表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/80

また無料券につられる


絢香の店へ着いた頃には、すでに営業を終えていた。


表の看板は片づけられ、暖簾も下ろされている。ただ、店内にはまだ明かりが残り、数人の従業員がテーブルを拭いたり、厨房の片づけをしたりと忙しなく動いていた。


友丸が扉を開けると、その音に気づいた絢香が厨房から顔を出す。


「友丸? 珍しいね、こんな時間に」


「ああ。ちょっとな」


「ご飯なら今日はもう――」


言いかけて、絢香の視線が隣へ移った。


長い金髪。


百八十センチ近い長身。


そして顔には、女の子向けアニメキャラクターのお面。


どう考えても怪しい。


それでも絢香は驚くより先に、じっと相手を見つめた。


「…………」


やがて何かに気づいたように目を細める。


「ちょっと待ってて」


それだけ言うと、従業員たちへ振り返った。


「みんな、今日はもう上がっていいよ。残りは私がやっておくから」


「え? でも、まだ厨房が少し」


「そこだけ私がやるよ。明日の準備は終わってるでしょ?」


「はい」


「じゃあ大丈夫。お疲れさま」


普段より少し早い解散に首を傾げる者もいたが、店主がそう言うならと帰り支度を始める。


友丸とユリアは邪魔にならないよう店の隅で待った。


やがて最後の従業員が出ていく。


絢香は入口の鍵を閉め、カーテンを下ろした。


そのまま振り返る。


「……もういいよ」


待ってましたとばかりにユリアがお面を外した。


長い金髪がさらりと肩へ落ちる。


「久しぶり、絢香」


一瞬の静寂。


次の瞬間、絢香の顔が一気に綻んだ。


「やっぱりユリア!」


「久しぶり!」


二人は笑いながら歩み寄り、そのまま抱き合った。


「本当に久しぶり! いつ以来?」


「ちゃんと会ったのは五年くらい前じゃない?」


「そんなに経った?」


「経ったわよ。絢香が忙しいから」


「ユリアにだけは言われたくないなあ」


「それもそうね」


顔を見合わせ、また笑う。


数年ぶりとは思えない。


少なくとも友丸には、数日前にも会っていたようにしか見えなかった。


なら、もう自分がここにいる必要もない。


「じゃ、俺は帰るわ」


踵を返す。


「待って」


「待ちなさい」


ほぼ同時だった。


友丸は扉へ伸ばしかけた手を止める。


「何だよ」


「どこ行くの?」


「帰るんだよ」


「一緒に来るでしょ?」


絢香が当然のように言う。


「どこに」


「うち」


「行かねえよ」


「なんで?」


「なんで俺まで行くんだよ。久しぶりに会ったんだから、二人で話せばいいだろ」


すると今度はユリアが呆れた顔をする。


「友丸だって久しぶりでしょ?」


「お前とは朝から一緒だ」


「そういう意味じゃないわよ。三人で会うのが久しぶりなの」


「だから?」


「だから行くの」


「なんでお前が決めるんだよ」


「いいから行きましょ」


話を聞く気がない。


絢香まで笑顔で頷いている。


二対一。


どうやら拒否権はないらしい。


     ◇


一時間後。


友丸は絢香の家で夕飯を食べていた。


帰ると言ったはずなのに、なぜこうなったのか。


考えるだけ無駄なので、目の前の焼き魚へ箸を伸ばす。


「美味しい!」


向かいでは、ユリアが先ほどから上機嫌だった。


テーブルには焼き魚に煮物、唐揚げ、野菜の和え物と、三人で食べるには十分すぎる量の料理が並んでいる。


「やっぱり絢香の料理、好き」


「ありがとう。いっぱいあるから食べて」


「食べる」


「お前、さっきからずっと食ってるだろ」


「いいじゃない。休暇中なんだから」


「休暇って便利な言葉だな」


「友丸も食べてるじゃない」


「夕飯だからな」


「その唐揚げ食べる?」


「食う」


「まだいっぱいあるよ?」


「じゃあそっち取れよ」


「友丸のが美味しそう」


「同じ皿から取ったやつだぞ」


絢香が吹き出した。


「二人とも昔から変わらないね」


「こいつと一緒にするな」


「こっちの台詞よ」


数年ぶりに三人が揃ったというのに、昔話らしい昔話はほとんど出てこない。


それでも会話は途切れなかった。


そんな夕食の途中だった。


テーブルの端に置かれていた絢香のスマートフォンが震える。


「あれ?」


画面を確認した絢香が呟く。


「櫻子さんだ」


友丸の箸が止まった。


「出ない方がいいぞ」


「なんで?」


「嫌な予感がする」


「何それ」


笑いながら、絢香は通話ボタンを押した。


「もしもし?」


『もしもし、絢香ちゃん元気?最近特に忙しそうね。ユリア、そこにいるでしょ


絢香がユリアを見る。


ユリアも唐揚げを持ったまま動きを止める。


「……いますけど」


『やっぱり』


電話の向こうから、深いため息が聞こえた。


ユリアが椅子から少し身を乗り出す。


「どうしたの?」


『どうしたの、じゃないわよ』


「あら、聞こえた?」


『聞こえるように言ったでしょ』


絢香が苦笑しながらスマートフォンをテーブル中央へ置き、スピーカーへ切り替えた。


『先に言っておくけど、あなたの国とは話がついてるからね』


「何の話?」


『あなたの話よ。日本で一週間ほど休暇を取ることも、こちらに滞在していることも向こうは承知してる。だから政府同士では何も問題ない』


「なら、いいじゃない」


『それがよくないのよ』


櫻子の声には、明らかな疲れが滲んでいた。


『今日一日、電話とメールがひっきりなしなの』


「誰から?」


『日本のテレビ局、新聞社、週刊誌。海外のテレビ局や新聞社も。それに一般からの問い合わせまで』


「日本政府に?」


絢香が驚いたように聞く。


『そう。ユリアが日本にいるんじゃないかって』


ユリア本人は、いまいち事態を理解していない顔をしている。


櫻子はそんな姿が見えているかのよう続ける


『日本に入ったところまでは確認されてるのよ。問題はそのあと。空港を出てから、あなたがどこに行ったのか誰も分からない』


「友丸のところに行ったわよ」


『世間は知らないの』


ぴしゃりと返された。


『来日したユリアが、そのまま姿を消した――今はそういう扱いになってるの。日本のマスコミだけじゃない。海外まで騒ぎ始めてるわよ』


「大げさねえ」


『あなたが世界中でどれだけ顔を知られてると思ってるの』


『日本で何をしているのか。政府から何か依頼を受けたのか。東京異界へ極秘で入るんじゃないか。怪我をしているんじゃないか。引退するんじゃないか。もう朝から好き勝手に問い合わせが来てる』


「引退しないわよ?」


『知ってるわよ』


「なら大丈夫じゃない?」


『だから世間は知らないって言ってるでしょ!』


友丸は黙って味噌汁を飲んだ。


関わらない。


今日の経験上、櫻子からの電話に余計な口を挟むと、ろくなことにならない。


『こっちから正式に発表するほどの話でもないし、かといって放っておくと騒ぎが大きくなるし……』


「大変ね」


『他人事みたいに言わないで』


「だって休暇だもの」


『本当に自由ね、あなた』


櫻子がもう一度ため息をつく。


それから声の調子を変えた。


『それで、絢香ちゃんにお願いがあるんだけど』


「私ですか?」


『ユリアと一回、配信してくれない?』


「配信?」


『うん。元気に日本で休暇を楽しんでますって分かれば、それでいいの。あなたの配信なら普段から見てる人も多いし、海外にも切り抜きはすぐ広がるでしょ』


「ああ、なるほど」


絢香は納得したように頷き、ユリアを見る。


「どうする?」


「いいわよ」


返事は早かった。


むしろユリアは楽しそうだ。


「せっかくなら何かしたいわね」


「何かって?」


「普通にご飯食べてるだけじゃつまらないでしょ?」


「生存確認なんだから、それでも十分だと思うけど……」


絢香が少し考える。


やがて、ふと何かを思いついたように顔を上げた。


「じゃあ、キャンプする?」


「キャンプ?」


「東京異界で」


ユリアの目が輝いた。


「いいわね!」


食いつくのが早い。


「前に友丸と行った深層の森があるの。川もあるし、景色も綺麗だよ」


「あそこか」


友丸にも覚えがある。


以前、絢香と一緒に泊まった森だ。


比較的安全に野営できる場所も分かっている。


「そこ行きたい!」


「じゃあ二泊くらいする?」


「二泊三日ね。いいじゃない!」


話が恐ろしい速さで決まっていく。


友丸は箸を置いた。


嫌な予感しかしない。


「じゃあ、二人で楽しんでこい」


「何言ってるの?」


絢香がこちらを向いた。


ユリアも同じ顔をする。


「何が」


「友丸も行くよ」


「行かねえよ」


即答した。


「なんで?」


「なんで俺が行くんだよ。配信するのはお前らだろ」


「三人で行った方が楽しいじゃない」


ユリアまで加わる。


「俺はこの前行ったばっかりだ」


「いいじゃない。もう一回行けば」


「嫌だ」


「頑固ね」


「お前らが勝手に決めてるだけだろ」


しばらく押し問答が続く。


だが友丸に行く気はない。


それを見ていた絢香が、ふと何かを思いついた。


「じゃあ、友丸」


「何だ」


「今月、うちの店で食べるの無料」


友丸が止まった。


「……今月?」


「うん」


「何回行っても?」


「常識の範囲なら」


「大盛りは?」


「いいよ」


「追加の小鉢は?」


「それもいい」


「夜も?」


「営業時間なら」


友丸は黙った。


ユリアが信じられないものを見るような目を向けてくる。


「……まさか迷ってる?」


「食費一か月分だぞ」


「そんなに大事?」


「大事に決まってるだろ」


先日、財布の中身を見て金がないと呟いたばかりである。


食費が一か月浮く。


しかも絢香の店なら味も量も申し分ない。


深層の森へ行って、二泊して、帰ってくる。


「…………」


悪くない。


「二泊三日までな」


「決まり!」


絢香が即座に笑った。


ユリアは呆然としている。


「本当に食事で釣れた……」


「うるせえ」


電話の向こうからも笑い声が聞こえた。


『友丸、あなた本当に分かりやすいわね』


「黙れ」


『でも助かった。絢香ちゃん、お店は大丈夫?』


「二、三日なら問題ないですよ」


絢香は気軽に答えた。


「最近は弟子も育ってきましたし、スタッフも増やしてますから。私がいなくても店は回せます」


『ならお願い』


「はい」


これで決まりだった。


櫻子との電話が終わる頃には、ユリアと絢香はすでにキャンプの相談を始めていた。


「テントは?」


「あるよ。配信用の機材も準備しないと」


「食材はいっぱい持っていきましょ」


「店から持っていけるよ。向こうで料理配信するのもいいかも」


「お肉多めね」


「野菜も食べなよ」


「食べるわよ」


楽しそうで何よりである。


友丸は残っていた味噌汁を飲み干した。


ユリアは日本へ来た時、一週間くらいのんびりしたいと言っていた。


東京異界の深層で二泊三日のキャンプ。


果たしてそれを『のんびり』と呼んでいいのかは分からない。


もっとも、本人が楽しそうなので問題ないのだろう。


「じゃあ明日の朝から行く?」


絢香が何気なく言った。


「いいわね!」


「待て」


友丸が顔を上げる。


「明日?」


「うん」


「急すぎるだろ」


「準備なんてすぐ終わるよ」


「私も荷物ほとんど持ってきてないから大丈夫」


「それは大丈夫なのか?」


むしろ逆だろう。


だが、二人はすでに明日の話で盛り上がっている。


どうやら友丸の意見が採用される余地はなさそうだった。


多分明日から二泊三日。


行き先は東京異界深層。


報酬は、絢香の店で一か月食事無料。


友丸は空になった茶碗を見下ろした。


「……朝飯も無料だからな」


「分かったって」


絢香が笑う。


こうしてユリアの日本での休暇、その最初の予定が決まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
S級の戦闘力を持つA級女子2人と懇意でSランカーも旧知とか… 更には政府関係者も既知となると謎のお兄様は総理大臣か…
昔からこうやって利用され続けてきたんだろうな・・・
胃袋握られてるんじゃ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ