人は順位をつけたがる
羽田空港の国際線到着ロビーは、朝から異様な熱気に包まれていた。
到着口の前にはテレビ局のカメラがずらりと並び、その後ろには新聞社や雑誌の記者、海外メディアまで詰めかけている。一般客の邪魔にならないよう規制線まで張られ、空港職員や警備員が慌ただしく行き来していた。
目当ては一人の冒険者だった。
世界には数多くのSランク冒険者がいる。
そして人間というものは、強い者が何人もいれば、当然のように順位をつけたがる。
誰が最も優れた冒険者なのか。
異界が世界各地に出現してから四十年。そんな議論は世界中で飽きることなく繰り返され、現在では国際的な基準に基づいたSランク冒険者の世界ランキングまで作られている。
もっとも、単純な戦闘能力だけを比べた順位ではない。
国際的に指定された異界をどこまで攻略したか。
危険度の基準として定められた規定魔物をどれだけ討伐したか。
未踏領域をどれほど踏破し、新たな資源や生態系の発見など、異界探索へどれだけ貢献してきたか。
そうした冒険者としての実績が何より重視される。
一方で、もっと分かりやすい強さを見たいという需要も当然あった。
各国を代表するSランク冒険者たちが戦う国際対抗戦である。
殺しは当然御法度。
あくまで娯楽として行われる大会だが、世界最高峰の冒険者同士が本気でぶつかるとあって人気は凄まじい。世界中へ中継され、上位のSランクともなれば、異界に興味のない人間でも顔と名前くらいは知っている。
そして今日、日本へやって来るのは、その中でも別格だった。
ヨーロッパを代表するSランク冒険者。
ユリア。
世界ランキング――第十位。
幾つもの高難度異界を攻略し、規定魔物を討伐し、未踏領域の探索でも数々の実績を残してきた、正真正銘の世界最高峰。
そんな冒険者が来日するとあって、羽田空港にマスコミが押し寄せるのも当然だった。
『間もなく、ユリアが搭乗している便の乗客が到着口へ出てくるものと思われます』
テレビ局のリポーターが、騒がしいロビーから生中継を続けている。
日本は以前から海外の冒険者に人気が高い。
国内に四つの大型異界が存在し、探索のための設備や受け入れ環境も充実している。そのため東京異界で外国人冒険者を見かけることなど、以前から珍しくもなかった。
最近では、世界中で話題になっている『撮影者さん』の影響で、そのファンらしき外国人が東京異界に少し増えている。
とはいえ、それは今回の騒ぎとは別の話だ。
世界第十位の来日。
それだけで十分すぎるほどのニュースだった。
やがて、自動扉の向こうから到着客が姿を見せ始めた。
空気が一変する。
カメラマンたちが一斉に機材を構え、記者たちが身を乗り出した。
外国人観光客。
家族連れ。
ビジネスマン。
大きなスーツケースを引いた若者。
次々と乗客が出てくる。
だが――。
ユリアは出てこない。
十分が過ぎた。
さらに十分。
到着客の数は目に見えて減っていく。
「まだ中か?」
「入国手続きに時間がかかってるんじゃないか?」
「関係者に確認して!」
最初は落ち着いていた報道陣にも、徐々に困惑が広がり始める。
迎えに来ていた日本側の関係者も電話を片手に動き回っていた。
そして、さらにしばらくして。
一つの情報が入った。
『えー……ただいま新しい情報が入りました』
カメラの前に立つリポーター自身も、意味が分からないという顔をしている。
『ユリアはすでに入国手続きを終えているとのことです』
周囲の記者たちがざわめいた。
『しかし現在、日本側の関係者も所在を確認できていません』
「は?」
誰かの声が漏れた。
そこからは早かった。
別の出口から出た。
地下駐車場へ向かった。
すでに東京異界へ移動したのではないか。
いや、そもそも迎えの車には乗っていない。
情報が錯綜し、記者たちが空港内を走り回る。
SNSでも瞬く間に話題になった。
――世界第十位、羽田から消える。
そんな物騒な言葉までトレンドへ上がり始めた頃。
都内の古びたアパートでは。
ピンポーン。
坂田友丸が、面倒そうに顔を上げた。
「……誰だよ」
今日は荷物が届く予定もない。
テレビでは羽田空港からの中継が続いていた。
『現在もユリアの所在は確認されておらず――』
「大変だな」
他人事のように呟き、友丸は立ち上がる。
寝癖のついたボサボサの髪を掻きながら玄関まで歩き、鍵を開けた。
ガチャ。
「久しぶり、トモマル」
「…………」
玄関の前に、女が立っていた。
長い金髪を帽子の中へ押し込み、大きなサングラスで顔を隠している。片手には旅行用のキャリーケース。
変装しているつもりなのだろう。
だが、知り合い相手には何の意味もない。
友丸は数秒、その顔を見つめた。
そして。
ガチャ。
無言で扉を閉めた。
ピンポーン。
「トモマル」
無視する。
ピンポーン。
「開けて」
「人違いです」
「今、目が合ったでしょう」
「坂田さんなら引っ越しました」
「あなたが坂田トモマルでしょう」
友丸は玄関からテレビへ目を向ける。
画面には大きくユリアの顔写真が映し出されていた。
『世界ランキング第十位のSランク冒険者が、羽田空港到着直後から所在不明となっており――』
玄関を見る。
テレビを見る。
もう一度、玄関を見る。
ピンポーン。
「トモマル」
「…………」
「お腹すいた」
「知らん」
世界中が注目するSランク冒険者。
世界ランキング第十位、ユリア。
現在、日本中のマスコミが行方を追っているその女は――なぜか友丸のアパートの玄関前にいた。




