
それらを含めた総合評価によって決められる。
戦闘を専門としない冒険者でも、優れた探索能力や知識、豊富な実績が認められればBランクまで上がることはできる。
だが、Aからは話が変わる。
Aランクへの昇格には、それまでの実績に加えて一定以上の戦闘能力が必須となる。
どれほど優秀な探索者でも、規定された戦闘能力へ届かなければAランクには認定されない。
そして、そのさらに上。
Sランク。
冒険者という職業の最高峰。
世界でも認定者は限られており、大型異界の深部探索や通常の冒険者では対処困難な魔物の討伐など、危険度の高い案件で名前が挙がる者たちだ。
有名なAランクともなれば配信で数百万人の視聴者を集めることも珍しくなく、Sランクともなれば一人の動向がニュースになることさえある。
企業が専属契約を求める。
国が重要な探索を依頼する。
トップクラスの冒険者は、それだけ大きな価値を持っていた。
そんな世界で――。
「坂田友丸……っと」
友丸は発券機へ冒険者カードをかざした。
画面に登録情報が表示される。
坂田友丸。
三十代。
冒険者ランク――C。
「……Cか」
別に不満があるわけではない。
むしろ、何年も気にしていなかったので、久しぶりに確認したという方が正しい。
友丸が異界へ入る頻度は、それほど高くなかった。
探索が趣味というわけでもない。
毎日魔物を狩りたいわけでもない。
企業から依頼を受けて働くことも、ほとんどない。
金が必要になれば異界へ行く。
必要なだけ稼いだら帰る。
その金がなくなるまで、また行かない。
友丸にとって異界とは、基本的にそういう場所だった。
昨日だって家賃がなければ行っていない。
「Cで困ったこともないしな」
友丸は画面を見ながら呟いた。
Cランクでも異界へ入れる。
魔物を狩れる。
素材も売れる。
生活費も稼げる。
なら、それで十分だった。
高いランクが欲しいと思ったことはない。
有名になりたいとも思わない。
企業から高額な依頼を受けたいわけでもない。
そもそも、決められた時間に集合して、知らない人間と何日も行動するような仕事はできれば避けたい。
友丸にとっては、そちらの方が魔物と戦うより面倒だった。
発券機から紙が出てくる。
友丸は番号を確認し、待合席へ向かった。
空いている椅子へ腰を下ろす。
前方の大型モニターでは、冒険者向けの注意事項や異界内の警戒情報が流れていた。
その下にはニュース欄もある。
友丸は特に興味を示さず、欠伸を一つする。
その頃。
同じ建物の別の部署では、数日前に起きた企業PR撮影中の転移事故について、関係者たちが映像を確認していた。
高濃度魔素区域。
倒れた四人。
そして、壊れかけたカメラに僅かに映り込んだ正体不明の人物。
友丸は当然、そんなことを知らない。
ただ自分の番号が呼ばれるのを待ちながら、
「更新、あとどれくらいかかるんだろ」
と、面臭そうにつぶやいた。




