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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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32/163

また無料券につられる


絢香の店へ着いた頃には、すでに営業を終えていた。


 表の看板は片づけられ、暖簾も外されている。店内にはまだ明かりがついており、従業員たちがテーブルを拭いたり、厨房を片づけたりしていた。


 友丸が扉を開けると、その音に気づいた絢香が厨房から顔を出した。


「友丸? 珍しいね、こんな時間に」


「ああ。ちょっとな」


「ご飯なら、今日はもう――」


 言いかけた絢香の視線が、友丸の隣へ移った。


 長い金髪に、百八十センチ近い長身。その顔には、女の子向けアニメのキャラクターをかたどったお面がついている。


 絢香はしばらく相手を見つめ、それから友丸へ目を向けた。


「……ちょっと待ってて」


 何かに気づいたらしい。それ以上は尋ねず、従業員たちへ声をかけた。


「みんな、今日はもう上がっていいよ。残りは私がやっておくから」


「でも、厨房がまだ少し残ってますけど」


「そこだけなら、すぐ終わるよ。明日の準備も済んでるし。お疲れさま」


 友丸とユリアは店の隅へ寄り、従業員たちが帰り支度をするのを待った。最後の一人を見送ると、絢香は入口の鍵を閉め、カーテンを下ろしてから振り返った。


「もういいよ」


 ユリアがお面を外し、笑顔を見せる。


「久しぶり、絢香」


「やっぱりユリア!」


 絢香の顔がぱっと綻んだ。二人は歩み寄ると、そのまま抱き合った。


「本当に久しぶり! いつ以来?」


「ちゃんと会ったのは、五年くらい前じゃない?」


「そんなに経った?」


「経ったわよ。絢香が忙しいから」


「ユリアにだけは言われたくないなあ」


「それもそうね」


 顔を見合わせ、また笑う。五年ぶりと聞かなければ、友丸には数日前にも会っていたようにしか見えなかった。これなら、あとは二人に任せておけばいいだろう。


「じゃあ、俺は帰るわ」


 入口へ向き直ったところで、後ろから声が重なった。


「待って」


「待ちなさい」


 友丸は足を止め、二人を振り返った。


「何だよ」


「うちに来るでしょ? ユリアと一緒に」


「久しぶりに会ったんだから、二人で話せばいいだろ」


「三人で会うのも久しぶりじゃない」


 ユリアが当然のように言う。


「お前とは朝から一緒だ」


「絢香がいなかったでしょ」


「そういうこと。夕飯、まだだよね?」


 絢香に聞かれ、友丸は返事をためらった。腹は減っている。だが、ここで認めれば、そのまま連れていかれる気がした。


「……まだだけど」


「じゃあ、決まり。厨房だけ片づけるから、少し待ってて」


 絢香はさっさと厨房へ戻っていった。ユリアも近くの椅子へ座り、帰るつもりはまるでない。友丸は入口を一度見てから、もう一脚の椅子を引いた。


     ◇


 一時間後、友丸は絢香の家で夕飯を食べていた。


 テーブルには焼き魚に煮物、唐揚げ、野菜の和え物と、三人で食べるには十分すぎる量の料理が並んでいる。帰るつもりだったことは、もう考えないことにした。目の前の焼き魚は、皮まで香ばしく焼けていた。


「やっぱり絢香の料理、好き」


 向かいのユリアは、先ほどから上機嫌だった。


「ありがとう。いっぱいあるから食べて」


「そのつもりよ」


「さっきから、ずっと食ってるだろ」


「友丸も食べてるじゃない。その唐揚げ、食べる?」


「食う」


「まだいっぱいあるよ?」


 絢香が大皿を指したが、ユリアは友丸の小皿から目を離さなかった。


「友丸のが美味しそうなのよ」


「同じ皿から取ったやつだぞ」


 絢香が吹き出した。


「二人とも、昔から変わらないね」


「こいつと一緒にするな」


「こっちの台詞よ」


 久しぶりに三人が揃ったというのに、昔話らしい昔話はほとんど出てこなかった。料理の感想から最近の仕事の話へ移り、気づけばまた友丸とユリアが言い合っている。絢香も笑いながら口を挟み、食事の間も会話は途切れなかった。


 その途中で、テーブルの端に置かれた絢香のスマートフォンが震えた。


「あれ? 櫻子さんだ」


 友丸の箸が止まる。


「出ない方がいいぞ」


「なんで?」


「嫌な予感がする」


「何それ」


 絢香は笑いながら通話ボタンを押した。


「もしもし?」


『こんばんは、絢香ちゃん。今、少し話せる?』


「はい。ユリアと友丸も一緒に、夕飯を食べてます」


「私も聞くわ」


 ユリアが箸を置いたので、絢香はスピーカーへ切り替え、スマートフォンをテーブルの中央へ置いた。


『ユリア、取材の申し込みは、こちらへ回してちょうだい。窓口をまとめておくから』


「ありがとう。何件か来ていたから、助かるわ」


『それと、絢香ちゃんにも少し相談があるの。ユリアと一度、配信してくれない?』


「私の配信に、ですか?」


『ええ。今は休暇中だと伝えているんだけど、まだ色々と憶測が出ていてね。友達と日本で楽しんでいる姿が見られれば、問い合わせも少しは落ち着くと思うの』


「ああ、なるほど」


 絢香がユリアを見ると、ユリアはすぐに頷いた。


「いいわよ。取材の予定を何本も入れるより、絢香と一緒に配信する方が楽しそうだもの」


『なら、よかった。取材の方はこちらで対応しておくわ』


「櫻子さん、本当に仕事が早いですね」


「ほんと。おかげで、こうしてゆっくり夕飯を食べていられるわ」


 ユリアが笑う横で、絢香は少し考え、それから顔を上げた。


「じゃあ、キャンプする?」


「キャンプ?」


「東京異界で。前に友丸と泊まった深層の森があるの。川もあるし、景色も綺麗だよ。そこで料理するのもいいと思って」


「いいわね!」


 ユリアの声が弾んだ。


「あそこか」


 友丸にも覚えがあった。以前、絢香と一緒に泊まった森だ。野営に適した場所も、川までの道も分かっている。


「二泊くらい、どう?」


「ええ。帰ってきてからも、東京でゆっくりできるわね」


 早くも話がまとまりつつある。友丸は焼き魚の最後の一口を食べ、箸を置いた。


「じゃあ、二人で楽しんでこい」


「何言ってるの? 友丸も行くよ」


 絢香がこちらを向いた。


「行かねえよ。配信するのはお前らだろ」


「三人で行った方が楽しいじゃない」


 ユリアも身を乗り出す。


「久しぶりに揃ったんだもの。付き合ってよ」


「夕飯もそれで連れてこられたんだけどな」


「ご飯、美味しかったでしょ?」


「それとこれとは別だろ」


 友丸が首を横に振ると、絢香は少し考え、改めて口を開いた。


「じゃあ、今日から一か月、うちの店で食べるの無料」


 友丸は絢香を見た。


「……一か月?」


「うん。付き合ってもらうお礼」


「大盛りも、小鉢の追加も?」


「いいよ。営業時間に来てくれれば」


 友丸は黙った。先日、財布の中身を見て金がないと呟いたばかりだ。食費が一か月浮くうえに、絢香の店なら味も量も申し分ない。


 あの森へ行って、二泊して帰ってくる。それで一か月、食事に困らなくなるのなら――。


「私が誘ったときとは、ずいぶん反応が違うわね」


 ユリアが友丸の顔を覗き込んだ。


「条件が変わったんだよ」


「まだ返事をしてないのに、もう行く顔になってるわ」


 友丸はユリアから目を逸らし、絢香へ向き直った。


「二泊三日までな」


「決まり!」


 絢香が笑う横で、ユリアはまだ友丸を見ていた。


「私が誘っても駄目だったのに、食事ならいいのね」


「お前も一か月、飯を出してくれるのか?」


「それは絢香にお願いするわ」


「結局、同じじゃねえか」


 電話の向こうからも笑い声が聞こえた。


『三人とも、楽しそうね』


「こっちは、夕飯を食いに来ただけなんだけどな」


『一か月分の食事もついたでしょう?』


 言い返せず、友丸は味噌汁の椀を手に取った。


『絢香ちゃん、お店の方は大丈夫?』


「二、三日なら問題ないですよ。弟子も育ってきましたし、スタッフも増やしてますから」


『なら、お願いするわ』


「ありがとう。決まったら連絡するわね」


 ユリアが答え、通話を終えた。スマートフォンを手元へ戻すと、絢香は二人を見た。


「じゃあ、明日の朝から行く?」


「いいわね!」


「待て」


 友丸は椀を置いた。


「明日? 急すぎるだろ」


「道具は前に使ったのがあるし、機材も店に揃ってるよ。あとは食材と着替えくらいだから」


 友丸は二人の顔を順に見た。参加すると言ったばかりなのに、もう出発が明日の朝になっている。


「……朝飯も食べるからな」


「分かったって。明日食べてから行こう」


 絢香が答えると、ユリアも嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、明日の朝ご飯も絢香の料理ね」


 絢香達の笑い声を聞きながら、友丸は最後の唐揚げを口に運んだ。

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― 新着の感想 ―
>「いいよ。営業時間に来てくれれば」 多分 ここが1番重要なやつね 何かをする気じゃないかな?
安アパート家賃に困窮してるのマジでわからん ちょこっと狩りして売り捌けば金に困ることないだろうに
別に配信しなくても政府が発表すれば良いだろうに 本人から連絡があって1週間休暇を取る旨とその事は日本もユリアの祖国も了承済みって言えば済むだろ 公式発表せずいきなり一般人の配信で明かすの普通に意味…
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