日本政府VS世界10位
「……とりあえず入れ」
「うん」
友丸が諦めて玄関を開けると、ユリアは大きなキャリーケースを引いて部屋へ入ってきた。
ただでさえ広くない玄関が、一気に狭くなる。
友丸は扉を閉め、そのままテレビの前へ戻った。
画面では、まだ羽田空港からの中継が続いている。
『現在もユリアさんの所在は確認されていません。日本側の関係者も連絡を取れておらず――』
到着ロビーには大勢の報道陣が残っていた。
どうやら日本政府も、世界ランキング第十位がどこへ消えたのか把握していないらしい。
「お前、誰にも言わずに来たの?」
「うん」
「うん、じゃねえよ」
「言ったら迎えが来るでしょう?」
「迎えに来てんだよ」
何を当たり前のことを言っているのか。
ユリアは気にした様子もなく、テレビの前へ座った。
画面には本人の顔写真が大きく映し出されている。
『今回の来日では、日本政府関係者との会談や冒険者交流行事への参加も予定されており――』
「私、行方不明だって」
「お前が勝手に消えたからな」
「大変そう」
「誰のせいだよ」
このまま放っておくわけにもいかない。
友丸は携帯を取り出し、櫻子へ電話をかけた。
数回の呼び出し音で繋がる。
『友丸』
「おう」
『とうとう私と結婚する気になったか』
「なってねえよ」
開口一番それだった。
『では何だ。式場でも押さえたか?』
「一歩も進んでない話を勝手に進めるな」
『残念だ』
本当に残念そうだから困る。
友丸はさっさと本題へ入った。
「今ニュースでやってるユリアなんだけど」
『…………』
露骨に沈黙した。
「そっちも居場所分かってないんだろ?」
『なぜお前がそれを聞く』
「うちにいる」
『…………』
今度の沈黙は長かった。
友丸は携帯が切れたのかと思い、画面を確認する。
繋がっている。
「櫻子?」
『あの小娘……!』
低い声が返ってきた。
すると、自分の名前を聞き取ったらしいユリアが振り返る。
「サクラコ?」
友丸のところまで来ると、勝手に携帯へ顔を寄せた。
「久しぶり、おばさん」
『誰がおばさんだ!』
一瞬だった。
『まだ三十三です〜!』
「おばさん」
『お前と大して変わらんだろうが!』
「私はおばさんじゃない」
『だったら私も違う!』
「でもサクラコはおばさん」
『この小娘――!』
「うるせえ!」
友丸は二人まとめて怒鳴った。
世界ランキング第十位と日本政府関係者が、何をやっているのか。
「ユリア、黙れ」
「はーい」
『先に喧嘩を売ってきたのはそいつだぞ』
「櫻子も乗るな」
『私は事実を訂正しただけだ』
「三十三は十分――」
『なんだ?』
「何でもない」
余計なことは言わない方がいい。
友丸は話を戻す。
「で、こいつどうすればいい?」
『本人に聞け。なぜ勝手に消えた』
「だってさ」
ユリアは少し考えてから、あっさり答えた。
「一週間、ゆっくりしたい」
『は?』
「その後はちゃんと予定に出るよ。政府の行事も、冒険者の交流会も、取材も」
『お前な……』
「一週間だけ」
『…………』
電話の向こうから、深いため息が聞こえてきた。
『本国は?』
「サクラコから言って」
『なぜ私がそこまで――』
「お願い」
『…………』
再び沈黙。
やがて、先ほどよりさらに深いため息。
『分かった』
「やった」
『喜ぶな』
櫻子の声が完全に仕事のものへ変わる。
『こちらから本国へ連絡する。日本政府側の予定も一週間後から組み直す。それでいいんだな?』
「うん」
『後から気が変わったはなしだぞ』
「分かってる」
『まったく……』
友丸は少し感心した。
さっきまで「おばさん」「小娘」と言い合っていた女と同一人物とは思えない。
『それとユリア。日本国内で使える身分証と冒険者資格は?』
「あ」
『その反応は何だ』
「忘れてた」
『お前は何をしに日本へ来た!』
「バカンス」
『違う!』
また声が大きくなった。
友丸は携帯を耳から離す。
「それ、ないと困るの?」
『当たりまえだ』
「じゃあどうすんの?」
『こちらで手配する』
「できるの?」
『誰に聞いている』
妙に頼もしい。
『お前の家へ送る』
「俺んちに?」
『そこにいるんだから仕方ないだろう。』
「分かった」
『それから』
櫻子の声が低くなった。
『絶対に面倒を起こすな』
「ユリアに言えよ」
『二人に言っている』
「俺関係なくない?」
『世界ランキング第十位が真っ先に転がり込む家の主が、無関係なわけあるか』
それを言われると弱い。
『では頼んだ』
通話が切れた。
友丸は携帯をテーブルへ置く。
「……相変わらずだな」
「サクラコ、元気そうだった」
「お前が煽ったからだろ」
「昔からあんな感じだよ」
「お前もな」
政府への連絡は済んだ。
本国への説明まで櫻子が引き受けてくれるなら、友丸が考えることはもうない。
「腹減ってる?」
「減ってる」
「何食いたい?」
「日本食」
「漠然としてんな……」
冷蔵庫を開ける。
米はある。
肉も少し残っている。
野菜も、まあ何とかなる。
「適当に作るぞ」
「うん」
友丸が台所へ立つと、ユリアは再びテレビの前へ戻った。
『現在もユリアの詳しい所在について、日本政府から正式な発表はありません』
本人が自分の行方不明報道を眺めながら、足をぶらぶらさせている。
「私、すごいニュースになってる」
「だから他人事みたいに言うな」
「でも、私はここにいるよ?」
「世界中がお前の居場所を知らねえんだよ」
「トモマルとサクラコは知ってる」
「そういう問題じゃねえ」
もういい。
友丸は料理に集中することにした。
米を炊き、残っていた肉と野菜を炒める。
大した料理ではない。
それでも出来上がる頃には、匂いにつられたユリアがテレビの前から移動してきた。
「おいしそう」
「普通の飯だぞ」
「トモマルが作ったからいい」
「そうかよ」
皿をテーブルへ並べる。
ちょうどそのときだった。
ピンポーン。
友丸の手が止まった。
ユリアと顔を見合わせる。
「……誰だ?」
「サクラコ?」
「来るわけないだろ」
玄関へ向かい、扉を開ける。
そこにいたのは宅配便の配達員だった。
「坂田さんですね。お届け物です」
「はい」
小さな封筒を受け取る。
扉を閉めながら差出人を確認し――友丸の足が止まった。
政府関係の部署名。
部屋へ戻り、封を切った。
「なに?」
ユリアも横から覗き込む。
中から出てきたのは、一枚のカードだった。
友丸は無言で見る。
顔写真。
名前。
日本国内で有効な資格情報。
間違いない。
ユリアの冒険者カードだった。
「おお」
ユリアが嬉しそうに受け取る。
「もうできた」
「…………」
友丸は壁の時計を見る。
櫻子へ電話してから、それほど時間は経っていない。
羽田から消えた世界ランキング第十位の後始末。
本国への連絡。
日本政府側の予定調整。
そのうえで国内用の冒険者カードまで発行し、友丸の家へ届けさせた。
「……櫻子」
思わず名前が漏れる。
「どんだけ仕事早えんだよ」
普段の言動さえ見なければ。
恐ろしく有能な女だった。




